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05

少し暖かくなってきました

 

 エルマーの肌から格子状ににじむ血。

 その線に沿って崩れる体。

 それらの肉片は旋風に巻き上げられ、やがて彼方に消えていった。

「あーあ」

 やっちゃった、というリオネラの呟きに視線を戻す。

 空を見上げる横顔は、自分に呆れているようでもあった。

「何で?」

 自分を助けたのか。

 エルマーを殺したのか。

 どちらに対する疑問も込めて。

「んー、むかついたから?」

 正直に答えているようでもあり、惚けているようでもある。

 その上で、けして視線は合わせない。

 後ろめたい時の仕草だった。

 少し残念だが、計画的な行動ではなかったらしい。

「よかったの?」

「いや、あんまり」

 だろうなという納得。

「ありがと」

 事情はどうあれ、これは最初に言っておくべきだった。

「いや、私は何もしてない」

「……は?」

 どう見てもしたが。

「ラストは助っ人に来たエルマーもまとめて倒したんだよ」

 どうやらそういう事にしたいらしい。

「別にいいけど」

 うつむき掛けて、また顔を上げる。

「仲直りは、出来る?」

 気まぐれついでの心変わりに期待した問いに、皮肉げな笑み。

「それは無理」

 突き放すというよりは、そっと身を離すような口振りで。

「そう……」

 わかっていた事とはいえ、落胆の割合は少なくない。

 再び俯くラストを見て、リオネラは苦笑を浮かべた。

 抱えたままのラストの体を地面に降ろす。

「……?」

 なぜ。

 名残惜しそうな顔がそう聞いていた。

「そろそろ行くよ」

 服の埃を払いながら立ち上がる。

「え?」

「これ以上話してたらほんとに寝返っちゃいそうだ」

「寝返ってよ」

「だーめ」

 軽い調子で断ると、惜しむ素振りも見せずに背を向ける。

「リオネラ……」

「あぁそうだ」

 かと思えばすぐに振り返って。

「虚無の姿、かっこよかったな」

「――え?」

 驚きに、ラストの瞳が見開かれる。

 いきなり何を言い出すのかと。

 直前までの悲しみさえ吹き飛んだ。

「あれならもっと前から見せてくれればよかったのに」

「無理」

 素気無い返答。

 受け入れられた喜びを、素直に受け止められぬが故の。

 ラストにとっては深く根差した悩みなのだ。

 そう簡単に拭い去れるものではない。

「残念」

 肩をすくめて横を向く。

 今度こそ行ってしまう。

「……そっちの羽も、かっこよかった」

 だというのに、そんな事しか言えなかった。

「だろ?」

 こちらは得意げだ。

「心配しなくても、加勢しに行くわけじゃない」

 何とか引き留めたがる理由がそこにあると思ったらしい。

 ただ一緒にいたいだけなのに。

「怪我もまだしばらくは治らないし、決着を見届けるだけにするよ」

 妙な所で察しが悪い。

 翼もなしに浮かび上がる。

「またな」

 今生の別れでない事を示す言葉。

 ならいいか。

「うん。またね」

 そんな思いで、飛び去るリオネラを見送った。


 §


 大広間を抜けてから、レアリはいくつかの部屋を見て回った。

 しかしブラドの姿どころか、これまで通り誰の姿もない。

 レアリにしてみればよく知った建物だ。

 迷う事も見落とす事もありえない。

 トットという少女が嘘をついたとも思えないが。

 一度離れた手前、戻って聞き直すのも気が引けた。

「……?」

 それに気付いたのは、途方に暮れて窓辺に立った時だ。

 裏側の庭園に人影が見えた。

 茶会などに使われる席に一人。

「あれは――」

 まさかという思いで外へ出る。

