3、魔法使いとの出会い
リナは、フラフラと真っ暗な林の中を歩いていました。夜の林の中は昼間と違って、とても恐ろしく感じました。
リナは、これ以上進むのは危険だと判断して、木の上に登りました。
木の上からは、燃え尽きてしまった教会の様子が良く見えました。
「‥こんな事になるなら、少しくらいのお金や食べ物を持ってくるんだった‥。」
リナはそう呟くと、木の上で静かに眠りにつきました。
林道では、ランプをもった領主様の館の人達が、必死にリナを探していました。リナを見つけ出して殺そうと思っているのでしょう。
ですが、リナの眠る木の枝は、人々のランプの光が届かないほど上にありましたし、それに、まさか若い女性が木の上に登るだなんて予想もしていなかったのでしょう。
ランプを持った人々は、しばらくするとリナを探す事を諦めて、領主様の館へと帰って行きました。
一方、その頃トランタ王国のペンタス公爵領を訪れる者がいました。黒いフードを被り、いかにも怪しげな男でした。
彼は、山の上で教会の焼き跡を見つけると、一瞬絶望の色を見せましたが、落ち着いてから、焼き跡の中を歩きまわりました。
「プレートはどこだ?‥火にも負けないプレートだぞ‥。」
彼が焼け跡の中をいくら探しても、プレートらしき物は見つかりませんでした。
「‥あのプレートは、持ち主から絶対に離れられないようになっているんだ。‥ここにないという事は‥。彼女は、きっとまだどこかで生きている!」
彼は確信に満ちた顔でそう言うと、山の上から辺りを見回しました。
「‥あの林が怪しいな。」
そう言って、彼は迷いなくリナの入って行った林の中へと入って行きました。
彼は、灯りも灯さずに林の中を歩いて行きました。肉眼を閉じて、内側の目を開きます。視野を林全体に広げて、プレートの存在を探っていきました。
「‥あった。目印のプレートが反応した。」
彼はプレートの反応を追って、リナのいる木の枝の近くまでジャンプしました。
「きゃあっ。」
リナは‥突然暗闇の中に浮かんで現れた、黒フードの人物に驚きました。黒フードの男が、暗闇に浮かびながら自分の方に寄ってくるのです‥‥恐怖で体が震えています。
「‥君は、そのプレートをどうして持ってるんだい?」
「‥‥このプレートは私の物です。赤ちゃんの頃から持っていたんです。」
リナは恐怖に怯えながらも、不気味な男の機嫌を損ねて殺されないように、必死に答えました。
「じゃあ、やっぱり君はあの時の赤ちゃんか。‥‥こんなに綺麗な女の人になっちゃって‥‥。」
「‥私の事を知っているのですか?」
「勿論。だって、君が死にそうになっていたのを助けたのは僕だからね。」
「‥えっ?」
「‥その木の枝、丈夫なのかな?‥隣、良いかい?」
「‥えっ、あっ‥‥はい。どうぞ‥。」
怪しい男は、リナの隣に腰掛けるとリナの顔をまじまじと見つめました。
「‥本当に綺麗だ。あの赤ちゃんがなぁ‥。ところで君は今何歳なの?名前は誰かに付けて貰ったの?」
「リナと言います。‥‥16歳です。」
「リナか!良い名前だ。‥それにしても、16歳とはなぁ。よく無事にここまで大きくなってくれたね。‥牧師には本当に感謝しなくてはいけないな。」
「‥‥牧師とは、私の養父の事ですよね。‥死にました。亡くなった時、養父は120歳でした。その後は私一人で暮らしていました。ですが、先程火事で家を失くしてしまい、今は途方にくれている所です‥‥。」
リナは、彼と少しの会話を交わしただけにも関わらず、いつしか彼に心を開いていました。そして、思わず自分がここにいる理由を話してしまいました。
「‥‥大変だったね。」
彼は、リナの話に心から同情してくれている様でした。それに、リナがここに来た経緯をよく知っているようにも思えました。
「‥あの、良ければ私の事を教えてもらえませんか?‥私、実は赤ちゃんの時に捨てられてたんです。なので、本当の親の事やここへ連れて来られた経緯を知らないのです。」
「‥‥君をここへ連れて来たのは僕だよ。‥僕は悪い魔女に追われていたから、赤ちゃんだった君をとりあえず教会の牧師に預ける事にしたんだ。‥‥それで、今迎えに来たところなんだよ。」
「‥‥迎えに?」
「ああ、そうだよ。‥ごめんね、16年も待たせてしまって。僕は実は‥魔法使いの落ちこぼれなんだよ。だから、悪い魔女にやられてボロボロになって一度死にかけたんだよ。‥そんな僕だけど、僕を助けてくれたお師匠様のもとで修行して、今やっと魔女を倒して来たところなんだ。
‥‥でも、僕は馬鹿だから、肝心な事を魔女に聞き忘れてしまった。‥まぁ、聞いたところで教えてくれるような魔女じゃないがね。」
「肝心な事とは何ですか?」
私は彼が魔女に聞こうとした、「肝心な事」というのがとても気になり、思わず聞いてしまいました。
彼は私の顔を見つめたまま、しばらく考え込んでいました。
「‥いや、大した事じゃないんだ。大丈夫。」
「‥あっ、でも肝心な事ってさっき‥‥。」
「‥いや、きっとなんとかなると思う。それはそうと、君は行くあてがないと見たが、どうだい?僕としばらく旅をしないかい?旅をしながら、僕はその肝心な事‥‥じゃなくて、大した事じゃない事の解決策を探すつもりだ。
君は‥‥君のなすべき事はなんなのだろう?まあ、とりあえず何も考えずに僕と旅をするのも良いだろうよ。」
リナは男に付けて行きたい気持ちになりました。‥正直なところ、一人ぼっちで途方にくれていたところだったので、彼の申し出は願ってもない事でした。
‥‥ですが、リナは男女が共に旅をする事に少し抵抗を感じていた為、すぐには返事を出来ずにいました。
‥そんな、リナの心を見透かしたかのように、彼が言いました。
「‥あっ、そうか。君は年頃の女の子だから、僕と旅をするのが不安なんだね。‥それに僕の正体もまだ見せていないしね。」
彼がそう言って黒いフードを取ると、そこには美しい黒髪の美青年の顔がありました。
「‥‥!」
「‥これが僕の本当の姿ね。次にこれが‥‥」
私の目の前で、彼の髪色や顔が少しずつ変化をしていきました。髪色は、少し白髪の混ざった鼠色になり、顔にはいくつもの皺が刻み込まれていきました。
「‥よし。これで君の父親ぐらいの年齢に見えるだろう。僕は落ちこぼれの魔法使いだけど、「変身」魔法だけは得意なんだよ。
ちなみに、赤ちゃんだった君を助ける時に僕はまだ5歳だったけど、大人の男に変身して助けたんだよ。
さあ、君と僕は今から父親と娘だ。これで、君の心配事はなくなったはずだよ。
僕と一緒に旅をするかい?」
「はい!一緒に旅に連れて行って下さい。」
父親と娘‥‥そんな言葉の響きに惹かれてしまったからなのか、目の前の彼に親しみを感じてしまったからなのかは分かりませんが、リナは迷いなく彼に付いていく事を決意したのでした。