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0-日輪が堕ちる時

空には、山があった。分厚い雲を突き破り、どこまでも高く天を衝く山だ。その光景は神秘的で、雲により分かたれていることもあって、地上とは隔絶した別世界を形作っている。


おまけに、流石に地上ほどではないものの、その山の自然は豊かだ。晴れ渡った昼間であれば、木々は光を零し川は光を反射し煌めいていた。


その分、幻想的な"神々しい獣"の類も多く生息しているが……

生きていく方法さえ知っていれば、きっとこの場所は楽園となるだろう。


しかし、この場所に人間は1人もいない。

他の似たような地域には、大抵の場合人類が進出しているというのに。この場所には、たった1人の人間もいなかった。


つまりは、ここはそういう場所。人々には、神が住まう霊峰として崇められている禁域である。


なぜ、禁域となっているのか。それを正確に知る者は決して多くはない。だが、もしも今この光景を見ているものがいれば、一目瞭然だろう。


黒々とした嵐雲が覆っている空には、幾重にも連なった雷。

または、それに近しい輝きを持つ生物が縦横無尽に駆け巡り、存在感を放っている。


夜の闇すらかき消す閃光は、普通では見られない、明らかに異常なものだ。超常の神秘は荒れ狂い、山や木々を脅かしながら着実に威圧感を高めていた。


「――!!」


その奥底で仄暗く輝いているのは、鋭い眼光だ。

嵐は霊峰すらも圧倒しているというのに、その生物は轟雷をものともしないどころか、支配しようとしているかのような様相を示している。


仮に、今霊峰で繰り広げられている光景が真実で、生物が大自然を圧倒しているのだとすれば。

雷雲の中央に潜むモノの正体など、考えるまでもない。

其は、紛れもなく神だった。




~~~~~~~~~~




もし、この世のすべてに意思が宿るのなら。

人々を脅かす嵐も何しらかへの報いであり、神々の思し召しなのかもしれない。


だが、どんなことがあっても人々は懸命に生きるのだろう。

そこにはただ、人の意志だけがある。

嵐に飲み込まれた集落の中でも、家からは灯りが失われないように。




「ママぁ、かみなりこわいよー……」


夕方辺りから、突如としてこの村を包み込んでしまった嵐に怯え、ベッドに潜る幼女は母を呼ぶ。

温かいブランケットは彼女を覆っているが、ガタガタと揺れる窓や屋根を打つ雨、雷の音は誤魔化せない。


いつまでも止まない嵐に、すっかりと怯えてしまっていた。

まだ夜遅くではないことに加え、この尋常ではない嵐だ。

なかなか寝付けないのも、仕方がないことだろう。


とはいえ、眠ってこの状況から離れることが、恐怖から解放される手段の1つであることもまた事実。


必死に呼ばれている母親は、少しでも早く寝てくれるように穏やかな笑みを浮かべてそばに座る。その手には、いつものように読み聞かせるための本が握られていた。


「大丈夫よ。雨も雷も、いつかは晴れるものだから。

明日になれば晴れているわ。だから、ねんねしましょうね。

いつものように、御伽噺を読んであげるから」

「ん……きょうは、なんのご本?」

「今日はねー、『竜の巣の物語』よ」


何とか読み聞かせを待つ態勢になった愛娘に、母親は柔らかく微笑みながら本を開き、物語を紡ぎ始める。


「むかーしむかし――」


この国には、とても恐ろしい魔獣がいました。

それは人類を強く憎んでいる存在で、人々を導く現人神様ですら手を焼くような獣でした。


決して、一方的な蹂躙ではありません。

けれど、人々はたしかに脅かされ、長く恐怖の中に生きていたのです。


しかし、そんな日々もやがて終わります。

現人神様の要請に応じた心優しい竜が、彼のお方と共に立ち上がり、邪悪を撃ち倒してくださったのです。


それからというもの、この国の人々は現人神様とともに竜を崇めるようになりました。国の中央にある霊峰を中心に、竜の巣を守るように円形に発展してきたのです。


これが、神の国エリュシオンの成り立ち。

人々が真の平和を手に入れた時代の物語。


「お休みなさい、可愛い可愛い私のマルタ」


寝息を立て始めた娘に笑みを深めながら、母親はベッドの横に置いた椅子から立ち上がる。嵐はまだ止まない。家は雷雨によって、ギシギシと不気味な音を響かせていた。




