97・姉は強し
書籍版2巻が発売決定です。詳細はあとがきにて記しています。
「ははは、大した自信だね」
俺を見据えつつ、ユリアーナが両手で剣を構える。
しかし──無意識だとは思うが──その声はじゃっかん震えていた。
汗が頬を伝って床に滴り落ちた。
「強がってはいるが、今のお前は俺に恐れをなしているように見えるが?」
「恐れている? はっ!」
一笑するユリアーナ。
「そんなことはあり得ない。武闘大会の時を忘れたかい? 最後、君に見せたボクの本来の魔力だ」
「ああ、覚えている」
あの時はさすがの俺でも、てこずったな。
「今のボクはそれを完全に使いこなせている」
「…………」
「これがあれば、君と対等に渡り合える。楽しい戦いが出来そうで、武者震いしてしまうほどさ!」
それはまるで自分に発破をかけるかのようであった。
自らを奮い立たせ、俺に立ち向かおうとしている。
裏切りの騎士であるが──その姿はまさしく、自分よりも強大な敵に立ち向かう勇者そのものだった。
そんな彼女の言葉に、俺は黙って耳を傾ける。
──やはり、そういうことか。
武闘大会の時には気が付かなかった。
だが、今の俺なら彼女のことが手に取るように分かる。
「……? どうして君は構えない?」
不審がるユリアーナ。
いつでも飛び掛かれる彼女に対して、俺は剣すら抜いていないからだ。
「……よく考えたんだがな」
俺は腕を組み、こう言葉を続ける。
「そもそも、俺にはお前と戦う理由がない」
俺が一言そう告げると、ユリアーナはなにを言われたのか理解出来ないのか──目を丸くした。
「なにを言っている……?」
「お前がどうしても戦いたい……って言うなら、少しは遊んでやってもいいと思っていた。だが、違う。お前は──俺と戦いたくないんだろう?」
いわば、今のユリアーナは心の悲鳴を押しとどめ、無理やり剣を握っているに過ぎない。
俺の言葉を挑発と受け取ったのか、ユリアーナの表情と声が怒気を孕む。
「なにを言っている! もしかして一度、剣を交わせたボクに友情なんかを感じているわけ? だからボクが君たちを裏切ったなんて、信じられない……と。なら君には失望したよ」
言葉とは裏腹に、ユリアーナの声からは戸惑いも感じた。
「ボクは君たちを裏切った。その事実は変わらない。それにたった一度、戦っただけで、友情を感じられても困るんだけど? これだからモテない男は……」
おい。
なんか余計なことを言われた気がしたが。
まあモテないことは否定しないが……って、俺はなにを考えている。今は彼女の言葉に動揺している場合ではないはずだ。
それに。
「その理由は二つとも違う」
ユリアーナの言った言葉を、俺は短く否定する。
「すぐに終わる」
「──っ!」
ユリアーナの息を呑む音。
それも仕方がない。
何故なら、俺は一瞬でユリアーナの目と鼻の先まで移動したからだ。
ユリアーナの超反応をもってですら、俺の姿を捉えることが出来なかった。彼女と俺の力量さにはそれくらいの差がある。
「ちいぃっ!」
舌打ちしながら、ユリアーナがその場から離脱しようとする。
しかし──遅い。
俺は左手で彼女の肩を掴み、右手で彼女の額に軽く手を当てた。
「一体なにを……」
ただそれだけというのに、ユリアーナはもう逃げられない。
「おとなしくしていろ」
彼女の両眼をジッと見つめたまま、俺はそう言葉を吐く。
……やはりそういうことか。
ユリアーナの中に、異質なものが混じっている。これが邪魔をしていたわけだ。
これを取り除くためには、方法は一つしかない。
ユリアーナが死ぬことだ。そうすれば、この異質を取り除くことが出来る。
彼女を生かしたまま、異物を排除することは不可能なのだ。
だが──。
「終わった。これでお前の中にある爆弾は除去した。もう自由に喋ってもらっていいぞ」
どんな不可能も、今の俺ではゴミみたいなものだ。
「「へ?」」
そんな腑抜けた声は俺の後ろから聞こえた。
アリエルとエドラだろうか。二人は一体なにが起こって──そして俺がなにを言っているのか、分からないに違いない。
だが、当の本人ユリアーナはそうでもなくて、
「なっ……どうして、そのことを……!? それに除去した? そ、そんなの! 君に出来るわけがないっ!」
と声を荒らげる。
「とはいってもだな……」
俺は頭を掻き、話を続ける。
