11-現状把握
翌日、結局最初にいた洞窟に戻ったエルドは、朝っぱらから騒がしいマルタの来訪を受ける。
一応、今回の移動もマルタには伝えていないのだが……
一体どうやって特定しているのか、彼女はやっぱり当たり前のように居場所を見つけ出していた。
おまけに、どう考えてもおかしいのはその時間だ。
朝っぱらから来ていることから、最初から知っていたとしか思えない。
それをなんとも思っていない様子の彼女は、珍しくちゃんと起きて出迎えた彼に、ワクワクとした笑顔を向けていた。
「昨日は結局、あの後話が進まなかったからねっ。
今日は色々と実せんとかしていくよ!」
「はぁ……まったく、いつもうんざりするくらいに元気だな、小娘マルタ。そもそも、移動は教えていないが?」
「うん、聞いてないよ!」
「聞いてなくてなぜ見つけられるのかと訊ねているんだ」
目を覚ましてはいるものの、面倒くさそうに横たわったままのエルドは、格好目通りダルそうに問い質していく。
とはいえ、もう完全に拒絶する気はないようだ。コンコンと鱗を叩かれても上に乗ってきても、まるで気にしていない。
まるで完全にこれが日常の一部になったかのような態度で、尻尾などで遊んであげていた。
揺れ動く尻尾に掴まって、年相応にはしゃいでいるマルタは、左右に振り回されながらも冷静に言葉を返している。
「だって、あなたの周りってふん囲気が違うじゃない?
なんというか、別世界に来ているみたいな感じ」
「なるほどな。貴様は感知能力が高いのか。
それか、単に御伽噺が好き過ぎて夢を見ている馬鹿か」
「ちょっと!? なんで急にばとうされたの!?」
「なんにせよ、貴様が感じ取っているのは神秘が発しているオーラだろう。翼こそ折れているが、これでも我は天竜族。
やはり存在感は隠せないようだな。フハハハハ!!」
「無視……? それに、また神秘のお話ー。
何度も言うなら、教えてよー」
「あー、まぁ暇になったらな。今は翼についてだろう。
さっさと話すぞ、どうやって治すのか」
ドヤられて不服そうにせがむマルタだったが、エルドは適当に返事をして受け流す。話を逸らしたことで思い出したのか、ようやく本題に入っていた。
尻尾に振り回されていた彼女は降ろされ、渋々手を離しながら応じている。
「はぁーい……そういえば、なんで羽折れちゃったの?」
「なんだ、気になるのか?」
「当たり前でしょ。だって、じゅ命がなくて傷も放っておけば大抵のものは治っちゃうって言うんだから。
それだけじょうぶなら、そもそも治すのに時間がかかるけがなんてそうそうしなくない? 気になるよ」
「はは。ならば話すが、単に事故が起きただけだぞ?
我ら竜人は、日々強さを求めて高め合う一族だからな。
いつものように同胞達と訓練をしていた時、運悪くズタズタになってしまったのだ。たしか……相手はルネだったか」
ふと気になって聞いただけ、といった様子のマルタだったが、話を聞いているうちに段々と眉をひそめていく。
何かしらの戦いに出ていたなど、故意にけがをさせる意図がある場合でなければ、事故になるのは当然なのだが……
彼の話によると、天竜族とは実力至上主義で優生思想が強い上に、かなりプライドが高い種族だ。
この時点でズタズタになり、おまけに特定の人名が出てくるとなれば、訝しむのも無理はない。
離れていく尻尾を見つめながら、控えめに探りを入れていた。
「……ルネ。あのさ、けがってよくあるの?
