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黒猫と戦国のお姫さま  作者: 市川甲斐
3 迷い猫
26/55

(4)

 女性は、宮古結月と名乗った。去年までこの村の小学校の校長を務め、今は子供たちにボランティアで勉強を教えたり、親が迎えに来るまで預かったりといった仕事をしているらしい。


「この村は元々、人が近づかない場所でした。『月の里』という名前も、『月のように遠く、足を踏み入れれば出られなくなる』とか、『月の呪いがかけられた幻の場所』と言われ、昔から好んで近づく者はいない場所だったのです。しかしそこには、昔から不思議な力を代々受け継ぐ一族がいました。それが、竹内の一族です」


「竹内……。するとそなたは、母上のお生まれになった家の一族の者なのか」


「ええ。ただ、私は分家の方の出で、ここにいる菜月ちゃんが竹内の本家ですが、私でさえ、強い力をあなたから感じます」


 結月は静かに答えた。菜月の方をチラッと見ると、彼女は真面目な表情でそこに座っていた。そのような古い一族の本家の娘だからこそ、彼女には不思議な第六感のようなものがあるのかもしれない。


「あなたは……いえ、あなたの記憶では、戦国時代の武田家の娘だということですよね」


「そうじゃ。武田勝頼が娘、梓姫じゃ」


「では、梓姫。お伺いしますが、『歩き巫女』というものをご存じですか」


「もちろん、存じておる」


「アルキミコ? 何ですか、それは」


 海未が口を出した。すると、結月は海未の方を向いてフフっと笑って答えた。


「そうでしょうね。ご存じないのも無理はありません。何しろ、あまり資料が残っていませんし、歴史の教科書に出て来るような話でもありませんからね。歩き巫女というのは、武田信玄が望月千代という女性に作らせた、今で言えば情報組織、つまり女性のスパイです。いわゆる巫女として神主のいない各地の神社を転々とし、呪術を行って人々の信頼を得、そこから各地の情報を集めて武田家に報告する。人々の信頼を得るために、見た目の美しい女性を集めたのはもちろんですが、強い術が使えるように、相当の訓練がなされたと言われています」


「そうじゃ。母上は、歩き巫女の中でも、飛び抜けて強い力を持っておられたと聞く」


 梓姫が結月の方を見つめて言った。


「ええ。そもそも月の里の一族である竹内家の者は、もっと昔から強い力を持ち、全国的にも別格の存在として扱われていたらしいのです。それに、歩き巫女のリーダーである望月千代でさえ、その一族だと言われています」


「だからこそ、御館様は、父上に箔をつけるよう、母上を月の里から招いたのじゃ」


「なるほど。そうかもしれませんね。あの信玄公なら、自分の後継者である勝頼公のことを第一に考えていたことでしょう。彼に高名な月の里の血を引く者との子でもできれば、民心も深く従うと考えたのかもしれません」


 結月はそこで一度言葉を切った。ストーブの火がたまにボッと音を立てるほか、皆が黙ってしまっていた。すると、結月が再び口を開いた。


「しかし、信玄公の本当の狙いは、もっと別のことにあったのかもしれません」


「別のこと?」


「実は私は、昔からこの村の歴史の事を調べているんです。自分達のことをもっと知りたいと思ってね。そして、かつて『歩き巫女』の中でも別格の力を持っていた竹内家の祖先、つまり戦国時代の月の里の一族が、究極の術として、ある力を使っていたことを示すような文書を見つけたんです」


「ある力?」


 伊織が尋ねると、彼女は頷いて答えた。


「ええ。簡単に言うと、動物に人間の記憶を託すという力です。すなわち、人間の記憶を託された動物は、その子孫にその記憶を受け継ぎ、その子孫から未来の別の人間にその記憶を移し変える」


 結月が静かに言う。その言葉の意味が理解できず、伊織も海未も結月を見つめたまま唖然としてしまっていた。動物に人間の記憶を託して、それを未来の別の人間に移し変える。すると、たまらずに海未が身を乗り出した。


「う、嘘でしょう? そんなことができるはずがない。じゃあ、この梓姫は、何百年もかけて動物が運んできた記憶を、今を生きる人間に移し変えたってこと? そんな訳ないわ。ねえ、菜月だって、そう思うよね」


 海未は首を振ってから、助けを求めるように菜月の方を見た。しかし彼女は、平然とした表情で、少しだけ頷いた。


「海未の言うのも分かるわ。でも、私も初めて梓姫を見た時から、先生と同じことを思っていた。いいえ……実は、あの日、海未の家に行ったのだって、その力を前の日から僅かに感じていたからなの。たぶん、海未の近くに、記憶を託された人間が現れるって」


「そんな……馬鹿な」


 海未は唖然として菜月の方を見たまま言葉を失ってしまった。すると、結月が微笑してから言った。


「私も正直なところ、半信半疑なんです。厳密に言うと、その力は今では失われてしまっていますからね。でも、私達一族には今でも何となくそれを感じることができます。それに古文書の中にも、それこそ何世代にもわたって動物の記憶としてその人間の記憶が受け継がれ、遠い未来の人間に受け渡す力があったと記されているんです」

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