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目の前が真っ赤に染まり、驚いたのはローズ本人。
「あんた何してんだ!!」
怒鳴りつけるゼノの手は真赤に染まり、その手にはローズの握っていたナイフが握られている。
一瞬何が起こったのか分からなかったが、すぐに我に返り「貴方こそ何してんですか!!」と言い返していた。
「手当てするんでこっち来て!!」
「は?」と呆けるゼノの手からナイフを奪うと、手当てをする為に椅子に座らせた。ゼノは相当強く握ったと見えて、傷は深く血が絶え間なく溢れてくる。見れば見るほど痛々しくて、顔を顰めながら手当てをしていた。
「なんでこんなことしたの?」
「………………」
ゼノは口も聞きたくないのか、応えがない。
それだけでローズの胸は締め付けられるようで涙が滲みそうになったが、ここで負ける訳にはいかないと、半ばヤケクソになりながら話を続けた。
「私の事が嫌いになったんでしょ?なら放っておけば良かったじゃない。こんな作らなくていい傷まで作って……」
包帯を巻きながら言うが、その手は震えている。
自分で言った言葉が思った以上に胸に刺さったのもあるが、何よりも好きな人が自分のせいで怪我をしたと言う事実が、ローズにとって耐え難かった。
どうせ返事はないだろうと思っていたが「はあ~」と溜息が聞こえ、顔を上げた。
「俺はあんたの護衛役だろ?仕事に私情は挟まないよ。だから何度同じ事をしようとしても、俺はあんたを止める」
呆れるような素振りを見せながらも強い口調で言い切った。
仕事だと割り切った関係だとしても、ゼノの言葉は嬉しかった。それと同時にやっぱりこの人の事が好きだと実感させられた。
包帯を巻き終えたが、その手を離せずにいた。
「さあ、もういいだろ?」
手を握ったまま離そうとしないローズの手を振り払おうとするが、力強く握りしめているので軽い力では振り払えない。
普段のゼノなら女一人の拘束など簡単に振り払っているが、相手はレオンの婚約者だからか相当手加減をしているようだった。
その様子を見てローズが閃いた。
ゼノの中での優先順位はいつでもレオンだった。……ならばそこを利用しよう。
(この際、卑怯だとか汚いとか罵られても構わない)
それでも駄目だったら、全てを放り投げて修道院にでも入ろう。こんな気持ちのままレオンとは添い遂げれない。何よりも本気で愛してくれるレオンに失礼だし、ローズにも失礼だ。
(貴女の望んだハッピーエンドじゃなくてごめんね)
それでも自分に嘘は付けない。
ローズは意を決したようにゼノの顔を見た。
ゼノの瞳に映る自分の顔は、昨日までの弱々しい自分とは違いとても凛々しく見えた。
それはゼノも感じたようで、急に雰囲気の変わったローズに戸惑っているようにも感じる。
「貴方は、私が主であるレオンの婚約者だから傍にいるのよね?」
「…………………………そうだね」
警戒してか、少し間を開けてから返事が返って来た。
「という事は、私は自分の体なのに傷付ける事すら許されないってことね」
「まあ、俺がいる以上は無理だと思うよ。……てか、まだそんな事考えてんの?」
「そりゃそうよ。好きな人に嫌われたのよ?生きている意味ある?」
ゼノを睨みつけるように言うと「またそれか……」と溜息交じりに頭を抱えていた。
「今日一日、どれだけ貴方を探してたか分かる!?」
言われなくてもローズの行動は陰から見て知っているゼノは、口を閉ざし黙ってしまった。
「レオンのものでもあるこの体を傷つけさせたくなければ、逃げ隠れてないで今まで通り傍にいて」
そう言いながら、ゼノの手から奪ったナイフを再び自身の首元に突きつけた。
「………………告白の次は脅迫かい?」
「失礼ね。交渉よ」
当然、ゼノの目は鋭く光り酷い嫌悪を感じる。だが、ここで怖気づいては駄目だと、ほくそ笑むようにしながら睨み返した。
しばらくの間お互いに睨み合っていたが、ローズが折れないと分かるとゼノの方が先に折れた。
「はあ~……分かった。俺の負けだ。その条件を飲むから、その物騒なもん置いてくれる?」
「降参だ」と両手を挙げて言うゼノを見て、ローズは心の底から安堵してナイフをその場に置いた。
正直もっと渋られると思っていたが、思ったより早くカタが付いたことに驚いた。まあ、結果がすべてだと思う事にした。
「これから覚悟しててよ。私の気持ちが本物だって証明してあげる」
「へぇ~?今度はどんな汚い手を使ってくんのかね」
ゼノの胸に指を突き刺しながら言うローズに、ゼノは不敵な笑みを浮かべながら牽制しながら言った。