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黒猫と戦国のお姫さま  作者: 市川甲斐
1 捨て猫
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(8)

 海未と伊織は、今日の朝からの事情を菜月に打ち明けた。普通に考えれば到底信じられないような話だが、菜月は頷いて聞いてくれた。そして、一通り話し終えたところで、彼女は口を開いた。


「不思議な話ね」


「だよね」


「うん。でも、たぶん、海未たちの言うとおりなんだと思う。たぶん、この子は、戦国時代からやってきた。それも、ちょっと変わった方法で」


「変わった方法?」


 海未が不思議そうに尋ねると、菜月はゆっくりと首を振った。


「ごめん。ちょっと思い当たることはあるんだけど、少し調べさせて欲しいの。私の地元に詳しい先生がいるから、その先生にも相談したいわ」


「良かったあ。私もどうしたらいいか分からないから、何でもいいから手伝って欲しいのよね。ただ困ったのは、この子が実在している人間の姿をしていることよ。昨日からこの子が行方不明になって、両親も大騒ぎしてるみたいだし」


「そうね……。でも、たぶんそっちの方は何とかなる」


「ええっ! 本当に?」


「うん。それよりも問題は、本当のこの子のこと。真穂ちゃん、って言うんだっけ」


「そうです。山本真穂って言います」


 伊織が答えると、菜月は続けた。


「その子、無事だといいけど……」


「えっ? それって、どういう事ですか」


 思わず伊織が身を乗り出して尋ねるが、菜月はテーブルの上で腕を組んで黙ってしまった。しかし、その沈黙に気づいたのか、彼女は慌てて顔を上げる。


「ごめんなさい。とにかく、正直なところ、今はまだよく分からないことが多いわ。少し時間が欲しいの」


「時間って、どれくらいあればいいの?」


「そうね。1週間……くらいかな。来週の土曜日なら何とかなるかも」


「土曜日かあ。それまで、この子はこの世界で過ごすってことね。大丈夫かな」


 海未が不安そうに言うと、遥人が菜月の方を向いて言った。


「この子が自転車で事故に遭って、少しだけ記憶がおかしくなっていることにしたら? 1週間くらいなら、学校では伊織くんが協力すれば何とかならないかな」


「えっ? 僕がですか」


 そう言うと、周りから一斉に視線を感じた。確かに、事情を知っているのは自分だけなのだから仕方ないのかもしれない。しかし、よりによって彼女は山本の姿なのだ。すると菜月は梓姫の方を向いた。


「梓姫はどうですか? 学校では伊織くんも協力してくれるみたいですけど、1週間くらいなら、本物の山本さんの振りをして家族と過ごせませんか」


「家族か……。その家には、両親のほかに、兄妹もいるのかのう」


「どうかな? 僕は聞いたことがないけど」


「しかし、少なくとも両親はいるのであろう。私にその子の振りができるであろうか」


「大丈夫ですよ。見た目はその子なんだから、きっと両親は何とかなります。そうですね……。とりあえず、私達が道路で彼女が倒れているのを見つけて、病院に連れて行ったことにしましょうか」


「菜月たちが? 大丈夫かな。それだと菜月たちが疑われない?」


「大丈夫よ。それよりも、どうやってこの子を家に連れて行くかよね。家が分からないし」


「そりゃあ、伊織がやるしかないでしょ。ねえ」


 海未が言うと、一斉に皆が伊織に視線を向けた。



 それからしばらくの間、海未を中心に家の中を歩き回りながら、現代の衣食住の思いつく限りのことを梓姫に教えた。もちろん、全てを教えることはできないが、「記憶喪失」の状態であることを理由にすれば、多少のことは何とかなりそうな気もしてきた。しかし、梓姫の方は色々な事を教えられて、ほとほと疲れているように見えた。


 昼近くになり、伊織は古屋に電話をかけた。海未の知り合いの人が、山本のような少女を保護して、いま家に連れてきていると伝えると、古屋は喜んだ。


『ありがとう。じゃあ、すぐに真穂のお母さんにも伝えるわ』


「あっ、待って。その……ちょっと問題があって」


『何? 問題って』


 尋ねてくる古屋に、「少し様子がおかしい」と伝えると、彼女は不審そうだったが、とにかくすぐに家に来るというので待っていた。


 古屋は10分ほどでやって来た。リビングで座っている山本の姿をした梓姫の姿を見つけると、その手を握って「良かった」と言った。


「何がおかしいのよ。全然元気そうじゃない」


「いや……それが、何て言うか……。ちょっと記憶がおかしいみたいで」


「ハア? 記憶って、どういうこと? 真穂、私のこと分かるんでしょ」


「いや……分からぬ。誰じゃ、そなたは」


「そ、そなたあ?」


 その言い方に古屋も不審に思ったらしく、海未の方を向いた。そして海未が古屋にざっとした経緯を説明した。隣から菜月も上手に事情を補足していくと、ようやく古屋もその重大さに気づいてきたらしい。


「じゃあ、真穂……いや、この子は戦国時代の記憶になっているってこと?」


「そう。ここにいる菜月さんが調べてくれるみたいなんだけど、1週間くらい時間が欲しいらしいんだ。だからそれまで、学校ではうまくごまかして欲しいんだよ。親友の古屋が傍にいれば何とかなるよね」


「ごまかすって……。でも、学校はいいとして、両親にはどう伝えるのよ」


「それは、たぶん記憶が少しおかしくなっているって伝えれば大丈夫。それよりこの子に兄妹はいるんですか?」


 菜月が隣から言った。すると古屋は首を振った。


「いえ。真穂は一人っ子です。それと、お父さんは昨日からちょうど県外に出張中で、来週一杯は帰って来ないらしくて。だから、お母さんも余計に心配しているみたいです」


「そうですか。良かった。兄妹がいるとごまかすのも難しくなるかもしれないと思って。お父さんが不在なのもちょうど良かったかも」


「そうでしょうか……」


 古屋はまだ半信半疑な様子だったが、菜月は自信を持っているようだった。


「じゃあ、家に帰りましょうか。いいですね。梓姫」


 菜月が顔を向けると、梓姫はしぶしぶな様子で頷いた。

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