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01

 

 異変に気付くと、レアリは即座に全員を集めた。

 供給が断たれたからといって、結界がすぐ消える訳ではない。

 だがそれほど猶予ゆうよがないのもまた事実だった。

「これからプロエに飛びます」

「え、俺もですか?」

 エアルはいいのかと言いたげにガルムが問う。

「この異変は他の霊峰でも起こっていますし、クレネからしか戻せませんから」

「えぇ、我も?」

 ウノが地面に横たわりながら苦しげにうめく。

 これは食べ過ぎのせいだ。

「当然でしょ」

 ラストが呆れた顔で引き起こす。

「うぅ。楽になってから駆けつけるんじゃだめ?」

「駄目。遅い」

「急ぎって事は飛竜で?」

「いえ、それは必要ありません」

「は?」

 じゃあどうやって、とガルムの顔が怪訝けげんくもる。

 これはツカサも同感だった。

 一刻を争う状況なら他に選択肢もあるまいと。

 それらの疑問を向けられながら、レアリは苦笑を浮かべて言った。

「あまり驚かないで下さいね」

 直後、その体が霊子の輝きを帯びて浮かび上がる。

 光は瞬く間に彼女を覆い尽くし、更に膨れ上がった。

 やがてそれが弾ける。

「これ……」

 中から現れたものに、言葉を失う。

 見上げる程の巨体。

 薄く光を放つ金色の鱗。

 神々しい飛竜の姿が、そこにあった。


 §


「おや、こちらにいましたか」

 ブラド達が昇降機から出ると、珍しく慌てた様子のエルマーと出くわした。

 後ろには仮面を付けたキースも連れている。

「探しましたよ」

「それはこちらの台詞でもありますが、今の揺れは?」

「まだ何とも。丁度手配が終わった所ですので」

「少なくとも外部からの襲撃ではない?」

「そこは間違いないありません」

 ブラドの懸念けねんがレアリ達にあると察し、エルマーも請合うけあう。

「ならいいんですが。一応私達も上へ出ます」

「私は下層へ用がありますのでこれで」

「ええ。また後で」

 言ってすれ違う――エルマーの首を、ブラドは掴んで壁に叩き付けた。

 後ろに控えていたキースが刀を抜く。

 その手をリオネラが押さえ、トットは隠し持っていた手斧の切っ先を首筋に添えた。

「あまり時間的な猶予もないので、隠している事があるならここで言って下さい。土壇場で与り知らぬ事にわずらわされたくありません」

 エルマーは苦しげに顔を歪めながら数度大きく頷いた。

 ブラドが手を放すと背を丸めて咳き込んでから、

「地上の異変は、揺れだけです。詰所の隊士から受けた報告でも、市井の被害は家財の転倒など、比較的軽微」

 呼吸を整えながら、手振りでキースに合図を送る。

「となると後は、地下です」

 キースが刀から手を放すと、リオネラとトットもゆっくり離れた。

「地下に何が?」

「恐らく、ステアかと」

「ステア、って」

「侍女の?」

 ブラドとリオネラが、一瞬顔を見合わせる。

 言われてみればこの数日見ていなかった。

「彼女に何を?」

「トルミレ様の因子を、移植しました」

 ブラドは内心で呆れた。

 力を求めている事は察していたが、まさか本当にエルマーを頼ったのかと。

「面白い試みですが、結果は?」

「予想以上です。ダムド様がなす術もなく取り込まれた程で」

 ダムドは老いてなおいささかのおとろえも見えぬと言われていた転生者だ。

 それを倒したとなれば並の虚無は超えている。

「それはいつの話ですか?」

「昨日です」

「当然首輪は付けているんでしょうね?」

 どれだけ強大な力も御せなければ身を滅ぼすだけだ。

「いえ、残念ながら」

 観念した様子で首を振る。

「あれは、とても手に負えるものではなくなってしまった」

「では処分を?」

「いくつか致死性の毒を使いましたが効かず、最後に体内の霊子を暴走させる薬を打って修練場に閉じ込めておきました。先程の揺れはその衝撃かと」

 修練場というのは、元々転生者を鍛えるための部屋だ。

 クレネの最深部に位置し、当然その戦闘に耐えうる構造をしている。

「いくら何でも揺れすぎですよ」

「ええ。ですから様子を見に行こうと」

「私も行きます」

 どうなっているにしろ、自分の目で確認しておきたかった。

「わかりました」

 五人で昇降機へ。

「ステアは死んだと思いますか?」

 下へ降りる間、ブラドが聞いた。

「確率は高いでしょうね。先程の原因が彼女で、まだ生きているなら地上に出てきている筈ですから。まあ、全ては下の状況次第ですが」

 話は現場を見てから。

 しかしそれは叶わなかった。

 昇降機の扉が開くなり目に入ったのは瓦礫の山だ。

「わーお」

 建材やその地層にあった岩盤。

