10-それでも空に憧れて
「あーっはっはっは、ひぃ、ひぃ……面白すぎる……!!」
倒木などによって翼を固定されるという、実に珍妙な格好をしたエルドを眺め、マルタは転げ回って笑う。
当然、そんな状態にされて呆然としていた彼自身は、笑い声を聞いて仏頂面になっているが……
本来は黄金の竜で神々しいのに、翼だけはそれを覆い隠されるくらいに様々なものがくっつけられているのだから、笑い転げるのも無理はない。
むしろ、ヒーローごっこをしている男の子のように不格好な固定具を付けられ、笑わない方がおかしいというものだ。
それを、綺麗でプライドの高い竜が、自分で大変だと言っていた翼を生やしてまでしているとくれば、尚更である。
自分でもおかしいことがわかっているようで、エルドも笑う少女に何も言えずに落ち着くのを待っていた。
「ひぃ、ひぃ……わらいつかれた、つらい……」
それからさらに十数分待つと、ようやくマルタは笑い疲れて起き上がる。転げ回ったせいで、綺麗な銀髪はボサボサだ。
彼女が落ち着いたことで同じく正気に戻ったエルドは、すぐさま翼を動かし、人工的な羽をすべて振り払ってしまう。
もちろん、ボトボトと落ちていく倒木などが、決してマルタに当たらないように気を配りながら。
「辛いのは俺の方だ、このクソガキが。
目的通りとはいえ、動かしにくいし無駄に重くて邪魔だ」
「いいじゃんいいじゃん、似合ってるよ!」
「本当に似合っているなら、貴様はそこまで笑わない。
そう何度も騙されると思うなよ、小娘め」
「だましてはないけど、そう言うの何回目?」
「うるさいわっ!」
数十分前までは、かなり接戦に近い言い合いをしていたはずなのに、いつの間にやらからすっかり普段通りだ。
最後の方なんて、いよいよ決定的な対立が起きたかのような雰囲気だったのが、何をどう間違ったのやら。
結局、マルタのいいようにされている。
まぁ単に、彼が買うと言った喧嘩とは、プライドを放り投げて頼ることもできると実証することだったのだろうが……
なんにせよ、愉快なことこの上ない。
前足までも使ってすべての固定具を取り除いくと、エルドは苛立ちを隠しもせずに口を開く。
「これが人間様の知識というやつか? ん?
あんな滑稽なもので治るなら医者はいらんわ」
「すぐに治る訳ないでしょー? あれは長いことあぁやって固定するから意味があるんだよ。
あの状態で骨が再生して治るの」
「あんなごちゃついた姿で固定なのか!?」
「何言ってるの、あれは外側に付けただけじゃん」
やはり長生きだからといって、知識や知恵などが勝手に蓄積される訳ではないらしく、エルドは素っ頓狂なことを言う。
もっとも、同じ人族とはいえ文化は違うだろうし、そもそも竜に変化するのだから肉体や存在からして別物だ。
実際、ある程度の傷なら勝手に治るらしい竜人なので、仕方のないことなのかもしれないが……
理由が何であれ、長く生きているのに知らないというのは、紛れもないじ事実である。マルタが苦笑しながら否定すると、彼はまたも悔しそうにうめいていた。
「くっ……だが忘れるな。我は長く己を高めてきた天竜族。
その得意分野は、飛行と戦闘だ」
「でも、あなた飛べないよね?」
「ぐわぁぁぁぁぁっ!!」
「あっははは!」
苦しげな反論も、事実を突き付けられれば儚く砕け散る。
最終的にエルドは、巨大な体を揺らしながら叫んでいた。
大人である上に伝説的な竜の姿をしたものが、人目も気にせず叫ぶ様。それは場合によっては見苦しいのだろうが、竜であることもあって、ただただ奇妙で面白い。
せっかく落ち着いていたマルタも、再び大爆笑だ。
「だが実際のところ、骨折自体は治っていると思うぞ。
数年経っているし、痛くもないしな」
しばらく経って落ち着くと、騒いだ反動かやけにすんとした状態で会話は再開される。向かい合って座るマルタも、また大人顔負けの分析力を見せていた。
「そうだよね……問題なのは、くっつき方? 多分、変な形で治っちゃって、結果羽は折れ曲がってるんだよ」
「くっ、まさか折れていないのに折れているとは……」
「むじゅんしてるのにその通りなの、面白いね」
「やかましいわ」
「あなたが先に言ったんじゃない」
「貴様の言葉がなければ、ただの事実だった。
面白おかしくしたのは貴様だ、バカめ」
「残念ながら、バカなのもあなたの方でした〜」
「この小娘がっ……!!」
会話自体は、爆笑や泣き崩れる前のように再開された。
しかし、だからといってすんなり進む訳でもなく、彼女達はまたしてもじゃれ始める。
マルタはまだ子どもだから普通なのだろうが、エルドの方も精神年齢が低いか、子ども目線で騒げる人のようだ。
時々本当に下に見ている節があるものの、それも含めて実に仲の良い限りである。
「ともかく、問題は翼の形である」
「であーる!」
「日々学びを深める賢い人間様は、この場合どうするのだ?
