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06

目が痒い

 

 ブラドも面倒な事をしてくれたものだ。

 飛来する槍を最小限の力でなしながら、トットは思う。

 腕が痛い。

 一度や二度ならともかく、休みなく続くと流石にこたえる。

 元々分の悪い戦いではあった。

 相手が転生者では迂闊うかつに傷つけられない。

 おまけに室内。

 一歩間違えば自分も生き埋めだ。

 こちらから攻撃は出来ない。

 だが足止めもしなくてはならない。

 それがこの不毛な模擬戦を繰り返す理由だった。

「……お見事です」

 休憩も兼ねて話し掛ける。

 これは口先だけではない。

 ツカサは成長している。

 それも異様な速度で。

「どうも……」

 怪訝な顔で応じるツカサは、幸いトットの消耗や意図に気付いていない。

 自分が疲弊していないせいだろう。

 彼は自身が振るう槍の重さをわかっていない。

 その一撃にどれ程の力がめられているかを。

 本音を言えばこのままずっと話していたいくらいだ。

「本当に、強くなられて……」

 言葉に詰まる。

 日頃から自発的に話す事がないせいで上手く思いつかなかった。

 それでも表面上は悟られまいと視線は逸らさない。

 そんなトットを見て何を思ったか、ツカサは周囲をうかがい始めた。

「何か?」

「いや。何っていうか、時間稼いでる?」

「まさか」

 眉一つ動かさぬ即答。

 感情が表に出ないのは日頃の賜物たまものだが、内面の平静まで保てる訳ではない。

 動揺から、痺れたように思考が止まる。

 取りつくろうための言葉が出て来ない。

「ありえません」

 悟られまいという意気込みから、声に若干の力み。

 トットは自分に呆れた。

「あー、そうなんだ」

 苦笑い。

 それが納得した者の顔でない事くらいはトットにもわかった。

 やはり無理か。

 自覚はあったので落胆も少ない。

「それでは、始めましょうか」

 諦めて構える。

 そこに、遠くから物音が聞こえた。

 扉が開くような。

 ツカサも気付いてそちらを見る。

 正面玄関はエルマーの担当だ。

 入ってきた足音は一つ。

 何者かに破れたか。

 玄関と大広間を繋ぐ廊下は離れているため、姿はまだ見えない。

 静寂の中、はばかる事なくこちらへ進んでくる。

 歩調や重心に不自然なかたよりはない。

 恐らくは負傷なし。

 これが味方でないと面倒だ。

 その懸念はツカサも同様らしく、不安げに廊下を見ていた。

 互いにそれが姿を現すのをじっと待つ。

「お、ツカサか」

 やがて姿を見せたのは、褐色の少女だった。

(誰?)

 初めて見る相手だ。

「ウノ……」

 あからさまに緊張の薄れた顔。

「お知り合いですか?」

「あ、うん。えっと、覚えてるかな。ケイモンで結界の外から落ちてきた――」

「そうですか」

 つまり虚無かと頷く。

 つくづく運がない。

 ツカサを相手に引いた事もそうだが、更に虚無まで加わるとは。

 流石に転生者と虚無の二人を相手に足止めなど、冗談にもならない。

 早々に手斧を霊石に戻す。

「降参します」

 両手を上げての宣言。

「え?」

「何だ。やらんのか?」

 意外そうな二つの顔。

 彼らは自身がどれ程の脅威かわかっていないらしい。

「お二人が相手では勝ち目がありませんから」

「我一人ならどうだ?」

 無邪気な顔で少女が言う。

「遠慮しておきます」

 たとえ万全の状態でもやりたくなかった。

「そうか……」

 悄然しょうぜんと肩を落とす。

 しょんぼりという形容がこれ程似合う落胆もそうなかろう。

 だがそれが同情に値しない事もトットは知っていた。

 見た目通りの少女ならともかく、中身は想像を絶する怪物なのだ。

 哀れみを誘うその仕草は擬態に近い。

 誤って手を差し伸べれば一瞬で食い千切られる。

「本当にいいの?」

 よくはないが。

「駄目です。と言えばこの場に留まってくれますか?」

「いや……」

 それは無理だと渋い顔。

「そうでしょう」

 ではどうぞ、とレアリの通った廊下を指差す。

 遅かれ早かれ進むのだ。

 無理はしなくていいと、これはブラドからも言われていた。

「ありがとう」

 ここまで邪魔をされながらありがとうもなかろうに。

 思わず笑いそうになる。

 どれだけお人好しなのか。

「――ツカサさん」

 立ち去るその背を呼び止める。

「何?」

 ――先生の命までは取らないで頂けますか。

 その善意に付け入れるのではと、魔が差した。

 浮かんだ言葉を深く沈める。

「いえ、お気をつけて」

 頼める立場ではない。

 軽い会釈で二人を見送る。

 廊下の向こうに姿が消えると、トットは深く息を吐いた。

(疲れた……)

