12-かくして少女は金を打つ
威勢よく飛び立った黄金の竜は、ろくに進みもしないうちに墜落した。ひしゃげた翼では上手く風を掴めず、無駄に空を切るだけで体を支えられなかったのだ。
しかも、焦ったことで翼は無駄にバタバタと動かされ、余計に格好悪い。まともに身動きのできない彼は、顔面から地上に突っ込んでいき、木々を薙ぎ倒している。
遅れて洞窟から出てきたマルタも、これには大爆笑だ。
まだ土煙が舞っている中、ボロボロになった森を器用に飛び跳ねて進みながら、エルドをからかっていく。
「あっはははははっ!! あんなにカッコ良かったのに……!!
神秘的で、幻想的で、神々しく壮厳な竜様が、こんなに情けない格好で、森を荒らすなんてっ……!! ぷくく」
「貴様ァーッ!! 俺には結果などわかりきっていたというのに、やれと言われたからやったんだぞ!? それがなんだ!?
ただ笑うだけか貴様ァ!! 観察はしていたんだろうなァ!?」
自らの元へ近づいてくる少女に、エルドは倒木の中で身動きが取れないまま吠え立てる。
この森に生えている木々は、彼のような神秘ではなくただの木だ。当然、既に折れている翼以外に損傷はないだろうが……
無駄な労力であり、また恥なのは間違いない。
たとえ親友だったとしても、怒らないはずがなかった。
しかし、マルタとしてもそれはわかりきっている。
外なのに構わず放たれた咆哮を受け、銀髪を派手になびかせながらも、臆さず笑いかけていた。
「してたに決まってるじゃん。
結論、やっぱ骨が歪だと飛べないよね」
「なぜわざわざ恥をかかせたんだ貴様マルタァ!!」
「いや、実際に見てみたかったからさ。あは、面白かった」
「メインは我を笑うためだろう、明らかに!!」
「……ふへ」
「小馬鹿にしたように肩を竦めるな貴様ァ!!」
やはり、一族単位でひたすら能力を高め、強さや飛べることに誇りを持っている竜人なので、飛べない事実やそれを笑われることは許せないらしい。
空気を和ませるように半笑いを浮かべたマルタにさらに激昂し、舞っている土煙や葉ごと倒木を吹き飛ばしている。
一瞬で大きくなった影に、嵐のような咆哮。
倒木は勢いよく吹き飛んで周囲へ雨のように降り注ぎ、その中央にいる2人の間の空気も、一気に張り詰めて神秘的だ。
それをなびく髪以上に肌で感じた彼女は、流石に表情を引き締めていた。
「あや、ごめんなさい。そこまで怒るとは」
「怒るだぁ? ふん、我が下等な人間風情に怒るものかよ。
貴様らに持ち合わせるものなど、憐憫で十分だ。
怒るなど、まるで対等であるかのような……」
「いいじゃ〜ん。そっちの方が絶対に楽しいよ?
仲良くしよー、エルドお兄ちゃーん」
素直に謝っていたマルタだったが、エルドの戸惑ったような反応を見るとすぐさま抱きついていく。
洞窟でも毎回やっていたように、龍鱗を足場として瞬く間に登っていた。
彼としてはもう見慣れていることとはいえ、予想外の事態に遭遇すればギョッとせざるを得ない。
虫のようによじ登ってくる少女を、傷つけない範囲で何とか振り払おうとしている。
「ええい、登ってくるな! 俺は今砂だらけだぞ!」
「あははっ、そこで理由に砂だらけが出てくる時点で、もう上下関係なんてないようなものじゃない。
飛んだ後の羽の様子も見せてよぅ。治すためだからさー」
「む……仕方ないな、ちゃんと意味のある観察にしろよ。
もちろん、敬意を持ってな。たとえ折れていても、この身は悠久の研鑽を積んだ果てにあるものなのだから」
「(ちょろいなー)わかってるって」
「おい、妙な心を感じたぞ?
