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ゼノはローズを庇うように背にすると、アシェルに笑顔で向き合った。
「ほらぁ、そんな目付きしてちゃいい男が台無しですぜ?」
「……お前は、殿下の影か……」
ゼノを目の前にしたアシェルは、邪魔をするなと言わんばかりに眉を顰め睨みつけている。それでも、ゼノは笑顔を崩す事はなかった。
いくらローズの護衛だからと言っても、兄妹喧嘩の仲裁までは業務範囲外。それ以前に、こんな事に口を挟むような人じゃないし、影の人物が人前に易々と姿を現していいものでもない。
「王家の犬が口を出す事じゃない」
ローズには見せないような冷たい目と低い声でゼノに詰め寄る。
「そうは言いますけど、今は姫さんの護衛を任されてる身なんでね。妹とはいえ殿下の婚約者に手を出そうとあれば、俺も黙ってられない」
「はっ、何を言うかと思えば……僕がいつローズに手を出しと言うんだ?」
「まだってだけでしょ?」
ゼノの言葉にアシェルは言葉を詰まらせて黙ってしまった。その様子に「図星かよ……」と呟くゼノがいた。
「話にならないね。ローズ、こっちにおいで」
アシェルは手を伸ばしてローズを呼ぶが、ゼノがその手を遮るように前に出る。一発触発の雰囲気が漂う中、この状況にローズは戸惑いを通り越して歓喜してた。
その理由は言うまでもなく、自身を庇ってくれている背中の持ち主のせい。
この状況で歓喜するなんて頭がおかしいと思われようが関係ない。嬉しいものは嬉しい……!!
感無量で二人の会話はほとんど聞こえていなかった。
「ほら、姫さんも嫌だってさ」
「………………」
嘲笑うように言われ、アシェルは殺気を含んだ目でゼノを睨みつけていた。
「ローズ。今日は戻るとするけど、さっきの話の答えはちゃんと聞かせてもらうからね」
それだけ言うと、部屋を後にして行った。
ドアが閉まり、アシェルの気配が遠のいた所でゼノがローズに向き合った。
「あんたさあ、もう少し危機感持った方がいいよ?」
溜息を吐きながら言われたが、当のローズは何のことやらで首を傾げている。その様子を見て、更に大きな溜息を吐かれた。
「本当に危なっかしいなあんたは……まあ、今は俺がいるから安心していいけどね」
そう言いながら笑顔を見せたゼノを目にして、ローズは自然と涙が溢れてきた。
「は!?なになに!?」
当然、ゼノは訳が分からず戸惑ってあたふたしている。
「ごめ……これは違うの……嬉しくて……」
護衛役だから仕方なくだと分かっているが、ゼノの口から護ると言われて嬉しくないはずない。とはいえ、これ以上ゼノを困らせる訳にはいかないと涙を止めようとするが、止めようとすればするほど溢れてきてどうすることもできない。
「まったく、世話がかかるな」
そう言いながら溜息を吐くのが聞こえ、ローズは飽きられたと落ち込んでいた。──が、次の瞬間、大きな腕と温もりに包まれた。
(───ッ!?!?!?!?!?)
目を開けると前にはゼノの逞しい胸があり、自分が今抱きしめられるのだと気が付いた。
「殿下には内緒にしてよ?あの人結構嫉妬深いからさ」
困ったように言う声が耳元で聞こえる。
いつの間にか涙も止まっているが、ゼノの腕から出ることができない。ゼノも気が付いているようだが、自分から離すことはしない。
ゼノの鼓動を聞いていると安心できて心地が良い。ずっとこのままでもいい……そう思うが、そうもいかない。
ギュッと拳を握りしめ、名残惜しいがゆっくりと体を離した。
「ありがと、もう大丈夫。このままいたら離れられなくなっちゃう」
「このぐらいお安い御用だよ。でも、俺が泣かしたなんて言わないでよ?殿下に殺されるから」
困ったように眉を下げながら言われ、クスッと笑みがこぼれた。
「大丈夫よ。貴方が殺されるようなことがあったなら、私も一緒に逝ってあげる。二人なら寂しくないでしょ?」
まさか自分も一緒に死ぬなんて言われるとは思っていなかったゼノは目を見開いて驚いている。
その様子を見たローズはハッとした。
(もしかして、重い女だと思われた!?)
後を追って死ぬなんて言われたらドン引き案件だろう。ようやくゼノとの関係も良好になってきたのに、ここに来ての失言にローズは顔色を悪くして俯いていた。
すると、頭にポンッと手が置かれた。
「そうか。それじゃあ、俺は簡単に死ねないね」
顔を上げると、そう言って笑うゼノがいた。
ゲーム内でのゼノは一切言葉を発しないし、常に無表情でレオンの傍にいるだけの存在だった。それでも好きになったのは必然だったのかもしれないと、この世界に来て……ゼノと出会って感じた。
そして今、改めてこの人を好きになって良かったと心から思った……