どうにもならんし、もう一回折ってみるか?」
「もう一回折るのはマズいでしょ!? びっくりした!!」
ノリノリで話し合っていたマルタだったが、エルドが無茶なことを言い出すと、絶対に阻止するべく声を荒げる。
もし本当に実行しては堪らないので、当たり前だ。
だが、彼としてはまったく心当たりのないことだったのか、普通にビクリと大きな体を跳ねさせていた。
「どぅわぁ!? 急に叫ぶなびっくりするだろう!!」
「なんでそんなに大っきいのに、毎回びっくりするの!」
「他人と話すのがいつぶりだと思っているんだ。
動物も寄り付かんし、自分以外の音など久しぶりなんだぞ」
マルタと比べて、エルドは少なくとも今は竜の姿をしているため巨大で、耳も強靭な肉体に見合った強度だ。
普通に考えれば、ちっこい人の子が大声を出したところで痛みもなく、驚くはずがない。
そのため彼女は、なぜか何度も大げさに驚く彼に、いよいよ苦言を呈したのだが……彼は彼で、交流に慣れていないという面で驚いてしまうらしい。
なんとも悲しい理由である。
ムッとしたように告げられた言葉に、彼女は軽く目を見開いてから、申し訳無さそうに眉尻を下げる。
「そっか……それはごめんね」
「おおう……なんだ急に素直だな」
「それが人間なのです! 絶対竜人より優しいよ!」
「ううむ、まぁ竜人の優しさは厳しさだからな。多分」
「やっぱり、竜の里ってひどい場所?」
「いいや? ひたすらストイックに強さを高め合う性質上、少し優生思想が強いだけだ」
「急に難しい言葉使うね……」
「ふっふっふ、まぁな」
口論や爆笑などが合間に挟まりまくる彼女達の会話は、少ししつこいくらいにズレ続ける。
珍しく褒められたエルドは、まさに誇り高い竜といった態度で胸を張っていた。
「違う!! 今は翼の話をしているんだ!!
貴様と話していると話題がコロコロ変わって大変だな!!」
しかし、流石に話が進んでいないことに気がついたらしく、その数秒後には我に返ってエルドは叫ぶ。
咄嗟のことで、音量の調整がされていない声の音圧を受け、マルタは耳を押さえながら顔をしかめていた。
「うるさぁ……それはあなただって同じでしょ!?」
「ほらまたズレる。さっさと話すぞ、翼について。
どうすればこのひしゃげた翼が治せるんだ!?」
「うーん、無理やり矯正するしかないんじゃない?」
「なんだ、結局また折るのか」
「折らずにだよっ!! このおバカ!!」
「貴様も断言できないくせに、どの口で言うんだ……」
「無鉄砲じゃないって言ってよ。あなたみたいにね」
「なんだと?」
喧嘩するほど仲が良い。
マルタとエルドの言い争いは、まだまだ続くようだ。




