15-神秘的な御伽噺
「はぁ……その、なんだ。神秘の説明をしろだったか?」
散々じゃれ合い騒いでから、エルドはようやく落ち着いて話を戻す。彼だって、マルタに負けず劣らずじゃれていたはずなのに、何事もなかったかのような態度だ。
『我は何もしていないが?』とでもいうように、真面目な顔をしてしれっと切り替えていた。
そうなってくれば、まだ彼の尻尾にぶら下がっていた彼女も黙ってはいない。遅れて気が付いてハッとすると、再び地面に降り立って神秘的な存在を見上げて声をあげる。
「そう! 神秘について! あなたずっとその単語を出してくるし、それを理由に言い負かそうとしてくるじゃん!
情報の独せんなんてズルいわ! いい加減教えてよ!」
「へいへい、わかったわかった。わかったから静かにしろ」
「本当に教えてくれるんでしょうね……?」
案外素直に応じようとするエルドだったが、マルタは遠慮なく疑いの目を向ける。仲良くしているとはいえ、これまで散々はぐらかされ続けていたので、そこに関してはあまり信用がないようだ。
しかし、たとえ理由が十分あってその原因が自分だったとしても、疑われる身からしたら堪ったものじゃない。
ジトッと見上げられた彼は、心外だという風に表情を歪めながら胸を張っていた。
「当たり前だ。大した量ではなかったとはいえ、食事を捧げられ、翼の治療に手を貸してもらい、友人にもなったというのに、この俺が何も与えない訳があるまい。まったく、我を誰だと思っているのだ? 神として祀られたならともかく、友人相手に一方的にもらうだけでいられるか。
偉大なる天竜族、次期族長である黄金竜エルドだぞ?」
「次期族長だった、でしょ?」
「ぬがぁ!!」
友人とは認めつつも、変わらず尊大な態度は崩さないエルドだったが、マルタの指摘を受けると一撃で撃沈する。
容赦なく事実を突きつけられて、地響きを鳴らしながら崩れ落ちていた。
彼女はそれを見てニヤッと笑いながらも、これ以上誤魔化されることのないよう、冷静に話を促していく。
「はいはい、そういうのもういいから。今日こそはちゃんと教えてもらうからね。エルドさんって別に口論は強くないのに、それ知らないってだけでわたしが押されるんだもん」
「何だとぅ!? この俺が、貴様ごときに負けるとでも!?」
「むしろ、勝ったことある? 神秘って言葉をを出さずに。
あと、わたしの名前は貴様じゃなくてマルタだって言ってるでしょ? エルドお兄ちゃーん」
「誰がお兄ちゃんだ。エルド様と呼べ」
「お友達なのに?」
「特別にエルドと呼ぶことを許してやる。感謝しろ」
「ありがとー、エルドお兄ちゃーん!」
一体何に対抗しているのか、エルドは呼び方を訂正……言い方を変えれば、思い通りにしようとしているマルタと同じように、お兄ちゃん呼びを訂正する。
だが、訂正しようとしたのはいいとして、後に呼ばれる名前として選んだものが最悪だ。
友人らしからぬ、明らかに対応ではない呼び名を出したことで、すぐさま手のひらを返す羽目になってしまう。
慌てて取り繕い、胸を張っているが、無駄に上から言っていることもあって情けないことこの上ない。
虚勢を張れてもいない竜と、すっかりからかいモードになった少女は、またして騒いでじゃれることになった。
「さて、ようやく本題だ。まったく……貴様のおしゃべり好きにも困ったものだな。話が一向に進みやしない」
それからしばらくすると、ようやく言い合いは収まる。
さっきまで嬉々として騒いでいたエルドは、うんざりした顔をして見せていた。
しかし、せっかく本題に入りかけたというのに、またしても彼が言ったのは余計なことだ。
マルタは目をキラーンと輝かせると、またしても言葉で殴りかかっていく。
「あれあれ? 今話を逸らしているのはだぁれ?
わたしは早く教えてもらいたいんだけどなー?
やっぱり、ずっと1人だと寂しかったの? これまで誰とも話せなかったからお話楽しいねぇ、エルドお兄ちゃん」
「フハハハハ!! よし、神秘についてだな!?
