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07

ワクチン三回目受けました

 

 まさかという驚き。

 それ以外ないという確信に、全身から力が抜けていく。

 数百年経とうと未だに色せぬ記憶がよみがえる。

 かつて自分を姉のようにしたってくれた少女だ。

 忘れる訳がない。

 そして、自ら手に掛けた相手でもある。

 忘れられる訳がなかった。

 生きていたのか。

 でもどうやって。

 しびれたように固まる思考の隅で、様々な疑問が去来する。

 そんな中で一つ言える事があった。

 自分はもう戦えない。

 戦いたくない。

 レアリの硬直とは対照的に、ブラドの霊鎧れいがいが眩い光を放つ。

 中腰の状態から放たれる一閃。

 振り上げた腕は、しかしウノには届かない。

 更なる追撃も虚しく空振りに終わる。

「おぉ。動けるのか。やるな」

 驚きよりも喜びの方が強い顔で。

「その様子だと、余程知られたくなかったのか?」

「黙れ黙れ黙れ!」

「ははっ、怒った怒った」

 気迫に反してその動きは鈍い。

 鈍重という程でもないが、先程までとは比べるまでもない。

 ウノの支配を完全には振り解けていないのだ。

「頑張れがんば……んー」

 初めこそ楽しげに攻撃をさばいていたウノから、次第に表情が薄れていく。

「これでは流石に勝負にならんな」

 もはやブラドの攻撃を受けるのに片手しか使っていない。

「すまん、仕切り直しだ」

 言って殴り飛ばす。

 土をえぐりながら着地したブラドが、止まるとその場に膝を突いた。

 体を覆う霊子には、不調を思わせる明滅。

「やっぱりこれじゃ勝負にならんな」

 嘆息交じりに呟いてから、

「制約を解いてやる」

 とんでもない事を言った。

「……は?」

 驚きはそれを聞いた三人に等しくあったが、恐らく最も耳を疑ったのがブラドだ。

「何、言ってんだ?」

「ウノ、それは」

 いくら何でも慢心が過ぎるのではないか。

「ここまで退屈だったんだ。少しくらい」

 硬い事を言うなとばかりに肩を竦めて、

「いいだろう?」

 持ち上げた右手の指を鳴らした。

 同時にブラドの霊鎧から光がほとばしる。

 まるで歓喜を表わすように。

「後悔させてやる」

 戦意に満ちた声。

 光を伴ってウノへ迫り、青白く輝く腕を突き出す。

 全てを焼き切る灼熱の矛。

 それを、ウノは素手で掴んで止めた。

「なっ――!」

 少女に不釣り合いな虚無の腕。

 空いた腕を振りかぶるのに合わせて、変貌が全身に及ぶ。

 ぶかぶかの服が張り詰めるだけに留まらず数か所破けた。

「期待してるぞ」

 倍以上に膨れ上がった身の丈から繰り出される拳。

 凄まじい轟音と共にブラドが吹き飛んだ。

 いや、

「あ」

 吹き飛びすぎた。

 クレネの敷地を囲う塀を砕き、その被害が市中へ及ぶ。

「しまった」

 呟きながら、もげたブラドの前腕を落とす。

 高熱を身にまとっているせいであちこちから煙が上がっていた。

「すまん。すぐ連れて――」

「待ちなさい」

 厳しい口調で呼び止めたレアリが、ウノが振り返るのに合わせて立ち上がる。

「これ以上の戦いは」

「わかってる。人間は巻き込まないんだろ」

「いえ。あの子とも、戦わない下さい」

「……はぁ?」

 背を向けかけたウノが、正気を疑う顔で振り返った。

「もう戦いは終わりです。出来るでしょう?」

「そりゃまぁ、いやでもぉ」

 露骨に渋る。

「うーん。えー……」

 ちらちらと背後をうかがいながら、戦意の消沈に合わせて体がしぼんでいく。

 未練がましくも傾く聴従ちょうじゅうの姿勢に、一先ず胸を撫で下ろす。

 そこへ、ブラドが低空飛行で戻ってきた。

 予想はしていたが空も飛べるのだ。

「どうなってんだその体」

 戻るなり見下ろしたままそう聞いた。

「あ?」

「さっきの、素手で掴んだろ」

「あぁ、白刀はくとうみたいな奴か。あの程度なら何でもないぞ。結界壊すために殴りまくってる時期があってな。耐えられるようになったんだ」

 簡単そうに言う。

 だが容易でない事をレアリもブラドも知っていた。

 レアリのように霊子を身に纏う訳ではないのだ。

 体そのものを作り替えている。

 技術の習得とは根本的に違う。

「じゃあ耐性があるのは手だけか」

「足もだ」

 得意げに片方だけ上げて見せる。

「そっか」

 ブラドが軽く頷いた後、

「ならよかった」

 ウノの背を、閃光が貫いた。

 ブラドの欠損した腕が戻る。

 前腕はもげたのではない。

 恐らくこの時のために切り離したのだ。

「落ちろ」

 胸を押さえて膝を突くウノが、地面を指差し告げた。

 ブラドが下降を始める。

 落ちろという命令に反してその勢いは弱い。

「くっ」

 負傷のせいで制約が不十分なのだろう。

