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地震のあとに。

満月は出産が多いと言われているけども、新月も負けずに陣痛がやってくる気がする。


「だからって今……」


真っ暗闇で小さく呟く。

目の前には臨月の妊婦。数分前に内診したときは子宮口ほぼ全開だったんだから、もう生まれる直前だ。痛みを逃すため、大きく口で呼吸しているようなふーふーっという声がしている。

助産師の飯塚はしゃがんだ妊婦を、抱き締めるように守っていた。


「大丈夫ですか? ……立てますか? 」


飯塚は妊婦の陣痛の波が落ち着くのを待って、出来るだけ穏やかに声をかける。怪我もなさそうだ。

妊婦は呼吸を整えながら、うなずいたようだった。


「飯塚、ちょっと待って。」


カチリ、と音をさせて先輩助産師の星野が懐中電灯で辺りを照らす。

酷い光景に、ふたりは呻くようなため息をついた。



━━今までにない、激しい揺れが病院を襲ったばかりだった。



点滴台は倒れ、いくつかの点滴ボトルが床に散乱していた。傾いた分娩監視装置がインファントウォーマーにもたれ掛かっているし、分娩台の上にもいろんなものが落ちていた。

星野は黙ったまま、てきぱきと片付け始めた。最低限妊婦が分娩台にのれる程度に。


「電気もつかないし、震度6くらいかね。」


「非常用電源に切り替わるはずなんだけどな……。なかなか灯り、付かないですね。」


院内は地震の影響で暗闇に包まれていた。



薄暗い懐中電灯の灯りのなか、飯塚は妊婦を分娩台に寝かせる。


「無影灯もモニターも付かないね。ドップラー当てながらヤるよ。」


星野が胎児ドップラーを腹部に当てる。だいぶ下の方で心音が聞こえる。


「……あっ! 」


妊婦が声をあげる。破水したようで病衣がじわりと濡れてくる。

同時に痛みも強くなったようで、いきみの声が漏れてくる。

飯塚は下着を剥ぎ取り、滅菌手袋を装着してから妊婦の腰のしたに滅菌シーツを引いた。暗闇で準備できる最低限だった。

星野がドップラーを片手で当てながら器用に懐中電灯で陰部を照らす。胎児の毛髪が見える。


「息を整えて、次の陣痛でめいっぱいいきんでくださいね。」


陣痛を波と表現するけども、それならば妊婦はサーファーかもしれない。うまく波に乗れたら安産。

妊婦は一番の高波で力一杯息む。

息みに合わせて胎児の頭が現れる。

息を吐くと少し隠れるが、また痛みと共に頭を見せることを数度繰り返すと、頭が隠れないほどに降りてきた。

うまく波に乗れているようだ。

さらなる波に乗って息んだ時に、ぐぐっと顔まで現れる。眉間に皺がよっていて頑張ってる顔だ。持っていたガーゼで顔を拭き取っているうちに、顎、首が飛び出てくる。飯塚が手を添えるとにゅるりと肩が出た。両肩を持ち上げて、一気に引き出す。


「……ぉぎゃ……おぎゃあ………おぎゃあ! 」


産声と同時に電気がついた。非常用電源のようだ。

羊水に濡れた赤ちゃんが光を浴びてキラキラしていた。この子自身が暗闇に差す光のようだった。

助産師二人は目を合わせて顔をほころばせた。


「「おめでとうございます!」」

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