何か良からぬことを呟いていたな?」
「さてさて。今回はかなり派手に落ちてたよね……
これで変化なしなら、1か所ずつ地道になのかなぁ」
「無視するな!」
相変わらずすんなり言うことを聞くエルドに苦笑しながら、マルタは翼の付け根まで登っていった。
耳聡いのか、小さく呟いた声を聞かれて文句を言われているが、完全に無視だ。
そのせいで余計に怒鳴られながらも、気にせず事前に観察していた翼との違いを比べ始める。
「皮みたいな部分はー……うん、特にけがしてないっぽいね。
柔らかいとこもそうなら、当然……ははぁ、骨も変わらず?
普通の人間だったら普通に大けがしてそうなのに、やっぱりじょうぶなんだね。治りかけならともかく、これだけ時間が経ってると……うーん。いやだなぁ、さわがれるの」
あまり高くまで飛んでいないとはいえ、エルドは空を飛んで高所から森が削れるほど勢いよく落下した。
それでもピンピンしているのだから、人間の子どもが乗ったくらいで影響が出るはずがない。
前回は骨折を気にしていた彼女だったが、今回は遠慮なく翼に登り、ひしゃげた翼を触れて確認している。
観察によってわかるのは、ぐちゃぐちゃになっていながらも、新しい傷はまったくない金ピカの翼だということだ。
翼膜すら無傷なので、神秘というのは相当丈夫なのだろう。
結局、治さなければならないのは最初からあった骨折だけ。
酷い治り方をして、歪にボコボコとしている翼を見ながら、マルタは治療法に頭を悩ませ呟いていた。
その呟きを聞くと、諦めてまた横になっていた彼も今度こそ黙ってはいられない。起き上がりはしなかったが、片目を開けて不服そうに口を開く。
「なんだ? 俺がガキのように騒ぐとでも?」
「んー? まぁ、結構ひどいことするからね。人間なら泣き叫ぶだろうし、あなたなら別の意味でもいやがるかな」
「はっ、そんな事があるものかよ。我は天竜族だぞ?」
「言質を取った! どんなに恐ろしい治りょうをするとしても、絶対に文句を言っちゃダメよ! わたしに従ってね!?」
「おおう……別に今さら貴様にとやかく言わんが、それよりも恐ろしい治療だと? はっ、むしろ燃えるわ」
やや大袈裟に思える言い方をしたマルタは、エルドの答えを聞いてから満足そうに滑り降りてくる。
観察が終わって体を起こした彼の目には、いたずらっ子のような顔でニヤニヤ笑う少女の姿があった。
「ということで、今日から本格的に治りょうを始めまーす!
気になるその方法はー?」
「もったいつけずにさっさと言え。俺も暇ではない」
「数年間も何もせずに寝てたんだよね?」
「う、う、うるさいわっ!
早く知りたいということに変わりはないだろう!?」
「いいでしょう! その方法とは――ずばり、おかしな形で治った骨を、1か所ずつ修正して固定する、です!」
焦ったように急かされ、彼女は堂々と宣言する。
一応ここは、誰かいてもおかしくない森の中なのだが……
巨大な竜がいる時点で今更だ。おまけに声も、さわさわと葉を揺らす風にあっという間に流されていく。
すぐには意味がわからないのか、エルドもしばらくは言葉を発さない。反応を待つ少女と、考え込む竜。
森は、異端な彼らのすべてを受け入れていた。
「……? つまり、結局どういうことだ?」
「つまり、ズレてる骨をくっつけ直すってことだよ」
「……ふむ、くっつけ直す。んん? 貴様折らずに治すなどと言ってバカにしたくせに、結局折るのか!?」
「だってしょうがないでしょ!? あなた硬すぎて、外からの圧力とか固定とかじゃ、まったく変化しなそうなんだから!!
あーあー、これだからいやだったのよ!!
だけど、あなたが言うように全部折る訳じゃないし、言質もちゃんと取ってるからね!? 反論は一切聞きませーん!!」
「な、な、なッ……!! 謀ったな貴様ァ!!」
遅れて治療法を理解したエルドは、森がざわめく程の咆哮を放つ。バカにされた方法に近いものを使うというのだから、当たり前だ。しかし、当然口でマルタに勝てはしない。
事前に仕込まれていた罠に、つい感心してしまうほど見事に引っかかって仲良く喧嘩していた。