08
たぶん次くらいで終わります
「で、家まで尾けてる奴がいると思ったらレアリ様でな」
「直々にですか?」
「おう。折り入って頼みがあるってんでよ」
「凄い……」
ガルムとキースの会話が聞こえてくる。
聞く気はないが、動けない上に近いので嫌でも耳に入ってくるのだ。
いくら休んでいるしかないからといって気を抜きすぎだと思った。
「おまけに戦った後レアリ様にはメシ作って貰ったぜ」
「たたか……えっ?」
巫女の手料理より前者の驚きの方が大きい。
信徒であれば当然の反応だ。
「頼めばまた作って貰えるかもしれないぞ」
「そんな、畏れ多いですよ」
「いやぁ、あの人は話がわかるから意外と――」
「ねえ、ちょっと」
聞くに堪えない雑談を止める。
体を起こせる程度には回復していた。
「まだ戦いは終わってないんだけど?」
「も、申し訳ありません」
わざわざ居住まいを正しての平伏。
「そうは言っても今出来る事もないしなぁ」
こちらは堂々と寝転んだまま。
素直なキースとは違い、ガルムの何と憎らしい事か。
「あれから結構経ちますし、中ではもう決着は付いてたり」
その時だ。
ガルムの楽観を嗜めるように、クレネの中層に位置する壁が盛大に爆ぜた。
瓦礫より先に付近へ飛来したのはウノと、
「ステア……?」
一瞬目を疑う。
しかし間違いない。
組み合ったまま、突き刺さるように地面に落下。
衝撃で大量の土が舞い上がった。
どちらも応えた様子もなく平然と戦いが続く。
かと思えばステアが殴り飛ばされ、ウノもそれを追ってクレネに戻る。
後に残ったのは無惨に掘り返された地面と無言の三人。
ほんの数秒の事だった。
遅れて舞い上がった土が降り注ぐ。
汚れも気にせず、ラストは呆然とそれを受ける。
(何が起こってるの……?)
なぜ二人が戦っているのか。
ステアは敵だったのか。
もしそうだとしても、彼女は混血の侍女だ。
ウノとは戦いにもならない筈。
キースのように手を加えられたにしても強くなりすぎている。
同様に言葉を失っているガルムに何か言ってやる気も起きない。
「ラスト」
そこへレアリが現れた。
「無事でしたか」
「うん」
安堵の顔に、ラスト自身も癒される。
「何があったの?」
「ステアが無明に」
「あぁ、それで」
短い言葉で、凡その事情は察せられた。
「……殺すの?」
わざわざ言うまでもないだろうが、一応の確認として聞く。
「いえ」
意外な返答に眉が持ち上がる。
「全員で呪いを掛けてあの子を元に戻します」
§
レアリの事だ。
このまま激化するであろう戦闘を良しとするとは思えない。
現状では何とか敷地内にステアを留めたまま戦えている。
しかしその均衡もいつまで持つか。
誤算が生じていた。
ステアが徐々に強くなっているのだ。
おまけにどれだけ傷を与えてもあっという間に回復する。
無明は一様に回復が速いものだが、致命傷まで同じ速度で治る個体は初めてだ。
相手は手数で好きに押せる。
対するこちらは小さな一撃が着実に溜まっていく。
些か分の悪い戦いになってきた。
これではいつまでクレネに留めておけるかもわからない。
――だから。
蹴りでステアの足を切断する。
それを歯牙にも掛けぬ反撃。
突きこまれた手刀が肩に突き刺さった。
その手を掴む。
容易に引き抜けぬよう。
「離せ!」
「だーれが」
離すものかと不敵に笑う。
拘束を解こうと抗うその手も掴む。
これでいい。
固定してから、再生の始まる足を腹部ごと蹴り飛ばす。
肉をまき散らしながらステアの体が浮く。
「今だ、やれ!」
そこへ、光る杭を握りしめたラストが降ってきた。
虚無が他の種にまで制約を課すために植え付ける因子の楔。
それが呪いの正体だ。
「ぎゃっ!」
突き刺すと、ステアの体がびくりと跳ねた。
体内を駆け巡る霊子が光の筋となってその肌に浮かび上がる。
問題は今のステアにどの程度効くか。
ラストは確認もせず早々に身を離す。
まだ余力のあるウノと違い、彼女は呪いを生み出すので力を使い果たしている。
一撃離脱の判断は正しい。
しかし、それすらも遅かった。
項垂れるように身を捩ったステアが、同時に自身の上腕を食い千切る。
「待て」
呼び止める声。
それに応じるように断面から生えた腕がラストの足を掴む。
(嘘だろ――)
やはり一人分の呪いでは弱い。
予想を上回る再生速度に、ウノの援護が遅れる。
「くっ」
振り解こうとするラストの抵抗は弱い。
構わず引き寄せるステア。
その腕が、突如中程で爆ぜた。
§
「よし」
間一髪でリオネラの、文字通り援護射撃。
それは人の視力では到底捉えられぬ街の外からの超長距離狙撃だった。
リオネラの長所は元よりその視力と弓の腕。
接近戦はそれ程得意ではない。
砲撃に近い威力の矢を、放った傍から移動する。
本来なら初弾から呪いを撃ち込むつもりであった。
しかし練り上げるより先にラストの危機。
やむなく通常の矢を番えた。
また新たに狙撃地点を決めなければ。
離れているからといってリオネラに慢心はない。
いや、ないつもりだった。
失態というものは往々にして想定の外から訪れるものである。
移動のために目を離した僅か数秒。
「……え?」
その間に、三人が三人姿を消していた。
(何で?)
