13-治療開始
「さて、とりあえずやることは決まった訳だけどー……」
洞窟に戻ってくると、マルタはさっそく手を腰に当てながらエルドを見上げる。巨大な竜をまっすぐ見つめている姿は、小さな子どもでありながら誰よりも自信満々で勇敢だ。
そんな彼女とは真逆で、人間よりも遥かに大きく立派な大人でもあるはずの彼は、戻って早々寝そべってしまう。
どうやら、またも上手いこと出し抜かれたことで、不機嫌になっているらしい。言動だけならまるで子どもだ。
これほどの体格差・年齢差があるというのに、これではどちらが大人なのかわかったものじゃない。
とはいえ、無視していれば事態は悪化するだろう。
顔を背けたままながらも、聞くだけでわかるようなぶすっとした声で渋々返事をしていた。
「ふん、どの口で決まったなどと。まるで一緒に決めたかのようではないか。謀ったくせによくそんなことが言えるな」
「わたしの力じゃ、エルドさんの体をどうにかすることってできなさそうなんだよねー。落下しても無傷だったし」
「おい聞けよ。無視するな小娘」
「ということで、わたしは方法とかを決める以外は、指示と補助をしたいと思いますっ!」
「無視か。無視なのか」
エルドの話を尽くスルーして、彼女は治す方法について話を進めていく。どうやって決まったかなど、本題からズレるだけでなんの意味もないのだから、無理もない。
彼もそれを自覚してはいたのか、はたまたこの少女に口では勝てないと思い知っているからか。
それ以上は特に何も言わずに起き上がり、ようやく顔を上げて向き合っていた。
「まぁ、その方針は懸命だな。ただの人間程度では、我には傷一つ付けられん。……いや、鱗の隙間を正確に突けるのならば、不可能ではないが。何にせよ、骨には届かないだろう」
「羽が折れたのも、同じ竜人の人の時だけみたいだしね。
後でそういう話、少しは教えてよ?」
「いいからさっさと話せ、どうやって治すんだ」
グチグチと文句を言うのをやめると、マルタも普通に会話に応じる。だが、今度はエルドが話をスルーし、どれだけ話になるのかわからない彼女は、大人しく肩を竦めていた。
起き上がった彼に飛びつくと、いつものように翼の付け根まで登りながら説明していく。
「えっとねー。わたしがダメで、人の大人でも無理そうで、竜人ならできるってことだからー、あなたが折るしかないんじゃないかなって。わたしが折る場所決めて示すから、あなたがそこを思いっ切り叩く! 以上!!」
「おおう……予想以上に力技だな。さては貴様、脳筋か?」
「他に方法ないんだからしょうがないじゃん!」
「フハハ、そうだろうとも! 我は天竜族だからな!
並大抵のものでは、治療すらできぬであろうよ!!
それに……ふむ。わかりやすくていいではないか」
「じゃあ、早速やってみよー」
「ちょ、ちょっと待て!?」
誇らしげにしていたエルドだったが、マルタが今すぐに治療を試そうとし始めると、慌てたような声を出す。
ジッ……と翼の様子を見ていた彼女は、いきなりの大声に顔をしかめて胡乱げにしていた。
「うっるさぁー……今わたし近くにいるんだから、そんな大声出さないでよ。それで、どうかしたの?」
「どうかしたもなにもあるか。危ないだろう、それは」
「……? 自分で骨を折るのが怖いってこと?」
「違ぁう!! 貴様が場所を教えるということは、下手したら貴様ごと叩き潰してしまうという話だ、馬鹿が!!」
注意されたことで多少は音量を絞っているものの、エルドはかなり本気で怒っているらしい。精神的にはまだ未熟っぽいにもかかわらず、ちゃんと心配していてやはり優しい竜だ。
しかし、どれだけ声を抑えていても、至近距離で怒鳴られた以上圧は来る。マルタは耳を押さえながらも、その間も握り続けていた棒を掲げて見せた。
「そこは問題ないよ。ほら、棒を拾っておいたから」
「翼近くにいられるとよく見えん。
一旦降りてそれを見せろ。長さが足りてなければ大惨事だ」
「えー? 別にそこまで心配しなくても‥」