普段から訓練してるのはわかったけど、再起不能になるようなけがが、何度もあるような訓練?」
「うむ。寿命がない分、我らはそこで死ぬ。現人神の要請によって戦場に出ることもあるが、基本は一族の強さのために礎となって、人生を終えるのだ。神秘は寿命がないだけで、他の神秘に殺されれば死ぬからな」
「詳しく聞くと、よりひどい場所……だけど、それはけがじゃなくて死よね? 羽だけが折れることはあるの?」
「……ふむ? そうだな。たしかに、翼だけが砕けて生き残ることは、そうそうないかもしれない。弱者は死に、強者は常に高みを目指す。だからこそ、その舞台に立てなくなったのに生き残った半端者の俺は、蔑まれたのだが」
最初こそ何も疑わず、誇らしげに語っていたエルドだったが、深くまで踏み込んだ問いを受けるとそうはいかない。
流石に何かに気がついた様子で黙り込み、考えを巡らせていた。それを見たマルタは、なおも容赦なく言葉を続け、この骨折の核心に迫っていく。
「それさ、本当に事故なのかな?
そのルネって人が、悪意を持ってしたことじゃなくて?」
「むぅ……現状、俺には否定する材料がないな。
それに、こう見えても我は次期族長だった。
もちろん全員にではないが、嫉妬されていた自覚はある」
「なにそれ、ほぼ確定じゃない?」
あくまでも、聞いた話から推測しただけ。
当事者も被害者である彼のみで、証拠などどこにもない。
だが、この数日でかなり仲良くなっていたことで、マルタは不快感を素直に表面に出して顔をしかめていた。
情報はわずかしかなかったとはいえ、折れた理由が訓練で、普通は折れることなく死ぬというのだから、まず間違いないだろう。嫉妬の対象だったことで、害された理由も十分だ。
エルドが強すぎてそれが精一杯だったのか、はたまた苦しむ姿が見たいと思われるくらい妬まれていたか。
理由がなんであれ、故意に狙われたから翼だけが破壊されたのは、ほぼ確定である。
しかし、なぜかエルドの反応は薄い。
これまでは、不機嫌だからと毎回マルタを追い返そうとしていた彼だ。怒り狂うまではいかずとも、嫌な感情の1つや2つ抱いてもいいはずなのに。
同族ならそういうものと思っているのか、過去よりも現在を見ているのか、それとも単に相手にしていないのか。
とにかくあまり興味がないらしく、淡白に目を閉じていた。
「かもな。しかし、まだ確定ではない。里に戻る方法もない以上、証拠もなしに同胞を恨んでも仕方がないとも。
それに、無法もまた強さには変わりないだろう。なにはともあれ、まずはこの翼を治さなければ始まらないからな。
さっさと治す話に戻ろうじゃないか」
「むぅ……仕方ないなぁ」
意外にも大人な対応を見せたエルドに、マルタもいつになく子どもっぽく頬を膨らませながら納得する。本人が気にしていないのならば、他人がとやかく言うことではない。
普段の関係性とは逆で、彼女がたしなめられていた。
「じゃあ、折れた原因も知ることができたところで、改めて羽の調子を確認しておこー!」
「ふぅ……どうせ無駄だと思うがな。いもしない奴に恨み辛みを重ねるよりはマシだ。早速始めよう」
ようやく本題に戻ってきた2人は、さっきまでダラダラ話していたのが嘘かのようにキビキビ動き出した。
マルタはいつも通り駆け回っているだけだが、エルドは静かに体を起こして洞窟の外に向かっていく。
「翼を動かす……まったく、いつぶりだろうな」
「3年くらいでしょ?」
「おい、貴様なに乗っている?」
「前も言ったじゃん、飛んでみたいーって」
「危ないから引っ込んでろ!」
無駄な物音を立てずに歩くエルドは、尻尾で器用にマルタを引き剥がしてから外に出る。空は青く、絶好の飛行日和だ。
もっとも、まともに飛べたらの話ではあるが。
「……ふぅ」
柔らかな風が、小さく息を吐くエルドの硬い背中を押すように吹く。翼の骨は依然、ひしゃげたままだ。翼膜も同じように歪で、まともに風を受けていない。
それでも……どうしょうもなくその空に惹かれてしまうから。
彼は大空に向かって羽ばたいた――
「ぐわぁ!!」
その、わずか数秒後。何よりも美しい黄金の竜は、何よりも無様に墜落して木々を砕いていた。