「トルミレ?」

 呼びながら視線は周囲へ向けられる。

 彼女が囮という可能性を警戒しながら進む。

「トルミレ」

 二度目の呼び掛け。

 力なく垂れていた頭が、今度はおもむろに持ち上がった。

 背もたれの隙間から通す形で後ろ手に縛られている。

「レアリ……?」

 随分と疲弊しているように見えた。

 傍まで来ると後ろへ回り、しかし両手の拘束は解かない。

 左手は肩に、そして右手の指先は首筋に添えて言った。

「トルミレはどこですか?」

 硬く鋭い爪を持つ、部分的に変化させた竜の手だ。

 少しでも妙な動きをすれば即座に引き裂ける。

「……何でバレた?」

 あっさり観念したブラドの顔がレアリの見知った男に戻る。

「この場に彼女を置いておく事が、あなたにとって何の得にもならないからです」

 下手をすれば二人を相手に戦う事にもなりかねない。

「先だって私をあそこまで追い詰めた周到なあなたが、そんな過ちを犯すとは思えません」

「評価が高いのも考え物だな」

 背後を取られながらも焦る事無く肩を竦める。

「霊脈を元に戻して頂けますか?」

「えーやだー」

 緊張感のない返答。

 左手の爪が添えた肩に食い込む。

「痛い痛い。ごめんて」

「もう時間がありませんから、これ以上は実力行使で聞き出す事になりますよ」

「あ、わざわざ警告してくれるんだ。流石に巫女姫様ともなると慈悲深いね」

 不自然なまでの余裕に、レアリは眉を寄せた。

 背後を取られ、座った状態で両手の自由も利かない。

 明かな不利状況である。

 鍵を渡すまでは殺されないと高をくくっているのか。

 あるいは、と周囲の気配を探るも伏兵はない。

「そんな警戒しなくても他には誰もいないよ」

 この男が言うと自分で得た確証すら途端に揺らぐ。

「俺が落ち着きすぎてるから不安になっちゃった?」

 あまり舐められても困る。

 少しぐか。

 肩に食い込ませた爪が皮を突き破った時だ。

 後ろ手に縛られていたブラドの腕が、音もなく爆ぜた。

「っ!」

 瞬時の後退。

 離れ際、防御に回した腕に鋭い熱が走った。

 大きく距離を取ってから傷を見る。

 幸い浅い。が、裂けた肉に妙な焦げ付きがあった。

 普通の刃で斬られたのではない。

 拘束の解けたブラドが立ち上がって振り返る。

「折角の不意打ちでその程度か」

 呆れたような顔で。

「竜族の鱗ってのはほんと厄介だな」

 その程度とは言ってくれる。

 鱗を裂ける時点で並の霊装ではあるまいに。

 改めてブラドを見据える。

 跳ね上がるように飛び出したそれを、レアリは最初骨かと思った。

 だが違う。

 新たに肩から生えた腕は鋼の質感を宿している。

 骨というより義手に近いか。

 手刀のように束ねた指先は、先程の一瞬霊子の輝きを帯びていた。

「今のは、白刀ですか?」

「少し違うけど、まぁ似たようなもん」

 白刀とはかつて虚無に対抗するため、多くの転生者が用いていた霊装だ。

 高密度に収束させた霊子で対象を焼き切るそれは刃毀はこぼれもせず、また刀剣の殺傷力を遥かに凌ぐ。

 欠点があるとすれば――、

「今思うとあれ燃費悪かったよな。何でも溶けるから受けに使えないし」

 後者の利便性もそうだが、現代に使い手がいない主な理由は前者にある。

 霊子の乏しい人間ではたとえ虚無との混血であっても消耗が大きすぎるのだ。

「その改良版なら、私に勝てると?」

 あえてその脅威を軽んじるような挑発。

 他に隠した切り札の有無を探る意図で。

「別に改良版て訳じゃないんだけどね」

 意味深な笑みを浮かべながら。

「奥の手ならあと百万はあるし。いや、千万かな。もしかしたら一億超えも……?」

 レアリは小さく嘆息を漏らす。