 崩落によって道は完全に閉ざされていた。

「どうするんだこれ?」

 どうしようもないだろうと言いたげな顔でリオネラが聞く。

「どうって」

 当然どうしようもない。

 今から撤去を始めてどれだけ掛かるか。

 途中で崩れない保証もないのだ。

 今は慎重に作業を進めるだけの時間も人員もない。

「これは生きてても死んでるんじゃないか?」

「生きてたら生きてますよ」

 言いたい事はわかるが。

 生き埋めになっているならわざわざ掘り起こす必要もない。

「ここは一旦このままで構いません」

 少なくとも優先順位は格段に下がった。

 今はそれで充分。

「先に迎撃の準備を整えましょう」

 ブラド達は、早々に地上へ戻った。


 §


「着きました」

「え?」

 言われて耳を疑った。

 飛竜と化したレアリの背に乗ってから、まだいくらも経っていない。

 今しがた上昇を終えた所だった筈。

 周囲の景色から目を離したのはそこからで、だから精々数秒だ。

 加速の負荷もまるで感じなかった。

 精々辺りが暗くなった程度の変化。

 それもその筈、背後にあった筈の霊峰がなくなっていた。

 理解の追い付かぬまま眼下の街並みを窺う。

 先程までいたエアルよりずっと広い。

「まじでプロエじゃねーか」

 ガルムの驚嘆が加わると、もはや疑いの余地がなかった。

 方法はわからないが、本当に移動したらしい。

「うぅ……」

 相変わらず横たわったままのウノが呻く。

「よ、酔った」

 揺れた覚えはないが。

 本当にこんな状態で戦えるのだろうか。

 不安から目を逸らす様に再び街を見る。

 中央に位置しているのがクレネだろう。

 四方を囲う塀と木々に、広大な庭。

 その中心に尖塔を頂く城がそびえていた。

 庭の一画が荒れているが、逆に言えばそれ以外に不審な点はない。

「衛兵の代わりにいるのは、黒衣衆か」

 黒衣衆というだけあって上空からその姿は見付けやすい。

 正門の前に四人。

 他にも敷地内に点在しているが、どれも建物からは離れている。

「この姿であまり留まっている訳にもいきませんから、変身を解きますね」

「え?」

 その場合乗っている自分達はどうなるのか。

 聞く前にレアリの体が光の粒子に代わっていった。

「ちょ――あれ?」

 けれどそれらは散らばる事無く周囲を包み込んでいく。

 やがて形成されたのは小さな結界のような球状の膜だ。

 予想に反して急速な落下が起こる様子はない。

「浮いてる、のか?」

 何かの上に足を着いている感覚はない。

 ガルムの言うように漠然とした浮遊感だけだ。

 気のせいでなければ緩やかに下降している。

 最後に残った光の塊から、人の姿に戻ったレアリが現れた。

「まずはあそこ」

 言いながら塔の一画を指差す。

「上層にある飛竜の発着場に降りて順に部屋を調べていきます」

「いや、ここでバラバラに降りた方が面白いんじゃないか?」

 頭上からの声に、全員がそちらを見上げる。

「――リオネラ」

 ブラドと通じていた巫女が、いつの間にかそこにいた。

 結界の外側に膝立ちでこちらを見下ろしている。

「あんた」

 睨むラストが口を開くのと同時に、リオネラが結界に何かを突き立てた。

 細い杭のような物だ。

 その尖端は結界を貫き内部に食い込んでいる。

「お越しの際は正面玄関からお願いしまーす」

 手を振りながら、リオネラが飛び退く。

 直後杭が光を放ち、熱と衝撃をともなってぜた。


 §


 急速に遠ざかる爆発。

 腹部に巻き付いた何かに下方へと引き寄せられる。

 それらが唐突に止まった。

 足が地面を踏む。

「平気ですか?」

 背後からレアリの声。

 胴に回されていた腕が離れる。

「う、うん」

 振り返りながら、遅れて彼女に助けられた事を知った。

「みんなは――」

 疑問の声が、再度上空に瞬く爆発に掻き消される。

 かなり広範囲にわたるそれらが収まると、空からラストが降って来た。

 とはいえ両足で危なげのない着地。

「ウノとガルムが落ちた」

 言いながらも、こちらは見ない。

 睨む先の空には、リオネラがいた。

 虚無としての能力か、彼女もまた翼もなしに浮かんでいる。

「やあレアリ姉さま。久しぶり」

「リオネラ……」

 レアリは名前を呼ぶだけに留まった。

「そんな悲しそうな顔しないでくれ。こっちまで悲しくなる」

「戦いは、避けられないんですか?」

「そっちが引いてくれるなら避けられるぞ」

「もういいよレアリ」

 ラストが前に出る。

「こいつは私がやるから、先に行ってて」

「ラスト……」

「いいのか。今度は泣いても逃がしてやらないぞ」

「黙れっ!」

 怒声と共に飛び掛かる。

 二人の戦闘が始まると、レアリは背を向けて歩き出す。

