ハロウィンで恐怖
「あぁー……」
空を見上げる。
夜空は、まるで俺の心を表すかのように真っ暗だ。
はぁ……疲れた。
アイドルも楽じゃない。
最近、人気が出てきたお陰で仕事が増えて、負担が一気に増えたのだ。
これが、嬉しい悲鳴ってやつなのかなぁ。
「トリック・オア・トリート!」
「......ん?」
子供の声が聞こえて、前を見る。
気がつけば、目の前には死神の仮装をした子供が居た。
今日はハロウィンだ。
周りを見ると、いくつかの家の玄関に、カボチャのランプが飾られていた。
今日のハロウィンバージョンの衣装を思い出しながら、懐を弄る。
目の前の仮装をした子にあげるお菓子が無いか探していたのだ。
「……」
お菓子は無かった。
お菓子を持ってないからと謝り、もう遅い時間だからと帰るように促す。
「ごめんね。お菓子、持ってないんだ。……あと、あまり知らない人に話しかけないほうがいいよ。もうこんなに暗い時間だしね。お兄さんもお家に帰るから、君も帰ろうか」
家に帰って、ご飯を食べて、そして寝よう。
そう考えながら、ベンチから立ち上がり、歩き出す。
……公園から歩いて数分。
もう家まで近い。
もうすぐ……もうすぐで寝られる……。
疲れからか、強い睡魔が俺を襲っていた。
「はぁ……あれ?」
道が無かった。
ここを曲がれば自宅に着くはずなんだが……。
まさか迷ったのか?
一回、さっきの公園に戻ろう。そして、そこからしっかり確認しながら家に向かうのだ。
「トリック・オア・トリート」
公園に戻ると、さっきの子がまだ居た。
お菓子が無いことを謝りながら、また家に向かう。
「……3つ目の角を左に行って、十字路を右へ……よし、あった」
やはりさっきは道を間違えたんだ。
確認したらちゃんと道があったのだ。
ようやく帰れる……。
そう思いながら俺は角を曲がる。
「えっ……? ……は?」
角を曲がると、そこは公園だった。
知らない公園では無い。
「トリック・オア・トリート」
間違いない。
さっきも通った公園だ。
さっきより時間が経っているからか、人が少なくなっている。
......いや、大人は少なくなっているが、代わりに仮装した子供が増えていた。
時計を見る。
時針と分針は、12の文字を指そうとしていた。
もうすぐ0時だぞ?
なんで子供がこんな時間に……。
疑問が頭をめぐる。
いや、そんなことより、家だ。
家が無い……いや、迷ったのか?
さっきは道を一つ一つ確認しながら歩いた。
知っている道だったし、迷う要素なんて無いはずだ。
もしかしたら駅を間違えているのかもしれない。
ありえないと言う心の声を無視して、駅に戻って確認してみる。
……やはり駅は間違ってなかった。
また公園に戻って考える。
この公園はいつも通る場所だから、ここまでは間違えていない。
ここから、俺はどこか道を間違えたのか?
不安だった。
不安で、頭がぐるぐると回るような感覚だった。
さっきから、同じようなことしか考えてない気がする。
先ほど歩いた道を思い出す。
そして、鳥肌が立つ。
背筋が凍る思いだった。
そもそも、さっき、あの十字路から公園に出るはずが無いのだ。
家は公園を挟んで駅とほぼ反対方向で、公園から家へ真っ直ぐ向かっていたのだ。
途中でUターンするように連続で曲がったことも無いし、道が曲がっているようにも感じなかった。
どういうことだ?
これは、これは……なんだ?
分からなかった。だが、何かに追いかけられるかのように、家に向かって走り出す。
家に着いてくれと願いながら。
だが、その願いは叶わず、気がつけば公園に居た。
「は、はは……」
どうしてこうなったのか?
「トリック・オア・トリート」
寄ってくる死神の仮装をした子供を無視して、天を仰ぐ。
そこには、まるで俺を見ているかのような、満月があった。
「......は?」
満月だと?
さっきまで月なんか無かったはずだ。
困惑して、周りを見る。
公園には、大人が居なかった。
代わりに、仮装した子供達が居た。
「トリック・オア・トリート」
子供達が寄ってくる。
その姿に、なぜか恐怖が湧いて、後ずさる。
『トリック・オア・トリート』
一歩近づいてくる。
一歩下がる。
一歩近づく。
一歩下がる。
一歩近づく
一歩下がる
一歩近づく
一歩下がる
一歩、
一歩、
一歩
一歩
狼男の仮装をした子供の、狼頭のマスクが動く。
『とりっく・おぁ・とりぃーと』
「う、うわあぁぁぁぁぁぁ!?」
狼頭のマスクの口が開くと、そこに子供の顔はなく。
代わりに、鋭い牙と、真っ赤な舌が。
マスクじゃなかった。
仮装じゃなかった。
本物だった。
全力で逃げる。
暗い。
夜は街灯がついてるはずなのに、それが無い。
月明かりのお陰で、辛うじて周りが見える。
逃げていると、暗い道に明かりが。
そこへ走ると、あったのはジャック・オー・ランタンを飾っている家。
咄嗟にそこへ向かおうとして、転ぶ。
目の前に、ジャック・オーランタンが。
起き上がろうとして、足に激痛が。
足を挫いたらしい。
動けない。
その場で、頭を抱えて震える。
どのくらい経ったのか。
10分か、1時間か。それともまだ1分も経ってないのか。
「どうしたの?」
声をかけられ、肩が跳ねる。
振り向くと、そこには魔女の仮装をした少女。手にはカボチャのランタンが。
体が反応しそうになるが、どうやら、普通の仮装のようで。
時計を見ると、今はまだ18時くらいだった。
大丈夫だと伝えると、少女はにっこりと笑い、「良かった」と呟くと続けてこう言う。
「トリック・オア・トリート! お菓子をくれないと、いたずらしちゃうぞ?」
何度も聞いたそのセリフに、再び体が反応しそうになるのを我慢する。
そして、必死で体中を探る。
「あっ!?」
飴を見つけた。
それを渡してあげると、少女は「ありがとう!」と言って走り去っていく。
そこで緊張が解けたのか、体から力が抜ける。
だが、ここは道路の端。誰かの家の前だ。
家に帰ろう。
そう思い、立ち上がる。
その後はちゃんと家に帰れた。
今日は色々あった……。
ベッドに入りながらそう思う。
……あれ? 何があったんだっけ。
一瞬そんな疑問が浮かぶが、すぐに消える。
そうだ、ハロウィンのイベントだ。
なぜかそれを一瞬忘れていた。
疲れたんだろう……。
そう思い、目を瞑る。
他に……何かあったような……。
何かが思い浮かびそうになったが、その前に、俺の意識は落ちていったーー。




