お引越し中
「ママ、早く早く」
娘の加代が、玄関先で私をせかす。
ムリもない。今日は自宅のほど近くにある神社の夏祭り。加代でなくても、心が弾む。
家を出て五分も歩くと、神社の境内へとたどり着く。着くと、私たちはさっそく屋台で金魚すくいをしたりかき氷を食べたりと、夏祭りを満喫。帰り際にはしかも、加代がねだる赤い風船まで大奮発。
やがて、帰途につく。その道すがら――後ろを歩いていた加代が突然「あ」と声を上げた。
なに? 思わず、後ろを振り返る。すると加代が、今にも泣きだしそうな顔で空を見上げていた。
その景色に、私はふと、既視感を覚える。ひょっとして――私も、ひょいと首を挙げた。
加代が握りしめていた赤い風船。その手をするりと抜けて、青い空に、ふわふわ、昇っていく。
それを目にした瞬間、胸が鈍く疼いた。同時に、瞼の裏が熱くなる。
因果はめぐる糸車――実はこれ、私もかつて経験していた。だから、わかる。これからの未来が。
はたして、加代の口がへの字に曲がった。その次は――やはり、一滴の涙が頬を伝わる。そして次は――案の定、大粒の涙が堰を切ったようにこぼれ落ちた。
で、その次は――どうなるんだっけ。私は突然考える。でもそれは遠い昔の記憶。今は、だから、霞がかってぼんやりしている。それでも、記憶の糸を手繰り寄せ、ようやく思い出す。
「泣かないの。後でいいことあるから」
母があの日、かけてくれた魔法。だから、私も……。
つづきは、別の投稿欄、よしだぶんぺいにて。
あしからず。