動揺を抱えながら周囲を見渡す。
幸い二人はすぐに見付かった。
ウノは大股で跳ねるように。
ラストは疲労からかその背後を飛行中。
大きく移動している。
揃ってクレネの外だ。
(逃げてる?)
しかし背後は誰もいない。
(――て事は)
追っているのだ。
二人の進路、その延長線上を辿る。
「……?」
何もない。
ステアはどこに消えた?
疑問からウノ達へ視線を戻す。
と、恐らくはリオネラに向かって身振りで何か示していた。
何か言っているのだろうが声までは届かない。
というか。
(見えてるの?)
かなりの距離がある筈なのに。
彼女もまた相当な視力だ。
(……あれ?)
思わず呆れたリオネラが、直後噴き出すような焦燥に襲われた。
二人の進路が変わっている。
なぜもっと早く気付かなかったのか。
何もないなどと片付けてはいけなかった。
先程までの進路。
その先にあったのは、リオネラ自身の狙撃地点だ。
「――見付けた」
そして、囁く声は耳元で。
§
レアリ達が去ってから、しばらく立ち尽くしていた。
クレネの中では今なおウノとステアの戦闘が続いている。
破壊の音や地響きから察するに、倒壊までそう長くはないだろう。
どうやら僕の出番はもうないらしい。
元よりあったかどうかも怪しいが。
やる事もないのでトットの容態を見に行く。
必要なら――というか間違いなく必要だろうが――急いで病院に連れて行かねば。
そう思っていたのだが、地面に横たわるトットが二人に増えていた。
当然ながら片方は偽物。
「ツカサさん……」
やがて左側のトットが口を開いた
「先生を、許してあげて下さい。ツカサさんを騙そうなどとは、露ほども思ってはいなかったのです。全ての黒幕はレアリ。あいつが悪い。あの毒婦が。気を付けて下さい」
「そう……」
こちらがブラドだ
というか服を着ていないので喋る前から一目瞭然だったが。
「じゃ、僕はトットを病院に連れて行くから」
言いながら担ぎ上げる。
「いやごめん。ごめんて」
変身を解いて起き上がる。
久しぶりに僕の見知った男の姿。
「もしかして、もう自分の役目は終わったとか思ってる?」
「思ってるっていうか」
事実だ。
自分が出張った所で貢献出来る事は少ない。
悪ければ周囲への被害の方が大きくなってしまう。
「別に、やりたくないなら強制はしないけどさ」
しかしブラドは投げやりに、
「レアリの作戦は失敗するぞ」
こちらが動かざるを得ない事を口にした。
§
まず初めに体内を異物が通る不快感。
痛みはその後だった。
「っ!」
背中から入った腕が腹から飛び出す。
負傷は想定外だが、受けたものは仕方がない。
精々有効に使わせてもらう。
自身を貫く腕を両手で掴む。
「やれ、レアリ姉さま」
その声に応じるように、竜の姿に戻ったレアリが忽然と現れた。
「何――」
ステアの呟きと同時に開いた口から光が放たれる。
極限まで焦点を絞った収束砲。
呪いで封じるまでもない。
この直撃を受ければ消し炭になって終わりだ。
耐えられる虚無はいない。
リオネラの確信は、しかし目の前で砕かれた。
「……え?」
目を疑う。
全てを焼き払う光の束は、ステアに届きもしなかった。
全て彼女の手前で止められている。
意味がない、だけならまだいい。
同じく凶兆と見たレアリも砲撃を止める。
そして次の瞬間、それが来た。
反撃は刹那。
激しさはない。
今しがたレアリが撃ったものよりずっとか細い。
そんな閃光が僅かに瞬き、レアリを貫いた。
硬直は数秒。
次第に竜の巨体が傾ぎ、そのまま落下を始める。
そこへ、街から砲弾のような速度でウノが飛来した。
レアリに気を取られていたステアに、背後からの奇襲。
衝突と同時に振り払われ、胴体に刺さっていた腕が抜ける。
ウノの加勢に転じようとしたリオネラが、そこで自身の異変に気付いた。
(――力が)
まるで体に入らない。
胴体に穴が開いているとはいえ、動作に支障を来す程の傷ではない。
原因として考えられるのは言うまでもなくステアだ。
初めは毒を疑った。
しかしそこで直前の攻防を思い出す。
ステアはどうやってレアリの砲撃を防いだ?
