9、街の井戸水の浄化
翌朝、リナとラナンは街中の井戸水の浄化をする為に、街の外れへと行きました。街の外れから一つずつ井戸の浄化をして行く計画です。
ラナンは一番最初に目についた井戸に近づくと、井戸の中を覗き込みました。
「‥これが瘴気で汚染された井戸だな。」
ラナンはそう言って、目を閉じて井戸の中に向けて手をかざしました。そして数分後に‥
「‥よし。瘴気を払う事ができた。‥次の井戸へ向かおう。」
「‥えっ、もう終わり?」
「ああ。もう澄んだ水に戻っている。‥僕は出来損ないの魔法使いだから、数分もかかったが、普通の魔法使いなら一瞬で瘴気を払って、浄化させていただろうよ。」
「‥いえいえ、お父さんも充分凄いです!だって、こんなにあっという間に井戸水を浄化できたんですよ。」
「‥僕は凄くなんかないよ‥。」
ラナンは悲しそうな顔をしてそう言うと、次の井戸へ向かって歩き出しました。
この時リナは、何故ラナンが頑なに自分の凄さを認めないのか、疑問に思いました。
「‥‥お父さん、本当に凄いのに。」
リナとラナンが次に行ったのは、最初の井戸から数分程歩いた所の井戸でした。
「‥お父さん、街の井戸は一体いくつあるんですか?」
「‥あっ、そうだ。地図を貰ってたんだった。」
ラナンはそう言って、鞄の中から折りたたまれた街の地図を取り出しました。
「‥お父さん、もっと早くこれを出して欲しいかった‥。」
「‥いや、地図なくても大丈夫かなって思ってね。アハハ。」
リナは、ラナンの大雑把さに呆れながらも地図を開きました。地図には沢山の井戸のマークがついていました。
「‥さっき浄化したのが、この井戸だから‥。」
リナは赤色のペンを使って、地図上で浄化の済んだ井戸にチェックを入れて行きました。そして浄化の済んだ井戸には、『浄化済み』の看板をかけました。
ラナンはリナのその様子を、まるで父親のような表情で眺めていました。
「‥お父さん、なに?」
「いや、うちの娘はしっかりしてるなぁと思ってね。リナについて来て貰って本当に良かったなぁ。」
「‥お父さん、何だか本当のお父さんみたいじゃないですか。」
「‥うん。リナは赤ちゃんの頃から僕の大切な娘だからね。」
ラナンはそう言って、更に顔を綻ばせました。リナはそれを鬱陶しそうに睨みました。まるで本当の娘のように‥。
「‥‥はいはい。それで、お父さん。こんなに何十個もある井戸の水を‥まさか今日一日で全て浄化する、なんて言わないですよね?」
「‥僕は出来損ないの魔法使いだからね、二日間でやるよ。‥普通の魔法使いなら一日で終えてしまうんだろうけどね。」
「‥お父さん、またそうやって‥‥。」
ラナンはまたもや卑屈になっていました。こんなに沢山の井戸の水の浄化を、二日でやるだけでも充分凄いのに‥‥。
そこで、リナはある事に気付きました。ラナンは空が飛べるのです。空を飛べば、き井戸から井戸への移動がもっと楽に早く出来るはずなのです。
「お父さん、空飛べますよね。空飛んで移動したら、もっと早く沢山の井戸水を浄化していけるのでは?」
リナは、空を飛べない自分を置いて行っても良いんだよ、という意味も込めてラナンにそう言いました。
「‥僕は早さをあまり求めてないんだ。それよりもリナとこうして一緒に作業しながら、ゆっくりと進んで行きたいよ。それにね、あまり魔法使いっぽい事をして、街の人を驚かせたくはないんだ。あくまで自然に作業を進めたい。」
「‥お父さん、私や街の人達の事を考えてくれての事だったんですね。さすがです。」
リナは、ラナンの優しさや、街の人達への気配りに改めて感心しました。そして、尊敬の念を持って、ラナンの事を眺めました。
「‥リナ、僕の事を見過ぎ。恥ずかしくて集中できないや。」
「‥あっ、ごめんなさい。」
「‥そうだ、リナも浄化魔法をやってみる?」
ラナンは、昨日の話を覚えていたようです。
「‥お父さん、やっぱり私には無理だと思います。」
「大丈夫だって。ほら、手を翳して‥水から瘴気を取り除くイメージをしながら、ゆっくり呼吸を繰り返して。‥‥どう?イメージできた?」
リナはラナンに言われた通りに、井戸の水に手をかざしてやってみましたが、自分に浄化というものが出来ているのかどうか、さっぱり分かりませんでした。
「‥お父さん、ごめんね。全然出来ない。」
リナがそう言うと、ラナンは井戸の中を覗き込み、黙って手を翳して浄化をし直しました。
「‥ごめん、リナ。僕の教え方が悪いんだと思う。君のやり方では井戸の水は浄化出来なかったみたいだ。‥僕がもっと凄い魔法使いなら、君に浄化魔法ぐらい簡単に教えられるのに‥‥。」
リナはその言葉にカチンときてしまいました。素人のリナに、本気で魔法が使えると思いこんでいるところや、ラナンが自分の魔法能力を卑下している事が許せなかったのです。
「‥お父さん。そもそも魔法なんて、素質がないと使えないものなんです。だから、私が魔法を使えなくても当然なんです!それに、お父さんは全然出来損ないなんかじゃありません!立派な魔法使いですよ。いい加減に認めて下さい!」
リナはとうとうラナンに大声で怒ってしまいました。
「‥リナ、君に無理を言ってごめん。あと‥気を使わせてしまったようだね、ごめんね。」
リナに叱られたラナンは、落ち込んで項垂れてしまいました。
「‥‥ごめん、お父さん。私こそ言い過ぎちゃった。お父さんの事は尊敬してるのに‥何でか時々苛々させられちゃうの。」
「そうか、尊敬してくれてるんだな。ありがとう。」
二人はお互いに苦笑いをしながら、再び作業に集中する事にしました。
その後ラナンは、街の中の半分以上の井戸水を浄化してしまいました。その数はおやそ20個ほど‥‥。中にはとても汚染されていた水もあったのに‥。
リナはラナンの事を、やっぱり凄い魔法使いだなぁと尊敬するのでした。