「いいから見せろ!! 食っちまうぞ!!」
「いや、あなたはそんなことしないでしょ……
はぁ。まったく、仕方ないなー」
最後まで渋っていたマルタだったが、有無を言わせぬ態度を見ると、仕方なく一度彼の体から滑り降りる。
もうすっかり慣れた様子で、足元に軽やかに着地していた。
「ふむ、ちゃちな棒だな。当たり前だが短すぎる。
何度か使えば、少しずつ折れていくことはわかりきっているが……この長さだと、最初の時点で危険じゃないか?」
「だいじょうぶだって。とりあえず一回やってみようよ」
「とりあえずと言うのなら、まずは叩く強さを見てみろ。
それから、その長さで安全なのか決めるといい」
「わかったわよ……」
マルタが拾ってきていたのは、大人の手から肘までの長さ程の棒だ。もちろん、小さな彼女からすればそれなりに長いのだが、巨大なエルドからすれば指程度の長さしかない。
それを言ってしまえば、どんな棒でも危険になるとはいえ、簡単に見過ごせるようなことではないだろう。
結局マルタは押しに負け、彼が肩辺りを叩いた威力を見てから決めることになった。
だが、竜がなにかを攻撃する姿を見られるというだけでも、相当に興味を引かれるものだったようだ。少し離れたところに立って、興味津々といった様子で見守っている。
その目の前で、黄金の竜が繰り出す一撃は、空気を引き裂きながら自身の肩に炸裂し――
「っ……!? きゃーっ!!」
余波だけでマルタを吹き飛ばし、洞窟は外に向けて凄まじい風を吐き出していた。
「……な? 俺の体を曲げるというのなら、それなりの威力が必要だ。となれば、もちろんこうなる。危ないだろう?」
「そ、そうだね……もっと長い棒、探しに行こっか」
先程の衝撃が、なんとか収まってから。エルドに助けられ、抱えられているマルタは、ようやく彼の提案に頷く。
まず必要なのは、少しでも長い棒を見つけること。
ドラゴンライダーのようにその背に乗り、捜索開始だ。
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翌日。1日かけて森を探し回ったマルタ達は、まだマシだと思えるものを見つけ、改めて治療を開始する。
捜索中に具体的な治療方法も考えていたので、迷いはない。
朝早くから待っていたエルドは、彼女が来るとすぐ大人しく伏せ、ひしゃげた翼を地面に広げていた。
「では、叩く部分を棒で強めに突いてくれ。
翼だから、肩よりは抑えめにはするが身構えてな」
「任せておいて!」
結局マルタの手に収まったのは、彼女の身長ほどもある長さの棒だ。最善は大きめの石を乗せることだし、そうでなくとももっと長いものを用意したかったところだが……
どちらも子どもでは持ち上げるのも難しいなので、妥協した結果である。地面に広げられたことで、わざわざ登る必要もなくなった彼女は、言葉とは裏腹に、恐る恐る手を伸ばして複数回枝で翼を突く。
「わ、わかる……?」
「うむ、なんとかな。人で言えば、鎧を着ているようなものではあるが、衝撃は伝わる。おまけに、この姿だと俺の手はデカいからな。大雑把な位置がわかれば、それで十分よ!」
「ふ、ふーん。じゃあ、1回目いってみよう……か?」
「フハハハハ!! 俺が言うのもなんだが、そう心配するな。
もし吹き飛ばされても、また抱えてやる」
「べつに、そんなシンパイしてないし……」
腰が引けた様子でありながら、目を逸らして嘯くマルタに、エルドは今までになく優しい表情を向ける。
しかし、これから行われるのは、一部とはいえ翼の治療だ。
ようやく治るかもしれないといった期待に、すぐその表情は引っ込んでギラついた笑顔になっていた。
力を貯めるように熱い息を吐き出しながら、黄金の腕を太陽の如く煌めかせて振り上げていく。
「ならばいくぞ!! 歯ァ食い縛ってろよマルタァ!!」
「っ……!!」
威勢の良い合図の直後、再び黄金の竜の一撃は炸裂する。
洞窟内には金色の光が満ち、周囲を消し飛ばすレベルの突風が吹き荒れていた。