09
思ったより長い事掛かってしまった・・・
眼下には広範に亘る地割れと、そこから噴き出す土煙と膨大な霊子。
――思い切りやれ。
ブラドの言葉に躊躇いながらも、言われた通りに剣を振った。
その結果がこれだ。
「やりすぎだろ……」
ブラドの呆れた声。
「いや思い切りやれって言ったじゃん」
「思い切りやるにしても限度ってもんがあるでしょ」
「ないよ!」
少なくとも加減という言葉は念頭から消える。
「そうやって何でも他人のせいに出来るんだから楽な人生だよな」
(こいつ……)
思い出した。
ブラドはこういう奴なのだ。
しばらく離れていたせいですっかり忘れていた。
腹立ちまぎれに横で浮かぶ球体を叩き落としたくなる。
本人――というか本体は今もクレネの庭に寝たままだ。
体を動かす力までは残っていないらしく、胴体の一部のみで着いて来た。
本体と視覚を共有し、また声も出せる。
「多分地下の霊脈にぶつかって誘爆したんだろうな」
こういう分析をしてくれる分にはいいのだが。
「ツカサさん……?」
そこへ、人の姿に戻ったレアリがリオネラに肩を借りながら現れた。
「その恰好は一体」
身に纏う鎧についての言及。
全身を包むというよりは局部的な軽装だが。
「これ、元はあの槍なんだ。僕の意志で武器にも防具にもなるってブラドが教えてくれて」
槍を操る要領で鎧を動かしているので、あまり自分が戦っている実感がない。
まるで自分の体が操られているような奇妙な感覚だ。
操っているのが自分だから尚更。
空を飛ぶ分には問題ないが、練度はまだ低い。
性能だけでどうにかなるのかどうか。
「ヘレナが?」
「ブラドな」
球体の冷ややかな訂正。
「そこに、いるの?」
「いねーよ。いたら何なんだよ」
「いえ、あの……」
見ていて気の毒になる程悄然と俯く。
明らかに負傷だけが原因ではない。
「あれだな、こんな時だからこそいがみ合いはなしにしたいな」
見兼ねたリオネラの仲裁。
「そいつが全裸で踊りながら首都を一周したら考えてやるよ」
「あの、やります。リオネラ、下に降ろして下さい」
「いやいやいやいや」
然して迷わず諾々と従おうとするレアリに、早口でリオネラ。
「やめてくれお願いだから」
それからブラドを睨みつけて、
「無駄に辱めるようならもう協力しないぞ」
「冗談だよ」
真意はともかく引き下がったのでよしとする。
「それで、ステアはどうするんだ?」
「リオネラ達はもう何もしなくていいよ」
ブラドは言い切った。
「後はこの」
言葉の途中、土煙の中から無数の剣が飛び出した。
こちらも籠手から伸びた剣で応じる。
「ツカサが全部やってくれる」
刃の雨に紛れて、ついにステア本人が出て来た。
(速い)
あっという間に組み付かれる。
焦って蹴り飛ばす。
しかし地上までは落ちず、また怯む素振りもなく向かってくる。
「お前、何なんだよっ!」
怒涛の猛攻。
防御は間に合っているが少し、いやかなり怖い。
気迫に圧されてしまう。
まだ鎧の操作すら覚束ないというのに。
「お前が誰だよ。脇役の癖にいきなりクッソ強くなって全部台無しにしやがって。お前のせいじゃないとしても絶対許さないからな」
「!?」
意識が露骨にブラドへと向けられる。
「何それ。何そいつ!」
いくつかの剣が向けられるが、ブラドはこれを器用に避ける。
一部とはいえ意識が割かれているお陰で反撃まで出来た。
「痛いでしょ!」
改めて向けられた敵意を、
「よそ見してるからだバーカ」
ブラドが横から取っていく。
(上手い)
不慣れな僕への配慮か。
ブラドは挑発に徹してくれている。
「この、逃げるなああ!」
無視してこちらに狙いを絞る事も出来るだろうが、そんな素振りも見られない。
まともな状態でないという情報通り。
気を緩めるな。
努めて自分に言い聞かせる。
僕が負ければ終わりなのだ。
慎重に剣と手足を切り落としていく。
「うそ」