 階段まで行って腰を下ろす。

 これからどうするか。

 無傷とはいえ疲労の色は濃い。

 戦況を窺いつつ休める部屋なら上にいくつかある。

 まずはそちらに移動だ。

 座ったばかりだがすぐに立ち上がる。

 勝敗の行方はまだわからないが、負けた時の備えもしなければ。

 考えながら階段を上がっていると、下方で扉の開く音。

「……?」

 まだこの建物内に誰か残っていたのか。

 そう思って目を向けたトットが最初に感じたのは、寒気だ。

 漠然とした胸騒ぎが、見知った顔を見てなお膨れ上がる。

「……ステアさん?」

 ぼろぼろの衣服。

 けれど顔や体に別状はない。

 だというのにトットは、咄嗟とっさにそれが自分の知る侍女じじょとは思えなかった。

 呼び掛けに、ステアの首がねじじれて動く。

 体を正面に向けながら、ほぼ真後ろに位置するトットを見上げていた。

 人間では到底あり得ぬ可動域。

「あら、トットさん」

 穏やかな、いや穏やか過ぎる声に、全身が粟立つ。

 予感が確信に変わる。

 もう以前とは違う。

 彼女は危険だ。

 あるいは先程通過した二人より、ずっと。

「レアリ様は――どちらに?」

 優しげな声は微笑と共に。

「っ!」

 本能的な恐怖から、トットは背を向けて全力で駆け出した。


 §


 青白い輝きを帯びた腕がほとばしる。

 レアリはこれを、いささか過剰とも言える距離感で避けていた。

 理由は直後に肌を撫でる熱風に焼かれぬ為だ。

 先程までとは段違いの速度。

 とはいえまだ余裕はあった。

 合間に反撃も試みてはいる。

 問題があるとすれば、それが効いていない事だろう。

 爪で斬り裂けぬなら単純な腕力で破壊するしかない。

 そう思って殴りつけてはみた。

 衝撃に吹き飛びはする。

 だが続く動作に支障は見られない。

 硬すぎる。

 あれに弱点はあるのか。

 レアリは現在、人の形をした鋼鉄の塊と戦っていた。

 それが姿を現したのは、ブラドの体が亀裂と共に弾けた直後だ。

 まるで骨が剥き出しになったような造型。

 中に人がいない事はスカスカの胴体を見ればわかる。

 襲い掛かって来るからにはブラドなのだろうが。

 中でないなら外か、とも考えた。

 どこかに隠れてあれを操っているのではと。

「何そわそわしてんの?」

 そこにこの声だ。

「……それは、何ですか?」

「だから言ったろ。原始的な道具だよ」

「では本当に、旧世代の霊装なんですか?」

 自分で聞いていても未だに信じられなかった。

「こういうのは霊鎧って呼ばれてたらしいけどな。他人に化けるのも、実はこいつの機能なんだぜ?」

 確かに彼らの技術なら納得出来る。

「ですがそんな物、これまでどこにも……」

 霊脈を操作する部屋を含め、彼らの遺跡は全て調べた。

 今でこそ教団の管理下にあるが、まだ結界すらない頃の話である。

 とはいえわかっている事は少ない。

 大半が何らかの施設であるという程度。

 情けない話だが、文明の水準に差がありすぎて半分も解析出来ていないのだ。

 それでも霊装の類があれば流石に気付きそうではあるが。

「発見だけならとうの昔にされてたんだよ」

「初耳です」

「そりゃそうだよ。教団が出来るより前だし、お前らには隠してたもん」

「……やはりあなたは、元は私達の」

 身内だったのか。

 リオネラと繋がっている時点で察してはいた。

 ただ認めたくなかった。

 かつて仲間だった転生者。

 更にレアリ自身が呪いを掛けた相手となると極端に限られてくる。

 かつてその手でほうむってきた者達の顔が脳裏に浮かぶ。

「その悲しそうな面」

 あざけるような口調。

「感傷に浸ってる場合かよ」

 再び襲い掛かって来る。

 相変わらずの攻め手に欠けた防戦。

 鎧であれば継ぎ目を狙い内部から破壊出来る。

 しかしこれにはそれがない。

「言っておくけど、俺が誰かなんて、教えてやらないからな」

 猛攻をかわしながら、レアリは考えていた。

 このままでは負けはしないが勝てもしない。

「こっちは思い出話をしに来た訳じゃ――っ」

 言葉の途中、ブラドが凄まじい衝突音と共に打ち上がった。

 生憎と防御は間に合っていたらしい。

 空中で停止すると、ゆっくりと降りてくる。

 驚きのせいか黙ったままだ。

 それもその筈。

 今レアリが殴ったのは全てを焼き切る灼熱の腕だ。

 犠牲をかえりみぬ反撃、ではない。

 現にその手は無傷なのだから。

「今、何した?」

 今度はブラドが聞く番だった。

「別に。あなたと同じ事ですよ」

 応じるレアリの腕に、青白い輝き。

「見様見真似ですけど、初めてにしては上手くいきました」

