14-金を打ちながら
何の変哲もない村近くにある森の中で、黄金の輝きは2度も洞窟から迸る。それはまるで黄金郷。
見る者すべてを魅了する、幻想的な光景だった。
とはいえ、ここは森のかなり奥深くにあるため、村の人間達の目は届かない。唯一この場にいるマルタも、その洞窟の中にいるため異変の全容を掴めてはいないだろう。
そう、なぜか光の発生源である洞窟は無傷だが、その近くに広がっていた森は、塵も残らず消え去っているという、異常事態にも。
彼女達が治療を開始してから、数十分後。
すっかり普段通りの光景に戻った洞窟内では、エルドが出来事の割に軽いうめき声を出していた。
その様子を見つめるマルタは、両手をぎゅっと握りしめながら心配そうにしている。
「ぐうぅ……これは中々に堪えるな。少しずつ矯正していくというのも、余計に時間がかかって精神を削られそうだ」
「そ、それだけなの……!? わたしが2回とも吹き飛ばされたくらいの威力で、思いっきり骨を折ってるのに……
なんで叫びもしないの? 痛くない?」
翼の状態を気にしているのか、いつもなら登ったりしているところ、彼女はかなりの距離を取ったまま見上げている。
おそらくは、今になって怖くなっているのだろう。
彼女が決めたことではあるが、彼は自分で骨を折っているのだ。見るのが子どもじゃなくても、衝撃的な光景に変わりはない。
それも、ポキっと少しずつ折るという想定で、実際は災害のような治療行為を行われたのなら、平気な顔をしている方が心配になる。
自分の体が浮くほどの体験をすれば、人によっては大人でも泣き叫ぶのだ。まだ12歳なのだから、ショックを受けるのは当たり前だった。
また、毎回吹き飛んだという単純な恐怖や、その度に助けてもらうせいで、けが人の手を煩わせていたことも大きいかもしれない。
今までは寝床を変えても追ってきた程の図太さがあったのに、すっかり萎縮してしまっている。
「む、まぁ痛いは痛いぞ。だが、我はケガに慣れている。
それに、神秘は丈夫で自己治癒力も高いからな。
四肢欠損レベルでなければ、騒ぐほどのことではないのだ」
「しし欠損って……」
「手足がなくなることだな」
「そのくらいわかる。とにかく、痛いんだ……
こんな方法しか思いつかなくてごめんなさい」
「翼が治れば何でもいいのだから、そう気にするな。
知っての通り、我の体は硬い。その分加える必要のある力も大きくなっているだけで、怖いことはしてないぞ」
「……ふぅ。まぁこうやって時間無駄にしてても治らないものね。まずはさっさと確認と固定をしちゃおう」
軽く笑い飛ばすエルドを見て、マルタも少しは気持ちが楽になったようだ。恐る恐る翼に目を向けると、ゆっくり近寄りながら改めて骨折させた部分の確認を始める。
黄金の翼は、地面に広がっていてもなお汚れ一つ無い。
余波で吹き飛んだマルタを助けるため、無理やり動いて圧力もかかっているはずなのだが、歪んでいた箇所が押し潰されてむしろ綺麗な形になっていた。
「あれ? あんなに派手な足踏みだったのに、折れているのはちゃんと狙った場所だけなのね……」
「足踏み言うな、不敬だぞ」
「じゃああれは何だったの?」
「ふむ、足踏みだな」
「足踏みなんじゃん」
「だが! ただの足踏みではないぞ。大空を統べる偉大な天竜族が繰り出した、大地を屈服させる一撃だ」
「へー」
エルドの戯言をスルーして、マルタは観察を続ける。
パッと見では翼の歪さは幾分マシになり、打撃だったことで余計な傷もない。ひっくり返して裏側を見ても、翼膜は無傷で光を反射していた。
「うん、いい感じかな。膜も破れてないし、あとは固定して骨が正しい形で治るのを待つだけ。この部分が治ったら、次の部分を折って矯正ね」
「どれだけかかる?」
「さぁ? 骨が治るのにかかる時間によると思うけど」
「ならぱ、同じように砕く箇所はどれだけある?」
「その時々の砕け方にもよるけど、10箇所も折れば足りるんじゃないかなぁ?」
