(6)
朝食を食べ終わると、早速、古屋に電話を掛けた。気は進まないが、それしか方法がないのだから仕方ない。何度か呼び出し音が鳴って、それが切れた。
『もしもし。どうしたの? 今日は部活休みだよね』
「あっ……そうなんだけど。あのさ……」
少し迷ってから、思い切って言った。
「山本さんの事なんだけど——」
『えっ? それってもしかして、真穂のこと?』
「うん……そうだけど」
『何か真穂のこと知ってるの?』
古屋が驚いたように尋ねてきた。
「知ってるって、どういうこと?」
『実はね。昨日から真穂、行方不明になってるのよ』
「行方不明……?」
そう言葉を発すると、近くで聞いていた海未と視線が合った。
『昨日、塾から私も一緒に帰って、真穂の家の近くで別れたんだけど、どうも家に帰っていないみたいなのよ。私にも真穂のお母さんから連絡があって、両親が探したら、家の近くで真穂の自転車が倒れているのが見つかってね。そこにカバンもあってスマホも財布も入ったままだったから、大騒ぎになってるのよ。私も朝から学校の方とかを探してるんだけど、何か心当たりがない?』
「い、いや……」
『でも、さっき何か真穂のことを話そうとしたんじゃないの?』
「ああ、それは……そうそう。塾で、山本さんの席の近くでペンが落ちてたから、彼女のものかなって……」
『なんだ、そんなことか……。まあ、警察にも届け出て探しているみたいだから、すぐに見つかるとは思うけどね。私も真穂が行きそうな場所をこれからいろいろ探してみるつもり。だから、伊織もどこかで彼女を見かけたら、すぐに連絡してよね』
古屋はそう言うと、電話を切った。そのスマホを持った伊織の手は、冷や汗でびっしょりと濡れてしまっていた。
早速、古屋との話を海未に相談すると、彼女は腕組みをした。
「山本さんは自宅に帰る前に行方不明になった。そして、猫が伊織の部屋に入ってきて、朝になったら彼女の姿になっていた。でも、その彼女の記憶は梓姫になっている。ううん……全然分からない。これはミステリーだわ。でも、少なくともこの子の体は元気そうよね。怪我も無さそうだし」
「まあ、特に痛むところはないのう」
梓姫は自分の腕や足元を確認しながら答えた。その様子を見ていた海未は首を傾げる。
「伊織。あんたも黒猫を部屋に入れただけなんでしょう?」
「そうだけど……」
「でも、それがいつの間にか山本さんの姿をした梓姫になっていた。梓姫も猫になっていた記憶はないんでしょう?」
「猫じゃと? そんなもの、あろうはずがない。私はただ追手から逃げて、敵に囲まれてしまった時、気づいたらこの姿になって、さっきの部屋にいたのじゃ」
それを聞いて、海未はため息をついてもう一度腕組みした。
「やっぱりその辺りの経緯は分からないわね。でも、少なくともこの子がウチにいるのはマズイ気がするわ。いま見つかったら、まるで私達が誘拐したみたいになっちゃう」
「やっぱり……そうだよね。でも、彼女には本当の山本さんの記憶はないし、戦国時代の姫の記憶のままみたいだから、このまま戻ったら大変なことになりそう」
「だけど、私達が一緒にいるのは、やっぱりマズイわよ。ああ、どうしよう」
海未が心配そうな顔をして頬杖をつく。その時だった。
ピンポーン——。
家のインターホンが突然鳴った。