 互いの霊子で相殺されたのか、火傷どころか熱を感じる事すらなかった。

 そしてわざわざ腕で防いだということは、霊子をまとわぬ鋼鉄は断てるかもしれない。

「そんなんありかよ」

 呆れたような声。

「ほんと竜族はクソだな」

 竜族だから出来た訳でもないが。

「別に竜族は」

 関係ない。

 得手不得手にも寄るだろうが、恐らく訓練次第で大抵の虚無は出来るだろう。

 しかしこれらを伝えるより先に異変が起こった。

 気付いたのは二人同時だ。

 ついにその時が来た。

「凄いけど、本気出すのが少し遅かったな」

 空を見上げながら、悦に入った声。

 結界の輝きを穿うがつ黒点。

 それが見る見る広がり始めていた。

 今度は一時的な欠損ではない。

「さあ、来るぞレアリ」

 両手を広げて。

「お前を恨んでる大勢の虚無が!」

「――来ないぞ」

 背後から、否定の声が掛けられた。


 §


 外野の声に振り向くと、クレネから出てくるウノとツカサの姿があった。

「……誰お前?」

 ブラドの問い。

 初めて見る顔だった。

「貴様にとっての絶望だ」

 得意げなウノと横のツカサ、そしてレアリの順で見てから。

「え、何、助っ人?」

 いたの? と半笑い。

 そちらに向かってウノが歩き出す。

「レアリ、その雑魚は我に任せて先に行け」

「え?」

「敵の首魁しゅかいがまだ控えてるんだろ?」

 何やら妙な誤解が生じていた。

「いえ、あの。彼が、ブラドです」

 レアリの言葉にウノは足を止める。

「……はあ?」

 怪訝な顔でブラドを眺めてからレアリへ。

「敵は転生者と聞いていたが」

「……ええ、ですから」

 彼が、と繰り返すのをさえぎり、ウノは事も無げに言った。

「いやいや、そいつはただの人間だぞ」

「え?」

 動揺に、レアリとツカサが固まる。

「――っ!」

 逆に硬直を振り払うように動いたのがブラドだった。

 そこにあるのは焦りか。

 ウノへと迫る速度はレアリも目を見張る程だったが、

ひざまずけ」

 傲岸なその一言で、倒れ込むようにして止まった。

「まだ我が話している途中だろうが」

「……黙れ」

 起き上がろうとするブラドの動きはぎこちない。

 まるで何かに押さえつけられているようだ。

「お、動くか」

 楽しげに見下ろしながら。

「さては色々混ぜてるな。でも土台が純正じゃその辺が限界だろ」

「どういう、事ですか?」

 余程意外だったのか、レアリの声は震えていた。

「どうもこうもない。我が人型の虚無というのは知っているだろう。そしてだからこそ眷属は一目でわかるし、こうして支配も出来る」

 それは種の最上位に当たる虚無にのみ許された能力だった。

 レアリなら竜が、リオネラなら鳥が操れるように、ウノは人を従える。

 ブラドにとっての絶望。

 その言葉は正しかった。

 相性はまさに最悪だ。

「いえ、人を模しているだけかと」

 基本的に同族でなければ正体はわからない。

 そもそも人の虚無自体が珍しいのもあるが。

「そうか。まぁ我らは弱かったからな」

 自嘲じちょう気味に言う。

 確かに虚無としては異例の弱さだった。

 そのせいで普通の人間同様捕食対象とされていた程だ。

「でもあなたは」

 強い。と言いたげな険しい視線。

「今更だが、一つ訂正がある」

 意味深な笑み。

「お前は結界の外に他の虚無はいるか、という質問をしたな」

「えぇ」

 そんな事もあったと頷く。

「悪いがあれは嘘だ。もう誰もいない。一人残らず食ってしまったからな」

 締め出された虚無は大勢いた。

 優勝劣敗。

 最後の一人まで食らい合ったというのは、十分に考えられる。

「……あなたが?」

 しかし最後に残ったのが人型の虚無とは。

「まさか仮死状態だけでしのいだと、本当に思ったのか?」

 皮肉げな笑みで肩を竦めて。

「まぁ、運に恵まれた部分もあるが」

 多くの虚無を取り込んだというなら、その強さも尋常ではあるまい。

「だから結界がなくなっても心配はいらないぞ。さっき言った通り誰も入っては来ない」

 そこまで聞いていれば、嫌でもその正体に思い至る。

「お前、あの時落ちてきた……?」

「なんだ。やっと気付いたのか。何を目論んでたか知らんが、残念だったな」

 二人から離れた位置で、レアリがくずおれた。

 その顔にもはや戦意は微塵もない。

 確証が得られ、答えに至ってしまったから。

 呪いを掛けた転生者は複数いる。

 だが相手が人間となると、後にも先にも一人だけだ。

 そしてそれは、レアリにとって掛け替えのない。

「――ヘレナ?」


つらい

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