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黒猫と戦国のお姫さま  作者: 市川甲斐
2 拾い猫
13/55

(2)

 私は火鉢の近くに置かれた座布団の上に座らされ、背中に何枚かの着物を掛けられた。女性は「少しお待ちください」と言って一度出て行くと、しばらくして持って来たのは灰色の茶碗に入れた白湯のようなものだった。そこから少しだけ湯気が立ち上がっている。


「さあさあ、これをお飲みください」


 その茶碗を持って、そっと口をつけた。温かいものが喉を潤していく。


「ありがとう……うん?」


 ゴクリと喉を通ってから気が付いたが、お湯だと思ったものの、何か苦い感じがする。口の中にその慣れない苦みが残って、思わず渋い顔をした。


「私の特製の薬草茶にございます。ショウガも入れておりますゆえ、温まりますぞ」


 女性は笑って応えた。ただ、無性に喉が渇いていたこともあり、二口目からはその苦みも気にならなくなった。


「本当にようございました。そこの庭で倒れられている姫様を見つけてから、丸二日もお目覚めになりませんでしたので、本当にとみは生きた心地がございませんでした」


 女性は安心したように笑った。彼女は薄い緑色のような地味な着物を着ていて、短めの髪を後ろに縛っている。やや皺が目立ち、40代くらいだろうか。


「あの……」


 小さな声を出したが、その先が続かない。何と尋ねれば良いのだろう。


「どうかいたしましたか?」


「いや……ここは、どこでしょうか?」


 すると女性は呆気にとられたような顔をした。


「どことは、何をおっしゃいますか。ここは、新府のお城にございます」


「シンプ?」


「はあ……左様にございますが」


 不思議そうに私を見つめる女性を見ていると、急に頭が痛くなってきた。思わず頭を手で押さえると、女性はハッとした様子でそこにひれ伏した。


「申し訳ございませぬ。まだ病み上がりの所、失礼いたしました。後で夕餉ゆうげを持って参りますので、しばらくお休みくださいませ」


 それだけ言うと、女性はそっと部屋を出て行った。


 風が吹きつけてガタガタと障子が揺れる音がするだけで、一人になった部屋の中はしんとしている。私はしばらくそこに座っていたが、もう一度立ち上がり、障子を開けた。先ほどと同じ風景がそこにある。冷たい風が顔に当たって、体がぶるっと震えた。


(イタッ——)


 指先で自分の頬をつまんでみた。しっかりと痛みがある。夢ではない。改めて自分の姿を見下ろしてみるが、全く見覚えのない着物を着ているだけだ。


 何気なく部屋の中を振り返る。すると、隅の方に何段かの小さな棚があり、その上に鏡のようなものが乗っているのに気付いた。そこまで早足で歩いて行き、その前に座り込み、鏡の中を覗く。


(これが……私?)


 そこに映っている自分の姿をまじまじと見る。そこにあったのは、私の知るのとは全然違う顔だ。私よりも目元がはっきりとした顔で、唇の色は薄く、黒髪の長さもずっと長い。思わず鏡の前で自分の頬に手で触れてみた。鏡に映った自分は、同じように頬に手を置いている。


(やっぱり私なんだ。でもどうして……)


 一体どうしたというのだろう。先ほどの女性は私の事を「姫」だと言っていた。そしてここは「シンプ」だとも。聞き違いでなければ、「シンプ」の城というのは、戦国時代に武田氏が築いた城の名前だったような気がする。去年、同じクラスだった同級生がその近くから通学していて、確か「今はのどかな感じだけど、一時期だけ武田氏が拠点とする城があったのよ」と自慢していた。


(夢じゃないとすれば、ここは……)

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