ひとりの少女と気まぐれな猫
「ここはガキの来る場所じゃない」
そう言い終えて男は銃をしまって扉を閉めた。
「また来てたのか?」
「もうこれで何回目かしら」
「人間と猫が結ばれることはないのにねぇ」
「お前もわかっているだろうルーカス。だから人間の子供なんて助けるなって言っただろう」
「あたしゃあ人間は嫌いだよ」
俺だってすきで助けたわけじゃない。
ただ、それはほんの気紛れだった。
それが悪かった。
「ねーこーさん!あっそびぃーましょ!」
毎日のようにやって来ては昼寝を邪魔された。
「ねえねえ猫さん」
うるせぇな。
のそりと立ち上がりあくびを噛み殺して踵を返した。
「猫さん猫さんどこに行くの?」
さあな。
「⋯⋯わわっ」
宙を掻くような声に振り返ると体が前のめりに浮いていて手を伸ばしていた。
「⋯⋯お前は死にたいのか」
「ありがとう猫さん」
人間はすぐに死ぬ。
死んでも生き返ることはない。
「ここはガキの来るところじゃない。さっさと帰れ」
「嫌だ」
「⋯⋯ああ?」
「だって猫さんともっといたい。話す猫さんといたい」
それから同じ季節を片手で数えられる程には年数が過ぎた。
「ねえ猫さん」
「⋯⋯なんだ」
「私、猫さんと暮らしちゃ駄目かな」
「無理な話だな」
「どうして?」
「俺とお前じゃ生きる時間がちがうしまず種族がちがうだろ。猫は猫。人間は人間と結ばれるんだよ」
「どうして猫と人間が結ばれちゃ駄目なの?」
「今までそんな話は聞いたことがない」
「じゃあどうしてちがう種族なのに話すことができるの?」
「俺が知るか」
「私は猫さんと暮らしたい」
「猫は人間よりも長く生きる。俺はお前を見送るなんてごめんだ」
言葉を聞かないように唇を噛んだ彼女から目を逸らすように「ここは、お前みたいなガキが来ていい場所じゃない。さっさと帰れ」言葉を吐き出していく。
「帰る場所なんてないもん」
「お前がそう思っているだけだ」
目いっぱいに涙をためた彼女を引き止められるほどの優しさは持ち合わせていない。
「⋯⋯猫さんのばかああああぁ!」
それから、ぱたりと少女は会いに来なくなった。
これでよかったんだと思いつつもどこか違和感があった。
まるでぽっかりと穴が開いたような空虚感がある。
いや、気のせいだ。
「おい、ガキ、これ──」
視線の先にはただ床があるだけで、声が返ってくることはない。
そこで、少女が自身の生活の一部となっていたことに気がついた。
「子供というのは飽きやすい性格をしている。だから人間には関わるなと言ったんだ。縁がなかったと思って諦めな」
それが長老猫の言葉だった。
それからいくつの季節を巡っただろう。
ある時、白い髪に揃いの真っ白な耳を生やした猫がやってきた。
その猫からは懐かしいにおいがした。
見覚えのある青い眼に尻尾を少しくねらせて気恥ずかしそうに尻尾の先を握り込んでから変な声をあげていた。
「お前なんで」
「猫さんといたかったから」
「お前はなんで、俺がどんな気持ちで、お前を」
「猫さん、私ね」
少し弾んだ声は重なったふたりの肌に溶けていく。
「⋯⋯馬鹿野郎。少しは話を聞け」
猫になる薬。
それが世界に広まったのはあるひとりの少女の好奇心からだった。
魔女や竜がいるならば人間が猫になってもいいのではないかと少女は思った。
人間だけなにもできないのはずるい。
それが世界に猫が広まった始まりだった。
昔、昔々のお話です。
あるところに猫に恋した人間がおりました。
人間の一生というのは、九回命を得る猫にとっては一瞬に感じられました。
だからふたりが、ひとりと一匹が、結ばれることはありませんでした。
二匹になる前は。
これはそんなひとりと一匹が、いいえ、二匹が結ばれるまでのお話です。
終わり。