「行きましょう」

 自分達に眺めている暇はない。

 やるべき事は他にある。

「うん」

 頷いて、後に続いた。


 §


 空から落ちてきたものに、門を守る黒衣衆が気付かぬ筈もなかった。

 けれど駆け寄る足が困惑に止まる。

 キースのような仮面を着けられエルマーの支配下にある彼らにも、ある程度の自我はあった。

 薄い土煙が晴れるに従って出てきたものは、足だ。

 上半身はすっぽりと地面に埋まっている。

 侵入者は処分しろという命令を受けていた。

 だがこれはどういう区分に類するのか。

 続々と集まる彼らは、即座に判断出来なかった。

 一向に動かぬなら死体と変わらない。

 ただでさえ地面に突き刺さる高さから、それも逆さに落ちている。

 その時点で頭部の損傷は計り知れない。

 まず即死だろう。

 そもそも落下したにしても肉体が地面に突き刺さるのか。

 彼らにそこまで考えるだけの自由は与えられていない。

 余計な思考を通り越して、それは死体と認識された。

 門の外から見える場所にそんな物を放置していて、体裁ていさいが良かろう筈もない。

 ただでさえ上空での爆発で人が集まりつつあるのだ。

 方針が決まれば後は粛々しゅくしゅくとこなすのみ。

 野次馬の対処をする者。

 素手で引き抜けるか試みる者。

 必要になりそうな道具を取りに行く者。

 それぞれが別れて行動を始めた。

 改めて言うが、彼らは余計な思考を制限されている。

 だからその場の誰も不自然に思わなかった。

 地面から伸びる足が炭のように黒く、異様に長い事に。


 §


 突然の爆発にも、ガルムが動じる事はなかった。

 具体的に何が起こるとわかっていた訳ではない。

 刀を抜いたのは本能的な勘である。

 まずは防がねば。

 そう判断して大剣を盾として衝撃を逃れた。

 続く転落。

 レアリの加護が解けたのだろうと思った。

 このまま地面に叩きつけられれば無事では済まない。

 というか高確率で死ぬだろう。

 あくまで何もしなければの話だが。

 落下しながらも周囲に差し迫る脅威の有無を確認していく。

 幸いリオネラ以外に伏兵は見当たらなかった。

 数瞬遅れて、彼女の傍で新たに複数の爆発。

 視界が覆われたのは、ガルムにしてみれば好都合だった。

 刀を細身に戻して上空に掲げる。

 その切っ先が、傘状の広がりを見せた。

 強度は申し分なく、緩やかな速度で地上へ降下。

 刀を鞘に納めて正面玄関へ向かう。

 途中、背後から黒衣衆が一人飛んできた。

 幸いぶつかる事無く、真横を抜けて地面に落ちた。

 起き上がる様子はない。

 背後を窺うと、やけに細長い髑髏の怪物が暴れていた。

 既に十人近い黒衣衆に囲まれているが、物ともしていない。

 あれは問題なかろう。

 そう判断して前を向いた時だ。

 正面の扉が開いた。

 中から現れたのは二人。

 柔和な中年の男と、頭部を黒い仮面で覆った何者かが出てきた。

「おや、ガルム隊長」

 柔和な男の方は自分を知っている様子だ。

 ちなみにガルムの方に見覚えはない。

「誰だお前?」

「失礼致しました」

 不躾なガルムの問いに対し、男はあくまで丁重に応じる。

「私現在霊装開発局の局長を務めさせて頂いております、エルマーと申します」

「……あー」

 その名前はレアリから聞いていた。

「じゃあお前か、俺の部下を勝手に使ってるっていうのは」

「ええ」

 頷いて、仮面の男の肩に手を掛ける。

「キース君はとても優秀で、私も助かっています」

「そいつがキースか?」

「そうです。返事も出来ませんし、顔を見せる事も出来ませんが」

「人の部下に、随分勝手してくれるじゃねーか」

 言いながら、刀の柄に手を添える。

 素通りが出来る状況ではない。

「最初に言っておきますが、以前のキース君と思って甘く――」

 先に動いたのはキースだった。

 自身も刀を抜きながら互いの距離を一瞬で詰める。

 下段から首筋へ、ガルムに抜く暇を与えぬ一刀。

 それが、空振りに終わった。

 直後、キースの体が真横に吹き飛ぶ。

「見ない、方が……」

 エルマーがそれを目で追いながら言葉を失う。

 ガルムは未だに刀を抜いていない。

 恐らくは素手の殴打によるものだろう。

 抜く暇がなかったのではない。

 そもそも抜く気がなかったのだ。

 空中で体勢を立て直したキースが芝生を抉りながら止まる。

「そういえば、お前には稽古付けてやった事がなかったな」

 ガルムがそちらに向けて歩を進める。

「喜べ。今日はこれまでほったらかしてた分まとめて見てやるよ」


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