話し合い ②
「と、とりあえず理由を聞いてもいいかな」
「簡単なことです。バレーが……好きじゃないので」
我に返った増国先輩はコーチの件を断った理由を聞いてきた。
俺は素直に答える。正直、嫌いと答えようかと思ったが、どうしてか言い止まってしまった。
いつも嫌いと答えて断られてきた笹木先生は驚いた顔を見せたが、今は笑みがこぼれている。
「なるほど、確かに好きでもない事に付き合うのは嫌だな」
もしかしたらこの人は理解力があるのかもしれない。
「しかし、私はバレーが好きだ、だからこそ試合に勝ちたい。そのためにはどんなことでもするつもりだ。」
すごいバレー愛だ。小学生の頃の俺も同じことを思っていた。「好きだからこそ勝ちたい。負けて悔しい思いしたくない。そのためならなんだってする」と。
「そして数ヶ月前、三年生最後の試合で二年生でありまだ後のある私がミスをして負けた。先輩たちの努力を私がつぶしてしまった。先輩たちは私に優しく声をかけてくれたが、私たち後輩の見えないところで泣いていた。そして私は自分がミスをして試合を終わらせた罰として髪を切った。私にとっては髪の毛なんて飾りのようなものだからな」
「いや~、三枝ちゃんが坊主にしてきたときはみんな笑ったなー、まさか二回戦敗退でしかも相手は優勝候補のところだったのに、あそこまでするなんて思わなくてさ! しかも七点差で負けていたのに、あはは」
「先生笑いすぎです。それにあの日笑っていたのは先生だけです。私は初めて三枝が馬鹿なんじゃないかと思っていました」
正直会話についていけない。増国先輩の髪を切った話は噂で知っていたが、まさか優勝候補に負けていたとは思わなかった。
笹木先生は頭のねじが飛んだ考え方だし、伊勢先輩は真面目そうな発言に聞こえるが、笑っている先生を止めようとしない。むしろ伊勢先輩も少し笑っていた。
「何が言いたいかというと、どんな手を使ってでも私は君にバレー部のコーチをしてもらうつもりだ。それを聞いて君の答えを聞かせてくれ」
「……すみません、やっぱり無理です。」
「もし、バレーが嫌い以外にも理由があったら教えてくれないかな? 今までは私の単独だったから聞かなかったけど、今回は三枝ちゃんからの頼みだからさ」
先程まで笑っていた笹木先生も真剣な目になっていた。
「まぁそうですね。一番の理由はバレーが嫌いだからですけど、ほかに理由があるとすれば部活だからですね」
俺の答えに三人はきょとんとしていた。少しわかりずらかっただろうか。
「部活って自分から入っていくものですけど、やっているうちに飽きてくるんですよ。その結果さぼる人が出てくる」
俺の言葉に三人の顔は暗くなった。さぼりに対して何か心当たりがあるのだろう」
「別にさぼりが悪いと言い切るつもりはありません。むしろさぼることはいいことだと思います」
三人はまさしく「何言ってんだこいつ」という顔で見てくる。
「俺が言いたいのは練習に参加せずにさぼるのが嫌だという意味です。練習に参加してプレーでさぼる分にはいいと思います。ただ、練習に参加しても、無駄なおしゃべりしたりしてさぼられるのは嫌いということです。増国先輩、心当たりありますよね」
「……確かに、今朝だったな、君が体育館を覗きながらさぼっている子たちに小さな声で文句言っていたのは」
「増国さん、今なにを話してるの?」
笹木先生の質問に伊勢先輩は頷いて同意を求めた。
伊勢先輩と笹木先生は話の内容は分かったが今朝のことにはわかっていない様子だ。
「今朝の朝練です。先生用事でこれなかったんですよね?」
「う、うん。もしかしてその時何かあったの?」
「いえ、ただその時彼が体育館横を通るときこうつぶやいたんです。まじめにする気がないなら練習するなよ、とね。たまたま、休憩しようとしていたので小さな声だったんですけどよく聞こえてきました。その時球宮くんが私に気づき逃げてしまったので、彼の向いていた方を見るとさぼっている生徒がいました。ただそれだけです」
その話を聞いた笹木先生は目を瞑ってため息をはき、伊勢先輩は苦笑いしていた。
「球宮くんは、そのさぼっていた人たちがいなければうちの部活のコーチ、引き受けてくれるのか?」
「まぁ、可能性は低いですが考えることはすると思います。今の俺なら」
そう答えた俺を笹木先生は珍しいものを見たような目で俺を見ていた。
「……なんか変わったね、球宮くん。私が誘っているときはそういうそぶりは一切見せなかったのに。今はなんだか少し嬉しそう」
「嬉しくありませんよ」
そう、なにも嬉しくはない。少なくとも前よりはバレーに関わってもいいと思っているが、関わったことを嬉しいとは微塵も思っていない。
とりあえず増国先輩と笹木先生の要件は分かった。しかし、それだけのことに生徒会長がいる必要があるのかが気になる。ここに呼んだのは十中八九、俺にバレー部のコーチをしてほしいということだろう。それだけなら生徒会長である伊勢先輩は用事がないはずだ。