~~~~~~~~~~




仮に、完全に自然発生したものだったのなら。

霊峰を中心に生まれていた嵐も、直に移動したり消えたりしていただろう。


しかしこれは、元はどうあれ今は神が中央に座するもの。

数秒ごとに強まる超常現象だ。

勝手に収まることなどなく、規模をどんどん広げていく。


その、奥底で。嵐が強まる原因だと思われる竜は、一体何がしたいというのか。轟雷に身を焼かれながらも、変わらず中央にて瞳を輝かせていた。


「――!!」


竜とは、人々に崇められているもの。

実在しようがしまいが、信仰対象として支えになるものだ。


だが、今現在姿を現しているそれは、とてもそうとは思えないような有り様だった。剥き出しの牙は余裕なく食い縛られ、目には必死な色が見える。


おまけに、自身で悪化させていると思われる嵐も、実際にはまるで支配できずにいるらしい。翼はひしゃげ、屈強なはずの肉体は、ボロ雑巾のように揉みくちゃになっていた。


「――!! ゴアァァァァァッ!!」


もはや、それは飛んでいるとすら言い難い。

雷に打たれ、嵐に揉まれ、ただ逃れることができずに苦しんでいるだけだ。


それでも……なぜか竜は堕ちようとせず、必死に折れ曲がった翼を広げ続けている。羽ばたき、鳴き声を轟かせ、雷雨はさらに悪化していた。


このままでは、地上の集落など容易く吹き飛ばされてしまう程の規模にまで成長することだろう。

これでは、崇められる神どころか厄災である。


「――!?」


だが、幸いにもそんな未来は訪れなかった。

理由は単純で、なぜか急に強まった雷に、竜自身が耐え切れなくなったからだ。


必死に空を飛ぶ竜の目には、刃のように鋭い雷が踊る。

それはまるで、人が剣舞を披露しているかのように華麗で……

抗う竜の爪やブレスを掻い潜り、それを堕としていた。


「――っ……!!」


嵐の中から飛び出してきた竜の体は、太陽と見間違うような黄金。雷に叩き落された日輪は、もはやただの獣として。

虚ろな瞳を閉じながら、地上に堕ちていった。




~~~~~~~~~~




「……ん」


深夜、ようやく嵐が収まってきていた頃。

雷雨が怖いからと、普段よりも早く寝ていたことで、少女は思わぬ時間に目を覚ます。


寝る前まで鳴り響いていた雷鳴や家を不気味に軋ませていた風雨は、もうほとんどない。

聞こえるのは、遠くから鳴り響く何かの悲しげな鳴き声だけだった。


「……だれか、泣いてるの?」


雷への恐怖もなくなっていたことで、少女の好奇心も復活していた。何かの鳴き声を捉えた彼女は、真っ暗闇の中で起き上がると、手探りで窓際まで歩いていく。


「かみなりで、だれかお家をなくしちゃったのかな……?」


雷を遮っていたカーテンを開き、目を細めながら窓を押す。

しばらく締め切られていた室内には、嵐によって冷えた空気が一気に流れ込んできた。

それと同時に、小さな少女の瞳が捉えたのは……


「ふわぁぁぁぁ……!!」


大空から森の方へと落ちていく、金色の物体。

バチバチと眩い雷を纏いながら、綺麗な鱗などを輝かせている御伽噺に語られるような生物――竜の姿だった。


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