 ここから先は、ほとんど一瞬の内に起こった事だ。

 最初に動いたのはブラドから。

 これを好機と腕を突き出す。

 青白い光を宿し、射出を思わせる構え。

 直線状にいるウノの表情が強張る。

 避けられない。

 その確信から。

 再び閃光が走る。

 しかしそれは、彼女に達する前に掻き消えた。

 両者の顔に驚きはない。

 視界の端から端へ駆け抜け、また凶弾を取り除いたレアリが見えていたから。

 それらの後方で、クレネの窓が割れる音。

 目まぐるしく移ろった視線が、最終的にそこへ流れ着く。

 勢いよく飛び出した何かが地面に落ちて転がっていた。

 それは血塗れの――。


 §


 失敗した。

 一撃加える度、一撃受ける度、後悔の念が強まる。

 なぜ逃げられると思ってしまったのだろう。

 恐怖に判断を見誤った。

 背に受けた傷が痛む。

 防戦に徹しながら隙を見て、というのが正解だった。

 今からではそれもままならない。

「何だか拍子抜けです」

 退屈そうに、ステアは言う。

「トットさんはもう少し強いと思っていたのに」

「……恐縮です」

 過大評価、というより今のステアが強すぎるのだ。

 エルマーに対する恨み言が頭に過ぎったのも一度や二度ではない。

 随分と余計な事をしてくれたものだ。

 これでは手が付けられない。

「やはりあなたはレアリ様に相応しくありませんね」

「そうですね」

 殊更否定するような事でもない。

 元より関わりのない他人である。

 今重要なのはこの場をどう凌ぐかだ。

 が、これがステアの逆鱗に触れた。

「……何です、その態度?」

 首を傾げるのに合わせて、空気が軋むような錯覚に陥った。

 見開かれた瞳に宿るのは狂信と、それを損なわれた怒り。

 どちらもトットには理解の及ばぬ感情だ。

 どうやらまた間違えたらしい。

「なぜ、その座を追われようというのに、平然と」

 気付いた頃にはもう遅い。

「いえ、今のは――」

 黙りなさい。

 弁解を遮るステアの叫声は、その半分も聞こえなかった。

 同時に頬を叩く一撃。

 両腕で受けたトットの体が砲弾のように撃ち上がった。

 防御がまるで意味を成さない。

 視界が無軌道に乱れた。

 体勢を立て直す暇もない。

 どこかにぶつかるより先に足を掴まれた。

 骨が軋む。

「反省して」

 激痛に構わずあちこち叩きつけられる。

 その度に壁が砕け、天井を突き破り、床が抜けた。

 加減されている。

 頭部を庇いながら、やがてトットは気付いた。

「あなたはその立場に対して無自覚すぎます」

 その気なら今頃体はバラバラだ。

 恐らくこれはステアなりの教育なのだろう。

 しかしいくら手心を加えられても限界はある。

 怪物が相手では遅いか早いかの差しかない。

 掴まれた足の骨はとっくに砕けている。

 頭部を庇ってはいるが、意識は今にも飛びそうだった。

 死が近い。

 振り回される度に凄まじい勢いで景色が流れる。

 その中に、ツカサの姿を見た。

 錯覚ではない。

 窓の外に立っている。

 ここしかない。

 トットは直感と共に掴まれた足を切り落とした。


 §


 突如室内から飛び出してきた何か。

 それを人と認識するまでにまず数秒を要した。

 ぴくりとも動かぬ体は、遠目には生死すら定かではない。

「トット……?」

 何者であるか最初に気付いたブラドの、愕然とした声。

 返事はない。

 これではただの――。

「あら、レアリ様」

 ステアがトットとは対照的に悠然と姿を現した。

「こちらに……?」

 裸足で散乱したガラスを踏みしめるステアが、窓辺のツカサに気付く。

 怪訝な顔に軽い会釈。

 ツカサの反応も待たずレアリへ顔を戻して。

「いらしたんですね。探しました、本当に」

「ステア、なの?」

 衣服の乱れは激しいものの、自分に仕える侍女を間違える筈がない。

 だというのにレアリにはどうしてもそれが本人とは思えなかった。

「はい。こんな格好で申し訳ありません」

「それは構いませんが」

 違和感の正体を探るような眼差し。

 レアリが真っ先に思い浮かべたのがブラドのような変身だ。

 しかしこの場でステアに成り済ます理由は誰にもない。

「おい」

 ブラドが前に出ながらささやく。

「あいつは俺がやる。今だけ自由にしろ」

「もうした」

 ウノの即断。

 ステアを十分な脅威と見して。

「待っ――」

「行け」

 レアリの制止も聞かず閃光が迸る。

 直前まで敵同士だったとは思えぬ連携。

 それは一直線にステアへ迫り。

「何です、これ?」

 そしてあっさり止められた。

 ブラドの白刀を、素手で掴んで平然と。

「人が話している最中に」

 手から煙が上がっていた。

 明らかに焼けている。

 ウノとは違う。

 熱くないのか。

 種々の疑問を後回しに、ブラドは掴まれた前腕を両肘から切り離した。