「とりあえずある程度話はまとまったな。それじゃあもみじ、後よろしく」
「まったく、どうしてここに呼んだのか教えてくれなかったのはこのためだったわけね。それに彼はまだ部活に入ることが決まったわけじゃないから、本来は教えることができないのよ」
「でも可能性はあるし、無理やりにでも私が入部させるから、教えるのは時間の問題」
いったい何の話をしているのだろうか。教える、教えない。言葉だけならとても秘密裏なことに聞こえる。
「む、しょうがないわね。球宮くん、このことはくれぐれも大声で話しちゃだめよ」
「は、はい」
内密な話となると、どうしても体に力が入ってしまう。
「ふふ、そこまで内密な話じゃないし、知っている人はたくさんいるから力を抜いてもいいのよ。まあ、話の内容は部室のことね。部活に入ったことのない球宮くんはもう覚えてないかもしれないけど、一年生の時に話は聞いたことあると思うの。うちの学校の女子部室のこと」
確か第三校舎の地下一階で、男子が入ることができないところだったはず。
そこに入るには特別な許可が必要で、許可なしに無断で入ると重い罰があると聞いたことがある。
それだけでなく、警備員もおり女性であるがまるで力士のような人だという話も聞いたことがある。
「その女子部室棟は第三校舎の地下一階にあり、入り口は左右に二つ。女子はどちらから入ってもいいけど、男子は用事のある部室に近い入り口からじゃないと入ることはできません。そして入るには特別な許可が必要で、その許可証は生徒会長、部室警備員、教頭先生、生徒指導教師、部活動責任教師、部活動顧問教師、そして部活動部長の七人の立会いの下話し合いが行われます。つまり、今ここにいる生徒会長の私、部活動顧問の笹木先生、部活動部長の三枝の三人に後三人加わります」
この三人に後部室警備員、教頭先生、生徒指導教師、部活動責任教師の三人が加わるのか。
……ん? 三人?
「四人じゃないんですか? 伊勢先輩」
「実は部室警備員、部活動責任教師は同じ人なんです。だから部活動責任教師は警備員さんが兼任してるの。恥ずかしい話、前の部活動責任教師がやらかしてから警備員の人がやると言ったの。人望も厚いし人に関係なく自分の意見を言うことができる人だから許可したら、それ以来覗きをしようとする人がいなくなって、部活動責任教師は今後も警備員に任せようって話になったの」
この校舎のつくりを知ってからやらかす教師がいるんじゃないかと思ったことはあったけど、本当にやらかした教師がいたんだな。
大体、なんで学校に地下室とかあるんだ? 研究所とかならあり得るけど、地下室のある学校なんてほとんど聞いたことない。
「地下室のある学校なんて珍しいって思ったでしょ。私も生徒会長になるまで知らなくてね、たまたま過去の資料を見ていたらみつけたの。もともとこの学校には地下室なんてなかったけど、今から約二十年前、第三校舎の下に化石が埋まってることが判明し、それを掘り起こした際にできた空洞を地下室として使用する、ってね」
伊勢先輩は話し終えると眼鏡のふちを少し上に押していた。笹木先生と増国先輩は知らなかったようで、今の話に驚いた反応をしている。もちろん俺も驚いていた。
今まで平凡な学校だと思いながら通っていた学校にそんな歴史があるとは知らなかったからだ。
「おっほん。話がずれてしまったけどもう三十分もたったからお開きにしましょうか。こうちゃん今日はありがとね」
「いえ、気にしないでください、暇だったので、それでは失礼します」
それだけ言うと伊勢先輩は生徒相談室から出て行った。
笹木先生も増国先輩もそれを確認してから席を立つ。それにつられて俺も席を立った。
「あ、球宮くん、土曜日は空いてるか?」
「え、あ、はい」
「その日はうちの体育館で練習試合があるから是非見に来てくれ。その試合を見てから、コーチをやるのが嫌だったら言ってくれないか?」
「……わかりました。それで何時からですか?」
「八時集合の試合は……何時からでしたっけ?」
「九時半から、四時に終了の一日練習よ。昨日話したのにもう忘れちゃったの?」
「すみません、開始時間さえ覚えていればいいと思ったので」
いまだにこの人が主将だとは信じられない。ほかにも適任な人がいるんじゃないかと思ってしまう。
……まぁ、どうでもいいことだが。
「それじゃあ私たちはこれから部活に顔を出さないといけないから、球宮くんは気を付けて帰宅してね。それじゃあ行きましょうか増国さん」
「わかりました、それじゃあ球宮くん、土曜日楽しみにしててくれよ」
「はい、お気を付けて」
笹木先生と増国先輩も生徒相談室を出て行った。俺も電気を消して生徒相談室を出る。
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