 腹が立つのは答えをにごされたから、だけではない。

 こちらの意図を見透かし、その上ではぐらかしているからだ。

 精々迷えと、軽薄な笑みが告げていた。

「そうですか」

 術計の類では相手が上。

 どの道戦っていればわかる事だ。

 割り切って仕掛ける。

 レアリが動くのを察して、ブラドが何かを投げた。

 球状のそれが、閃光を放って空中で爆ぜる。

 視界を奪い、更に内部に詰めた無数の玉が対象を襲う。

 フスィノポロで使用されたという霊装だろう。

 レアリは落ち着いて後退する。

 あらかじめ目を覆っていたので視覚に影響はない。

 しかし手をどけると、正面に煙が立ち込めていた。

 他にも投げていたのだ。

 無闇に飛び込むのは危ない。

 レアリは横に回り込むと、すぼめた口から息を吐き出した。

 立ち込めた煙幕が一瞬で吹き飛ぶ。

 が、ブラドの姿もまた消えていた。

 そして視界の端に霊子の光。

「っ!」

 身をよじってそれをかわす。

 体勢の崩れた所へ更なる追撃。

 四本の腕が繰り出す不規則な攻撃を、レアリは最小限の動きで避け続ける。

 体と共に傾いた形勢が、次第にその均衡を取り戻す。

 不利な状況から始めた事が、当然そこで終わる筈もない。

 レアリの動作に攻撃が増え、遂にその爪がブラドの胸をえぐった。

「?」

 ありえぬ手応えに怪訝けげんの色。

 直感からブラドを蹴り飛ばした。

 釈然としない面持ちが遠ざかり、危なげない着地。

「え、何で?」

 くつがえした戦況をなぜ手放したのかと。

「それはこちらの台詞です。その体は、何ですか?」

 そもそもの違和感は腕が増えた時からあった。

「何って、何が?」

 ブラドは転生者の筈。

 だというのにその身が裂けても体内の霊子が外に出る様子がない。

 あの義手のせいかとも思った。

 転生者の使う霊装には、外部への被害を抑えるため流れた霊子を吸収する機能がある。

 しかしそれも十分ではない。

 そして先程のブラドは指先から肩まで裂けたのだ。

 これなら庭一帯が吹き飛んでいてもおかしくはない。

 完全に抑え込む技術を開発したのか。

 疑問はそれだけではない。

「あなたが体の中に隠しているモノの事です」

 自身の手を持ち上げ、欠けた爪を見せる。

 先程の攻撃で、硬質な何かを掻いたせいだ。

 竜族の爪が割れる事など滅多にない。

 義手だけではないのだ。

 その胴体、あるいは全身に至るまで何かを仕込んでいる。

「あぁ、バレた?」

 意外にもブラドは惚けない。

「流石神速レアちゃんだね」

 まるで褒められている気がしなかった。

「レアちゃんはさ、今やみんなが使ってる霊装が何を元に造られたか知ってる?」

「転生者用の霊装でしょう?」

 それを並の人間でも使えるよう大幅に弱体化させたのだ。

「レアちゃんは物知りだね。じゃあ転生者用の霊装は?」

「……いいえ」

 呼び方が気になったが、会話に集中する。

「それ以前はさかのぼっても原始的な道具では?」

 試行錯誤の末に生み出された物ではないのか。

「いかにも自分が技術の最盛を経験してたと思ってる奴の言葉だな」

 あざけりは気にならない。

 それより重要な事を口にしていたから。

「一体、何の事を……」

「まぁいいや。じゃあ見せ付けちゃおうかな。原始的な道具の力」

 義手が再び腕の中へと沈んでいく。

 まさかという可能性が脳裏に過ぎる。

「え、あの――」

 確かめる間もなく、ブラドは言う。

「ニフタ、起動」

 瞬間、その顔に青白い光の亀裂が走った。


暖かくなったと思ったら花粉が酷い

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