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折れた翼は空を切る  作者: 榛原朔


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9-折れた翼の治し方

数分経ち、洞窟から響き渡る声がようやく収まった頃。

反響した音に自分も耳を塞ぐマルタは、恨めしそうな視線をエルドに向ける。


まだ出会って数日であるため、翼の治し方にそう何日も費やした訳ではないが……それでも、数時間一生懸命調べていたのだから、無駄になるなら怒るのも無理もない。


ついさっき、無駄になるからやめておけとは言っていたが……

それもどういう意味か曖昧な上、遅すぎる。

わかっているなら、最初から教えておけというものだ。


おまけに、彼は竜だからか反響音にもあまり堪えた様子を見せていないので、それも感情を逆撫でする原因になっているのだろう。


相変わらず目を閉じているエルドに、背中から降りた彼女は先程と同じくらいの音量で抗議の声を上げていた。


「折れちゃったから、なくして傷をなくそうじゃないのよ! 

それで羽を治したつもりなの!?」

「まぁ、一種の対策ではあるだろうな。なにしろ、そもそもその部位がなければ怪我もないのだから。気楽だぞ」

「気楽っ! でも治ってないじゃない!

治したいんじゃないの!? がんばって調べてきたのに!」

「それは押し付けというものだ。俺は別に頼んでいない」

「へー? 余計なことしてごめんなさい。

じゃあ、手助けはいらないのね?」


マルタは今日、多くの時間を竜の翼を治すための方法を探すために費やした。

しかし、エルドの言う通り頼まれた訳でも承諾された訳でもないのだから、たしかにそれは押し付けになるだろう。


とはいえ、消していれば治るならいいが、翼膜が完全に再生し終わっているのに歪んだままなのだから、望みは薄い。


詳しく聞かないと不明瞭な点が多すぎるものの、現状ではただの遅延行為だ。そのため彼女は、素直にそれを受け入れて謝りつつも、落ち着いて問いかけていく。


「あぁ、必要ないな。小娘が何したところで無意味だろ」

「まぁ、わたしが無力なのは自分でもわかってるけど……

あなたは羽を治すために、何かしてる?」

「……? 特に何も? 強いて言えば寝ている」

「……治す気はあるの?」

「もちろんあるとも」

「羽を消していれば治るの?」

「さぁな。出していない間は存在しないのだから、そのままなんじゃないか? 俺は学者じゃないから知らない」

「それなら消さないでよ!? 確認もいるんだから!」

「ぬぅあぁ!! さっきから何だ!?

急に叫ぶなびっくりするだろ!!」

「どうせあなた効いてないじゃない! わたしの場合は耳が痛くなるんだから、あなたこそ怒鳴らないで!!」


詳しく聞いてみたところ、なぜかやたらと堂々としている彼の答えは、結局なんの根拠もないものだった。つまり、協力を拒否して調べたことを無駄にしている理由も、無駄に高い誇りなどによるものでなんの価値もない。


そんなもののせいで頑張りを否定され、マルタは再び叫ぶ。

エルドもそれに応じたことで、洞窟にはまたもしばらくの間2人の騒ぐ声が響いていた。


「とにかく、わたしみたいなのでもいた方がマシでしょ!?

早く羽をさっきみたいに広げてよ!」

「そんな簡単にできるかっ! これは本来、俺の体にはないものだ。わかりやすく言うと、世界が勘違いしているだけに過ぎない。お前は勘違いで羽を生やせるか? ん?

そう簡単に出し入れできるもんじゃねぇんだよ!」

「むかーっ! あなたそんなにわたしがきらいなの!?