 肘の先から新たな刃が伸びる。

 不意を突いた斬撃が閃く。

「……は?」

 現実を疑う声はブラドから。

 断たれた霊鎧の上腕が、揃って地面に落ちた。

 ブラドが遅かった訳ではない。

 ステアが速すぎたのだ。

 硬い装甲を切り裂いたのは、皮肉にもブラドの捨てた前腕だった。

 手元に残されたそれを、ステアは咄嗟に武器として使ったのだ。

「無礼でしょう」

 冷然と、肋骨のように隙間だらけの胸部へ前腕を突き立てる。

 鎧に走っていた霊子の明滅。

 このまま力尽きるかに思われたブラドに、変化があった。

 まるで骨のようなその体に、肉が付き始めたのだ。

「……?」

 ブラドからはもう何の脅威も感じなかった。

 ここからの反撃はない。

 直感から、ステアは好奇心を優先させた。

 いきなり襲い掛かってきたそれが、何者になろうとしているのかと。

 曖昧な輪郭が、やがて明確な顔を生み出す。

「え?」

 それは違えようのない、自身の仕える……。

「レアリ、様?」

 ステアは愕然と目をく。

「ステア……」

 これは、今のブラドに出来る唯一の攻撃手段だった。

「あ……え?」

 離れた場所に立つ本物のレアリとを、交互に見遣る。

 見分けがつかない。

 ただでさえ不安定なステアの精神はあっという間に恐慌を来し、

「お前なんか死んでしまえばいいのに」

 その一言で、粉々に砕け散った。


 §


 ブラドが元の霊鎧れいがいに戻っても、ステアは動こうとしなかった。

 驚きに目を見開いていたのも束の間、呆けたように表情を失う。

 その体から、黒い煙のような物が上がり始めた。

「そんな……」

 レアリの愕然とした呟き。

 それに反応した訳ではないだろうが、ステアが動き出した。

 おもむろに右手を持ち上げる。

 まるで何かを掴むように。

 そして自身もまた空を見上げた。

 そこに上から虚無のウノ。

 いつの間にか動いていたのだ。

 かざした手をすり抜け、かかとがステアの顔面に突き刺さる。

 衝撃に耐えかねまず脊椎が。

 次に腰椎が逆向きにへし折れた。

 頭部を踏み締めてからウノが飛び退く。

 後に残されたのはΛ字に折れ曲がったステア。

 どう見ても即死だ。

「人を足蹴にするなんて」

 だというのに、まるで何事もなかったかのような声。

 地面に沈んでいた頭部が持ち上がり、続いて折れた腰すら元通り。

「無礼でしょう」

 一方、離れたウノも無傷という訳ではなかった。

 だらりと外れた顎。

 あの一瞬で反撃を受けていたのだ。

 頭部を揺らし、勢いを付けて元に戻す。

「時間を稼ぐ」

 ステアが動くのに合わせ、ウノもこれを迎え撃つ。

 攻防は一瞬。

 殴り飛ばされたステアがクレネの中に消えた。

「準備が出来たらすぐに来い」

 それだけ言ってウノも後を追った。

 すぐに建物の解体作業さながらの破壊音が響き渡る。

「ツカサさん、こちらへ」

 レアリの手招き。

 危ないから離れろという事らしい。

 怪我を避けるためにも呼び掛けに応じる。

「あれ?」

 この期に及んで妙な話だが、ブラドやトットの安否が気になった。

 彼らも避難させなくてはと。

 しかし振り返った先にブラドはいなかった。

 では、とトットに目を遣るとこちらも血痕のみ。

「二人は……?」

 まだ動けたのか、と驚きながらレアリに問う。

 逃がしていい相手でもない筈だ。

「平気です。あちらに」

 促されて見ると、僕らより更に離れた場所に並んで寝かされていた。

 レアリが運んだのか。

 そう思った時だ。

「手を貸して貰えますか。リオネラ」

「まあ、レアリ姉さまに頼まれたらちょっと断れないな」

 名前を呼ばれるのと同時に、巫女の一人が降りてきた。

 恐らく彼女か、あるいは二人で運んだのだろう。

「という訳で一時的に仲間っぽくなったリオネラちゃんだ。よろしくな」

 親しげに背を叩かれる。

「あ、うん。ツカサです。よろしく」

 殆ど初対面の筈だが、元々こういう性分なのだろう。

「それで姉さま、あの無明むみょうっぽいステアをどうするつもりだ?」

「無明?」

「限界を超えて力を取り込んだ虚無の末路です。強大ですがやがて自我を保てなくなり、破壊と殺戮を繰り返すだけの存在へと変わります。ウノもいつまで持つか」

「勝てそうだったけど」

「無明は再生速度も尋常ではないので、もし彼女一人で決着がつくとしてもその頃には街がなくなってしまいます」

 なるほどそれはまずい。

 こうして話している内にもクレネは少しずつ崩れていた。

 被害をいつまでも敷地内に留めていられる保証もないのだ。

 だがウノも言っていたが、何か策はある筈。

「なので――」


二回目と同じく辛いです

あとやたらとお腹空きます

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