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「離せ!!」と抵抗して暴れながら騎士に連れられて行くアシェルを茫然としながら見ていると、ゼノが傍に寄って来た。
「あ、ゼノ……」
助けてくれたお礼を言いたいのに、いざ面と向かうと何て言ったらいいのか分からず言葉に詰まってしまう。だがローズが言葉を掛ける前に、フワッと逞しい腕に抱きしめられた。
「……良かった……無事で……」
いつものゼノからは考えられないほど弱々しく消え入りそうな声で言われて、慌てて抱きしめ返した。
ふとドアの方に目をやると、レオンがこちらを見て立ちすくんでいるのが見えた。その表情は驚愕していた。自分の愛する女が他の男の背中に腕を回しているのだ。当然だろう。
しかしレオンは何も言わずに顔を逸らすと、踵を返しその場を立ち去って行った。私はその姿を黙って見送った。
自分でも最低だなって自覚はある。こんな姿を見られた以上、きっと婚約は解消される。それなら今だけはゼノの温もりを離したくなかった。
(もう思い残すことはないわ)
修道院に入っても大丈夫。そう思っていた。
「……ねえ、なんで俺の言う事聞かなかったの?」
「へ?」
「俺言ったよね?絶対に屋敷から出ないでって」
逃げないように腕に閉じ込められたまま、尋問するかのように黒い笑みを浮かべながら言ってくる。まさかこの状況で説教が始まるとは思わず、しどろもどろになりながらも言い訳を口にする。
「で、出てないわよ!!屋敷の敷地内にはいたもの!!」
子供みたいな言い訳だが、間違った事は言っていない。
「へえ~?その結果がこれでしょ?」
「だ、だって、兄様がこんなことするなんて思ってなかったし……」
鋭く光る目で詰め寄られ、思わず顔を逸らしてしまった。
「こら、駄目でしょ。ちゃんと俺を見て」
無理やり顔を向けられ、鼻がつきそうな距離にゼノの顔があるのが分かり、一瞬で全身が真っ赤に染まった。
「いくら兄でも相手は男なんだよ?それも血の繋がりのない義兄だ。用心するには越した事ないよね?」
「だけど──」
「だけどもへったくれもないよ!!」
ゼノは思ったよりも怒っているらしく、怒鳴られて肩が竦んだ。その様子を見たゼノはローズの肩を軽く押して、押し倒した後にその上に覆い被さるようにしてローズを見下ろした。
「あんたがいなくなったって聞いた時、俺がどれだけ心配したか分かってる?」
「え?喜んだとかじゃなくて?」
「はは、それなら助けになんて来ないよね?」
馬鹿正直に思ったままの言葉を口にしてしまったが、ゼノは苦笑いを浮かべながら否定した。
ローズはまったく分からずキョトンとしているとゼノが「クスッ」と困ったように微笑み、ローズの首元に顔を埋めてきた。
「え、ちょっ、ゼノ!?」
心臓が口から飛び出そうなほど脈を打っているが、ゼノは離れようとしない。
「 ……ほんとさ、参るよ。あんたには……」
喋る度にゼノの息が首元にかかり、ローズは呼吸をするのを忘れそうなほど驚き戸惑っているが、頭の片隅には歓喜してる自分もいて、感情が大渋滞を起こしていて今にも気を失いそうだ。
だが、それをゼノが良しとしない。
「今ならまだ逃がしてあげれる。嫌なら俺を押し退けて逃げていいよ」
優しく頬に手を添えながら言う。
「……それって、どういう……」
「こう言う事だよ」
フッと目の前にゼノの顔が急接近したかと思えば唇に柔らかく暖かい感触が重なり、目を見開いて驚いた。
「……キスする時は目を閉じるんだよ?それとも嫌だったかい?」
ローズの気持ちを分かっているからなのか、揶揄うように言われて頭を勢いよく横に振った。
驚きはしたが、好きな人からのキスは率直に嬉しい。それでもやっぱり恥ずかしさはある様で、真っ赤に染まった顔を両手で隠すようにしている。
「はははっ、耳まで真っ赤」
「~~~~ッ!!誰のせいだと……!!」
ローズは顔を覆っていた手を退けてキッと睨みつけながら言うと、ゼノはチャンスとばかりに額にキスを落としてきた。
「ッ!!!!!!」
「あはははははは、本当面白いねあんたは」
これ以上赤くなれないと思う程、真っ赤に染まったローズを見てゼノは愉しそうに笑っている。完全に遊ばれていると察したローズは、不貞腐れたように顔を背けた。
「ごめんごめん。冗談だよ」
必死に宥めるように頭を撫でてくれ、チラッとだけ顔を戻した。
すると、ぽつりぽつりと語りだした。
「……本当は、何度もあんたから離れようとしたんだよ」
「え!?」
初めて聞く衝撃的な言葉に思わず声が出た。
「でも、できなかったんだよ。……何故だと思う?」
眉を下げて微笑むゼノの瞳は今まで一番美しく輝いており、目が離せない。
「いつの間にか、あんたの戦略に乗せられちゃったんだよ」
「俺の負け」と言われたが、何がなにやらと言った感じにキョトンとしている。
「殿下の婚約者だからって言い聞かせてたんだけどさ。ようやく覚悟が付いた」
いつになく真剣な眼差しでローズを見つめるゼノだが、琥珀色の目に曇りはない。
「俺は……ローズ、あんたの事が好きだ」
ドキドキと心臓の音が聞こえそうなほど静かな空間に、ゼノの声がローズの耳に良く響いた。
その瞬間、涙腺が崩壊したかのように涙が溢れ出した。
初めて名を呼ばれた喜びもあるが、それよりも自分の事を好きだと言ってくれた事に喜びが涙となって溢れ出た。
「泣くほど嫌だった?」
「──違ッ!!……分かってて言ってるでしょ?」
涙を拭いながら言い返すと「そうだね」と、止まらない涙を唇で拭ってくれる。
目尻、頬、口にと恥ずかし気もなくキスを落としてくる。
「ぜ、ゼノ──んッ!!」
流石に息が続かなくなり、止めようとするがゼノは止まらない。まるで、自分のものだと言っているように執拗に口付けを交わす。
「……ねぇ、このまま俺のものにしていい?」
ようやく離れたかと思えば、髪をかきあげながら熱を帯びた目で言われた。
その言葉の意味を分からない程子供ではないのだが、あまりにも性急すぎて何て言えばいいのか分からない。ゼノの事だ。私が嫌だと言えば止めてくれる。
(けど、私だってゼノとの繋がりを持ちたい……)
それに、ゼノは覚悟を決めて自分の想いを伝えてくれたのだから、その想いに応えたい。
ローズは唇をキュッと結ぶが言葉にするのは恥しくて、返事を返すように思い切り抱き着いた。
急に抱き着かれて態勢を崩したゼノは「おっと」と言いながらも、しっかり抱きしめ返してくれた。背中に回るローズの手は微かに震えている。
「……怖い?」
怖くないと言えば嘘になるが……
「うんん。だってゼノだもの。酷い事しないでしょ?」
「俺がとんでもない性癖もってたらどうするの?」
「そ、それは……善処します……」
「はははははは!!……大丈夫だよ」
優しくて大きな手で撫でながら言われると、不思議と安心出来て震えも止まっている。
お互いに見つめ合っていると、どちらともなく自然に唇が重なった……