「なるほど。つまり、最短でも10日はかかると」
「えーっと、1日で骨を治すつもりじゃないよね……?」
人間と竜人、もしくは見た目通りの竜。
そして、普通の生物と神秘と呼ばれるらしい生物。
両者の間に、実際どれほどの違いがあり、また治るのに必要な時間が短いのかは、まったくわからない。
だが、あまりにも硬い彼の体や、いくら小さいとはいえ自分を吹き飛ばしてしまう威力の足踏みを見たのだから、迷わず無理だとは言えないのがもどかしいところだった。
妙に確信的なエルドの言葉に、マルタは現実的に頭では無理だとわかっていながらも、もしかしたらを捨て切れずに混乱して目を白黒させている。
しかし、そんな心ここにあらずな状態でも、やるべき作業に影響はなしだ。先日の経験を活かして、よりガッチリと外れにくく、かつ動きやすいように翼を固定していく。
「もちろん、それは実際に治してみなければわからぬとも。
あくまでも理想的な早さを予想しているにすぎないからな」
「多分、理想と現実の差に苦しむだけだと思うけど……
とりあえず、固定は終ーわりっ!」
雑談をしながらも、無事に固定作業は終わりを迎える。
前回はお試しだったので、とにかくごちゃごちゃと乗っけており不格好だったが、今回はかなりスマートだ。
巨大な翼に釣り合う大きさの木を、村で仕入れてきた縄などを使って固定していた。木自体は森で見つけてきたものだが、あらかじめエルドが加工済み。
前回とは違って、手放しで格好いいと言えるような出来栄えである。もちろん、固定具がない方が普通に綺麗だし格好いいのだが、仕方なくでも付けることが前提なら悪くはない。
当のエルド本人も、なかなかにご満悦だ。
試しにバサバサと翼を動かしてみてから、『ほう……』というような反応をして寝そべっていた。
「えへへ、1回目は成功したみたいね!」
「うむ、そうだな。褒めてやる」
「わーい」
反応だけでも明らかだったが、エルドは珍しく素直に口でも満足を表してくれる。それを聞いたマルタは、すっかりいつもの調子に戻ってじゃれついていた。
と言っても、流石に翼に影響が出るようなことはしない。
揺れる尻尾に引っ付いて、遊具のように使っている。
「ねぇねぇ、ごほーびに1つお願い聞いてもらっていい?」
しばらく経ってから、彼女は華麗に飛び降りて笑いかけた。
危なくないように目で追っていたエルドは、一瞬瞳に緊張を走らせるもすぐに笑みを浮かべ、首を縦に振る。
「フハハハハ、なんでも言うがいい! 偉大なる天竜族である我が、神秘としての力を存分に振るって叶えてやろう」
「ありがと〜♡ じゃあ、その神秘っていうものについて、いい加減教えてもらってもいいかな!?」
「おおう……急になんだ、叫ぶなよ。びっくりしたな」
「結構慣れてきたね、へへ」
「お陰様でな。唯一の友人がこれでは、慣れもする」
「……」
「おい、急に黙り込むな。ニヤニヤするな!」
「えへへ〜、それほどでも〜」
「何がだ!!」
ハッとしたように大声を出すエルドだったが、マルタは気にせずスルーし、頭をかきながら照れだす。
文句に反応してもらえず、一ミリも誤魔化せなかった彼は、金色の鱗で輝く顔を真っ赤にしていた。
突然の大声に驚くことなく、その後も上手いこと返していたのだが、やはり口では勝てないらしい。
すっかり彼女のペースに乗せられてしまう。
「だって、わたしのお陰でお話することに慣れたんでしょ?
ようやくわたしを友達だって認めてくれたのだって、あなたからすると相当にレアなことだよね?
いやぁ、大切に思われていて嬉しいなー。愛されてるなー」
「ぬぐぐ……!! むず痒いことばかり言うなこの小娘がァ!!
さっきまでのしおらしさはどこへいったんだ貴様ァ!?」
すっかり仲良くなった2人だが、関係性は変わらない。
彼女達は体格差がある部分を補うように、それからしばらく言い合うことでじゃれていた。