疑問から、力の吸収という可能性に思い至る。
現状での範囲はそれ程広くないだろう。
だが至近距離での戦闘は危うい。
このままではいずれ自分達の手にも負えなくなるのではないか。
そして見上げる先でステアの反撃。
背面を取ったウノが、無数の剣に貫かれた。
ステアの背中から生えたそれらは、まるでリオネラの羽だ。
単純に霊子のみを吸い取っているのではない。
恐らくは虚無の因子まで取り込んでいる。
(いずれどころじゃないな、これは)
滞空すらもままならず降下するリオネラ。
その脳裏に、避けられぬ可能性としての敗北が浮かんだ。
§
体中に刺さった剣を、ウノは怯む事無く殴ってへし折る。
ついでに根元からも引き抜く。
が、これはあまり効果がなかった。
持ち前の再生力で抜いた傍から新たな剣が生え変わる。
(切りがないな)
早々に諦めたウノはステアを蹴って距離を取った。
飛行能力はないのでレアリやリオネラを追う形で落ちる。
これをステアが見逃す筈もない。
再生を終えて体勢を立て直すと、狙いを定めて急降下。
往なすつもりが組み付かれ、加速しながら地上へ叩きつけられる。
戦い方が変わっていた。
これは直前に生えた剣のせいだ。
背中から伸びた無数の剣が、まるで鞭のように襲い掛かる。
掻い潜る事すら儘ならない。
(手数が多すぎる!)
さながら竜巻だ。
落ちたのは森だが、戦闘の余波だけで木々は砕け根は土壌ごと巻き上げられ、瞬く間に更地を超えて窪地と化していく。
多くを削ぎ落されたのは何も大地だけではない。
怒涛の猛攻を正面から受けるウノもまた、限界を迎えようとしていた。
遠目にもそれを察したのだろう。
駄目押しとばかりに攻撃の焦点を絞るステア。
そしてその頭上に、息を潜めて機を窺っていたラスト。
これ以上ないというタイミング。
棘の生えた尾を突き刺さんと伸ばしている。
毒か。
倒せるとしたらそれしかなかろう。
手段を選んでいられる場合でもない。
視界の外から迫る必殺の一撃。
しかしそれは、ステアの意識を外れてはいなかった。
ラストの毒針が今まさに刺さらんとした時だ。
ウノに集中していた剣の数本が跳ね上がった。
「え?」
それはウノとラスト、どちらの声だったろう。
初めは尾の先から。
表面に浮かんだ切れ目が、あっという間に頭部まで迫り上がる。
そして、一瞬遅れて巻き起こった衝撃波がラストを薄切りの肉片へと変えた。
驚きに気を取られたか。
ついにウノが築いていた均衡も崩れた。
(まずい)
一手の遅れ。
しかしそれが齎す影響の大きさをウノは知っていた。
剣が胸に突き刺さる。
幸いにして皮膚と筋肉に阻まれ骨まで達してはいない。
生身であろうとウノの肉体は鎧の如き強度を誇る。
が、それもいつまで持つか。
尖端だけとはいえ刃が通っているのだ。
相手の手数を考えればそう時間は掛からないだろう。
いずれ刺突と斬撃が掘削の要領で全身を抉り散らす。
(ここまでか)
予測を現実のものとする無数の剣。
目前まで迫ったそれらが、全て同時に折れた。
「――は?」
誰?
何?
次いで地面に亀裂。
理解が追いつかない。
直後、噴き上がる衝撃に一帯が爆ぜた。
暖かくなってきたお陰で窓全開で掃除出来るの助かります