元成の過去
場所は変わり中庭にある大きな一本の木を囲む石段。
そこで薫は体育座りをして顔をうずくめていた。
(あの時、大淀川高校のキャプテンのジャンプフローターサーブを取ったところまでは良かったのに、その後の四番のサーブでジャッジミスをしてから流れが悪くなってしまった。もしあそこでジャッジミスしてなければ少しは流れが変わっていたかもしれない。もしかしたら一セット目を取っていたのは馬ケ背高校だったかもしれない。……いまさら何を思っても意味はないのかもしれないけど、どうしても思ってしまう。私じゃなく山之内先輩だったらジャッジミスなんてなかったんじゃないか、と。山之内先輩がジャッジミスしてしまったとしてもチームの空気は悪くならなかったんじゃないか、とどうしても——)
「こんなところで何しているんだ?」
薫が落ち込んで反省している中一人の男子生徒が声をかける。元成だ。
薫は自分の状態に気づき涙を手で拭い、タオルとボトルを持ちその場を去ろうとする。
「もし、自分じゃなくて山之内だったら」
「っ⁉」
「チームの空気は悪くなることは無かった、とか思っていたのか?」
元成のその言葉に薫は足を止め、元成の方に体を向ける。
「……あなた、さっきのセット見ていたんですか?」
「さっきというよりも、午前中のぼろ負けした試合も見ていたぞ」
「……うちの部員の彼氏さんですか?」
「残念ながら違う」
そこで薫は体を手で覆うように隠した。バレーのユニフォームというのは体のラインがよく出てしまう。運動した後ならなおさらだ。
「はっ! 別に女子バレー選手の体のラインを見たいからとかそんな邪な考えじゃないからな! あと、お前は手で覆い隠さずとも運動服だから体のラインは見えないだろう」
「……それもそうですね」
薫は覆っていた手を下げた。
「それで私に何か用ですか?」
ここで薫は本題に入る。もし、元成がただここに来たかっただけなら薫に対して「もし、自分じゃなくて山之内だったらチームの空気は悪くなることは無かった、とか思っていたのか?」と言うはずがないからだ。
「そうだな、用があるかと問われるとあるな」
「そうですか。私はそろそろ戻らないといけませんので、できるだけ早めにお願いします」
薫が急いでいるのは試合に戻らないといけないという気持ちがあったからではなかった。ただ単に全く関係の無い部外者に何かを言われるのが嫌だったからだ。
「それはお前次第だ」
それだけ言い、元成は薫に質問をする。
「お前、もしかしてだけど自分じゃなくて山之内ならあんなことにはならなかったとか思っていたか?」
「ええ、実際に私がミスしてしまったことでチームの空気は悪くなり一セット目を取られてしまいました。あなたも見ていたのならわかりますよね」
「そうだな、確かに見ていた。それじゃあ次は、お前は先輩たちのことを信用しているか?」
「……ええ、高原さんたちは信用できませんが私は先輩たちのことを信用していますよ」
元成は「そうか」と言い一度口を閉じ、十数秒して言葉を発する。
そして、その言葉は薫が想像していたよりも酷な言葉だった。
「じゃあお前は無意識に先輩たちを信用しきれていなかったんだな」
「……は?」
薫は一度耳を疑った。
(無意識に先輩たちを信用してなかった? 誰が? 私が?)
「な、何を言ってるんですか! 私が先輩たちを信用していないなんて、そんな訳ありません!」
薫は反論した。当然とも言えるだろう。今日はじめてあった人間に言われる筋合いのないことを言われたのだから。
元成もそれは理解していた。それでも、彼は話し続ける。
「だってそうだろ、お前が本当に信用しているのなら『自分じゃなくて山ノ内なら』って言葉は出ないだろ。それは『先輩が自分を選んだから空気が悪くなった』って言っているようなもんだからな。本当に先輩たちを信用しているのならそんな責任転嫁はしないはずだろ?」
「そ、それは……」
薫は押し黙ってしまう。元成の言っていることは正論だと認めざるを得ないからだ。
元成はそれを理解したのかあることを思い出しながら話し出す。
「これは俺の知り合いの女の子の話なんだが」
「……なんですか急に、あなたの話ならそういえばいいのに」
「残念ながらこれは正真正銘俺の話じゃない、俺は男だからな。とりあえずそこに座れ」
元成は石段に座ることを勧め、薫は言われたとおりに石段に座る。
「話を戻すぞ、その知り合いの女の子には兄がいました。小学生の兄妹はとても仲が良かったです。しかし、兄は突然スポーツの習い事を始めてしまいました。それ以来遊ぶ時間がなくなってしまった兄を妹は嫌いになりました。そして妹はあることを考えたのです。それは、兄をこてんぱんに倒せばそのスポーツが嫌いになって再び遊んでくれるようになるのではないか、と。」
「妹さんはとんでもないことを考えたんですね」
「まぁ、それを聞いたときは俺も同じ感想だったな」
薫の顔には自然と笑顔が出てき始めていた。
元成はそれを見て話を続ける。
「その兄はみるみる成長していき、いつの間にか少しではあるが有名になっていました。対して妹は、兄の妹である自分も兄のようにプレーすることができると思っていました。しかし、妹はすぐに現実を突きつけられることになったのです。それは妹が兄と同じスポーツを始めてから一週間後のことでした。兄との直接対決をする日が来たのです。お互いのチームは周りから見ても低いレベルでした。それでも兄が有名になってしまったため妹も兄と同じようなプレイヤーだと思われ期待されていました。しかし、スポーツを始めたばかりの妹にとって試合にはついていくのがやっとになっていました。結果、大敗した妹のチームメイトは負けた原因を妹になすりつけたのです。妹はそれに耐えきることができず、挨拶が終わったらすぐに体育館の外に出て大泣きしました」
「その妹さん、なんだか少しかわいそうですね」
話を聴いていた薫は聞く前の笑顔はなくなっており、悲しげな表情でそう言った。
それを見た元成は鼻で笑い一言、
「かわいそう、か。まぁ、ここまでの話を傍から見たらかわいそうなんだろうな」
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