良かろう、このエルドが話してやるとも!」
マルタの口から出てきたのは、今まで以上に高火力な言葉だ。流石にマズいと思ったのか、ようやく勝ち目がないことを悟ったのか。エルドも今度は全力で戦いから逃げ出す。
勢い任せで話を逸らして口を挟ませないまま、ついに神秘についての説明に突入した。彼女としてもそれは願ってもないことなので、満足そうに聞く体勢になっている。
「まず、貴様はどれだけ知っているのだ? マルタ」
「どれだけって、何について?」
「神秘はまだよく知らないようだが、この星の歴史、環境、獣などの危険……まぁ、結局のところこの星についてだな。
どれたけ知っているかで、教え方も変わってくるだろう?」
「そうだね。えっとー……わたしが知ってるのは、村の外には危ない魔獣がいるよってこととか? あなたみたいな」
「おいおい、我のどこが危険なんだ!? 我は神獣だぞ!?」
真面目に授業を受けていたマルタは、最後の最後で一言だけ余計なことをいう。当然、エルドは目を剥いて大声を出し、派手な反応を示すのだが……
彼女は少しからかっただけらしく、何事もなかったかのように授業は進んでいく。それを見た彼も、すぐにスンっと落ち着いていた。
「そうなんだ。環境については……国の名前とかならいくつか知ってるけど、詳しくはないかなぁ。歴史は御伽噺が正しいならたくさん知ってる! 本格的なやつは知らないけど。
あとは、神秘って村で使われている、魔法みたいなものじゃないのってことくらい?」
「なるほど、了解した。人間の基準はわからんが、そこまでちまちま教える必要はなさそうだ」
「そう?」
「うむ」
このやり取りから、一体どれだけの情報を読み取ったのか。
エルドは自信たっぷりに断言する。
情報を持っていないマルタは、やはり判断しかねて首を傾げていた。だが、あくまでも教えてもらう側なのだから、別に判断をする必要はない。特に口論になることはなく、速やかに授業は開始される。
「まぁ、やってみればわかる。足りないと思えば、その都度聞くがいい。兎にも角にも始めてみようではないか」
「そうね」
「まず、貴様が持っている神秘=魔法みたいな力という認識は、間違っていない。大元の神秘とは、遥かな昔にこの星へ降り注いだ不思議な力。それが現代までに根付いたものだ。
それが土着の生物に宿ったことで魔獣などが生まれ、宿りはしなかった貴様らには魔法的なものとして活用されている。
両者の違いは単純だ。わかりやすく魔力という言葉を使うが、それが体内にあるかないか。もしくは、自ら生み出せるか外部から取り込み貯めるか。もっと簡単に言えば、出力の差による強さの差。それだけの違いしかない。
では、なぜ人間には宿らなかったのか……」
授業を始めたエルドは、いつも言い負かされているのが嘘であるかのようにつらつらと言葉を紡ぐ。
理知的な人物ではないとまでは言わないが、見た目的には知能よりも力が似合うので、かなり意外だ。
しかも、巨大な爪で地面にカリカリと絵を描き、視覚的にもわかりやすく教えている姿は、中々様になっている。
黄金のドラゴンという、とんでもなく厳つくて生徒との体格差もある存在なのに、言動は教師そのものだった。
「……まぁ、それは今はまだいいか。貴様が一番気になっているのは、神秘と呼ばれる生物のことなのだろう?」
「あー、うん。そうね。
毎回言われるけど、反論したくてもわからないから」
「うむ。では、力としての神秘と同質の存在である、神秘と称される生物についてだ。先程も言ったが、神秘とは魔法のような超常的な力のことであり、それは生物にも宿る。
だが、どんな生物でも完全に適合できる訳ではない。
そもそも、魔法と聞いて貴様は何を思い浮かべる?」
「え? うーん、水を出したり明かり……炎を出したり?
あとは、身体能力も上がるよね」
「うむ。それらに共通するのは、基本的に"自然"だ。
神秘とは、一言でいえばかつてこの星にあったの科学文明に打ち勝った力であるらしい。我はその時代を知らんが……
そういった理由で、神秘はより自然に近いモノ、生存本能が高い野生の獣が強力な力を得るのだという」
「ま、待って……かがく文明? すごいワード出なかった?」
絵を描きながらでありながら、エルドは凄まじいスピードで神秘についての授業をしていく。
これまでの様子からはとても考えられないような、あまりにも洗練された説明。まるで、違う人物が乗り移ったか、魂に焼き付いた知識であるかのようだった。
大きな視点で見ると、まだ1つの事柄についてしか説明されていない。しかし、その情報量はとてつもなく多く、マルタはその濁流に飲み込まれかけている。
「それは歴史に関する話だからな。翼を治す間、時間は嫌と言うほどあるんだ。また別の、暇な時にでもしてやる。
そうでないと、頭がこんがらがるだろう」
「わ、わかった」
「コホン。では続けるぞ。この神秘という力は、自然に由来するものであるため、魔獣のような存在はある意味大自然の一部だと言える。もちろん、奴らはその力を宿せているだけに過ぎず、所詮は獣でしかないのだが……
強力な個体になると、心身共に神秘に染まり切るようなものがいる。それが、神秘と呼ばれる存在。それが、神獣。
生物の規格を超越した、神秘そのものに成るということだ」
「神秘そのものに、成った生物……それが、神秘」
「神秘は自然そのもの。それぞれに得意な属性こそあるが、存在としては炎であり、風であり、水である。
ここでこの前された話をしてやろう。
聞くが貴様、自然に寿命があると思うか?」
「んっと、ないんじゃない……?」
「その通り。例外はあるだろうが、何も起こらなければ自然は……この星はほぼ永遠に存在し続けるだろう。
つまり、その自然そのものである神秘にも、寿命がない。
山がほぼ永遠にそびえ立つように、海が広がっているように。我ら神秘は、基本的に死ぬことはないのだ。
ただし、寿命がないだけで殺されれば死ぬ。
島が海に削られることがあるように、山が山火事で死に絶えることがあるように、神秘は神秘ならば殺せる。
だが、それができるのは神秘のみだ。人が個人で山を破壊できないように、普通の生物では神秘は殺せない。
まぁ、そもそも普通の生物では、炎そのものみたいなやつに勝つこと自体できないだろうがな」
畳み掛けるような勢いで、神秘についての授業は終わる。
これが全部ではないとしても、きっと基本的な部分は終了だ。
もしかしたら、この村でももう少し大きくなれば教えられることなのかもしれないが……
少なくとも、現時点ではほとんど知らなかったマルタは、あまりの衝撃に固まって彼を見上げていた。
なにせ、彼女は御伽噺が好きなのだから。
思ったよりもファンタジーで、夢に溢れたお話に、目を輝かせずにはいられなかったのだろう。
それも、今現在目の前にいるのは。
見るからに現実離れした金色の体を持ち、超常的なオーラを放っている幻想的な生物は……
「……すごいね、神秘って。あなたも、なんだよね?」
「そうとも。我は悠久を生きる神獣。
竜人――天竜族が1人。黄金竜エルドである」
先日も、その神秘であると自称していた存在なのだから――