あんなにご飯あげたのに!!」

「ふん。人間の小娘なんぞに、そう何度も助けられて堪るか。我は竜人――天竜族。神のように崇められる存在だぞ」


少し前までは、エルドもかなりマルタに気を許している様子だった。しかし、口論になったことで引っ込みがつかなくなったのか、彼はまたも高圧的な態度を取ってしまう。


ただでさえ、もう何年も食事をしていなかったところに、大量の食事を持ってきてもらったのだ。不本意だったとしても、恩というほど重大なことではなかったとしても、無視はできない。


それも、この場で言及までされたのだから尚更だ。

誇り高い竜人として、ちっぽけな人間にこれ以上助けられるのは、到底我慢ならないことのようである。


だが、そんなことはマルタにはまったく関係ない。

生物として散々小馬鹿にされている彼女は、脳をフル回転させて立ち向かっていく。


「はいー? 羽もなしに天を名乗るの? どの口で?」

「種族名だぞ? 貴様は腕が欠けたら人間でなくなるのか? 今は地竜のような状態だが……竜人は竜人。

変わらず超常の存在である神秘なのだから、敬え小娘」

「空も飛べないくせに偉そうに……!

そもそも、世界の勘違いって何よ勘違いって!?

また神秘とかって話? じゃあ、まずそれ教えてよ!」

「はんっ、貴様にはまだ早いわ!

せめて100歳を超えてから言え」

「竜と寿命を一緒に考えないでくれない……!? 100才なんて長すぎるし、その年になったらもう知る意味ないでしょ……!? まともに動けないし、すぐ死んじゃうよ!」

「ほー? 何とも弱々しい生き物だな、人間とは。

寿命のない崇高な存在の竜属である我とは、対等に話すのもおこがましい。そう思わないか? 帰れ帰れ!」


今までの通りなら、彼女達が口で戦えば勝つのはまず間違いなくマルタの方だろう。何やかんや、結局こうして何日も顔を合わせて言い合っている時点で、それは証明されている。


しかし、2人の間には明確に知識の差があり、エルド達竜人や神秘について知らない彼女は、一気に不利になっていた。

珍しく優勢になっていることで調子付いた彼は、どう見ても同じ舞台に立っているのだが。


ともかく、かなり大人げない部分で有利を取り、情けなくもさらに上から目線になったエルドに、マルタは目を不気味に輝かせながら言葉を紡ぐ。


「カッチーン……そっかそっかー、エルドはとーっても長生きなんだねー? でも、それなのにまともな治し方も知らないんだー? わたしよりたくさん時間があったのに、何も学ばなかったの? 頭空っぽで、生きてる意味あるのかなー?

仮にも竜人……人間にだって属してるはずなのに、同じなのは言葉を話すことだけ? 誰かに頼る事も出来ないだなんて、プライドだけ高くて情けないわねー」

「き、き、貴様……この俺が、無知で、怠惰で、低能で、獣とそう変わりない下等性物で、傲慢なだけの愚者だと……!?」

「あ、あれ? 似たようなことは言ったけど、そこまで酷い言い方したっけわたし……?」


今あるあらゆる武器を使って、本気で心を抉ろうとした言葉は、目論見通り……いや、それ以上にエルドの奥底にまで突き刺さったようだ。


より辛辣な言葉に置き換えて呟きながら、ぷるぷると震えている。もちろん、結局それが事実通りの表現か具体的な単語での表現かというだけで、同じことは言っているのだが……


想像以上の効果があったことに加え、勝手に容赦ない言葉に変えられたマルタは、戸惑うしかない。

彼女が怒りに震える巨大な姿を見上げている前で、誇り高き竜属はついに……


「いいだろう、その喧嘩買ってやる! 覚悟しろ小娘――」




「おい……一体これは……」


エルドがマルタの言葉のナイフに貫かれてから、数十分後。

洞窟の中には、困惑したような彼の声が響いていた。


だが、反対に彼女の声はケラケラと笑う楽しげなもの。

動いている影も、竜が呆然と硬直しているのに対して、少女は地べたをゴロゴロと転がり回っている。

その理由は、間違いなくさっきまでとは違う竜の見た目で……


「ぷっくくく……」

「一体なんなんだァ、これはァ!?」


2人しかいない洞窟の中では、ひしゃげて歪んだ翼に、倒木や岩などをごちゃごちゃと飾り付けられた、珍妙な姿をしている黄金の竜が、堂々たる直立を見せていた。


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