今更になって愕然とした声。
その腹に刃を突き刺す。
「砲撃は真上に頼む」
「わかってる」
これも事前の打ち合わせ通り。
それ以外は周囲への被害が大きすぎるから。
剣を刺さったステアごと空へ掲げる。
「やめて」
これから自身に起こる事を察し、その顔が悲嘆に染まる。
「ごめん」
それは出来ぬと冷ややかに。
恨みはないがやるしかない。
「おねが――」
哀願の言葉を掻き消すように、剣先に溜めていた霊子を放った。
§
光が収まると、もう剣先にステアの姿はなかった。
灰になったか。
意見を求めてブラドを探す。
「あれ?」
いない。
飛ばされたのか。
巻き込まれるような位置にはいなかった筈だが。
しかしこの認識は甘かった。
「うわ」
周囲を見回して思い知らされる。
眼下の森だけではない。
衝撃波は隣接した首都の外縁に及び、多くの家屋がなぎ倒されていた。
「手加減しろって言ったのに」
そこへブラドが戻って来る。
これは本当に言われていた。
「したよ」
これでも出力は絞ったつもりだ。
かといって生き残られても困る。
こんな事ならもう少し高度を上げておくんだった。
「にしても、本当に世界を救うとはな」
「何それ」
「いや、そっちの世界で会った時そう頼んだじゃん?」
「……あー」
確かにそんな話だった気がする。
「ここまで話が拗れなければ新しい教主くらいにはしてやるつもりだったんだけど」
「嘘つけ」
胡散臭すぎた。
されても傀儡だろう。
「いやいや、俺もレアリに復讐出来ればそれで良かったからさ、全部壊したら後は全部ツカサに押し付……任せようかなって」
「体のいい身代わりじゃないか」
何の慰めにもなっていない。
ブラドの思い通りにいかなくて本当に良かった。
「いやある程度のね、サポートはね、するつもりだったからね」
今更どう信じろというのか。
冷ややかな視線を向けながら太い溜息を漏らす。
「怒った?」
これも今更過ぎた。
「逆に聞きたいんだけど、怒ってないと思った?」
「いや、もっとこう取り付く島もない感じかと思ってたから」
「まぁ、色々あったから」
正直、恨む気持ちは今もある。
だが初めに抱いていたレアリに対する憎悪程ではない。
あれ程誰かを憎んだのは初めてだった。
だからだろうか。
ケイモンで真相を知った時、その感情をブラドに移し損ねてしまった。
それまでブラドを恩人として認識していたせいもあるだろう。
行き場を失った蟠りは、やがて容易に騙され続けた己に対する不甲斐なさへ形を変えた。
結局は自業自得ではないかと。
もはや誰のせいにも出来なくなってしまったというのが正直な所だ。
「じゃあ過去の事は水に流してくれる?」
調子に乗るなよ。
窘めたくなる気持ちを抑える。
もっと効果的な言葉が浮かんだから。
「そっちがレアリとの事を水に流すなら、いいよ」
「…………」
気安げな口調が一転して押し黙る。
二人の過去は知らないが、沈黙が葛藤の強さを雄弁に語っていた。
やがて、
「悪い。少し考えさせて」
感情の読めぬ平坦な口調。
「OK」
保留で十分。
元よりそこまで影響力があるとも思っていない。
一考の余地は与えた。
それ以上は欲張り過ぎだ。
「何か降って来るぞ」
そんな感慨に耽っていると、出し抜けにブラドが言った。
「え?」
釣られて顎を持ち上げる。
結界の消えた空には、それでも疎らながら星彩が見て取れた。
「どこ?」
暗すぎてわからない。
「しょうがないにゃあ」
球体から光が照らされる。
便利な端末だ。
「あぁ」
ようやく視認が叶う。
直上だった。
衝突までもう何秒もない距離。
「わ――っと」
慌てて抱えるように伸ばした手にすっぽり収まる。
「これって」
照らされるまで見えない筈だ。
「あれで消滅してないのかよ」
ブラドの呆れた声。
それは、見事に炭化しながらも手足が再生し始めたステアだった。
長くなったので分けます。今度こそ次で最後