「取り除いたことは事実だ。意識を集中させてみろ。今まで、お前の思考を邪魔していた不純物がなくなっているはずだ。そのことが感知出来ないほど、お前は弱くないだろう?」
「そ、そんな……バカな……」
ユリアーナは同じことを繰り返しつつ、額に手をやって後退する。
完全に平常心を失っていた彼女ではあるが、すぐに俺の言ったことが真実であることに気付いたのだろう。
「ほ、本当に……なくなっている……?」
と震えた声を発した。
「ブリス。なにが……」
「説明して」
一方、アリエルとエドラは俺の方へ歩み寄り、そう質問を投げかけてくる。
どうやらエドラも完全に傷が癒えたようだ。
「ああ、すまない。説明している場合でもなかったから省略したが──二人は訳が分からないよな」
彼女たちの方を振り返って、俺は説明を始めた。
「まずユリアーナに巣食う、この光り輝く魔力。これは明らかに異常であった」
「異常……? それは見たら分かるけど……」
まだエドラはピンときていないよう。
「おそらく、何者かが彼女にこの魔力を付与したに違いない。そう──これは彼女本来の魔力じゃなかったんだ」
「後付け……? で、でもそんなことをしたら!」
エドラは気付いたのだろう、彼女にしては珍しく声を大きくした。
「ああ──寿命は縮む。本来の魔力でないものを後付けされて、無理矢理引出そうとするなら普通はそうなる」
無論、支援魔法で相手に魔力を増やして──という話ではない。これはもっと強引な手法を取っている。
「一体、わたくしにはなにがなんだか……」
「魔法使いじゃないアリエルには、理解しがたい話じゃないだろうな。そうだな……もっと分かりやすく説明すると、それは自分自身を武器に変えてしまうような所業だ」
つまり支援魔法というのは、相手に剣を握らせるような行為。
対して、ユリアーナが持っていた魔力は、自分の右腕を剣そのものにしてしまようなものだ。
そんな無茶な真似をすれば、たちまち体に拒否反応が出る。それに一度剣になってしまった右腕は、元には戻らないのだ。
「そういうことが出来る……って、お父さんから聞いたことがある。でもそれって禁術だったような?」
「さすがエドラだな。その通りだ」
千年前、世界中で戦争をしていた頃。
この技術を自国の兵士に施し、使い捨ての兵器として使っていたという記録が現代にも残っている。
しかし戦争が終わった後、それは非人道的な行為と非難され禁術となった。
そして長い年月を経て風化し、今ではその技術も失われてしまったというが……何者かが、この禁術を復活させたということだろうか。
「まさか人間にそんなことが出来るとはな……」
「|人{・}|間{・}|に{・}……? はまさか──」
「エドラ。なかなか察しがいいな。ご名答──魔王はいくつかの禁術を使える」
そう言うと、エドラは唖然と口を開いた。
「禁術──わたくしは魔法使いではありませんが、その使い手がどれだけすごいのかは知っています。そんなものがユリアーナに施されていたなんて……」
「そう驚くことでもないぞ。こんなの、大したことじゃない」
「「大したことある」」
ユリアーナとエドラがそう声を揃えた。
俺は二人が詰め寄ってくるのに対して、ただ頭を掻くのみ。
……まあこれくらい、魔王のやれることの範囲ではあまり驚嘆に値することでもないというか……。
だから禁術がこの世に復活していたと聞いても「あっ、そう?」と、いまいち驚くことが出来ない。
「まあ──ユリアーナの黄金の魔力については、これで説明が付いたな。そしてもう一つ──この魔力にはユリアーナの行動を阻害するものも付与されていた」
「なんでしょうか?」
「おそらく、この魔力をユリアーナに仕掛けた人間がいる。そして……そいつの意に反した言動を、ユリアーナが取った際──彼女の体が内側から崩壊する。そういう類のものだ」
俺の言ったことに、アリエルとエドラは息を呑む。
「だからアリエルたちには本当のことすら喋れず、二人──そして俺と戦うしか方法がなかったわけだな。全く……これを施したヤツはとんでもないことをしてくれる。そうだよな、ユリアーナ?」
そして再びユリアーナの方を向いた。
「ぜ、全部その通りだ……そのせいで君たちに事情を説明することすら出来なかった。で、でもっ!」
ユリアーナは胸に手を当て、必死にこう訴える。
「これはボクだけの問題じゃないんだ!」
「ほお?」
「弟をヤツらに人質に取られてしまって……万が一、ボクがしくじったら場合、弟がヤツらに殺されてしまう! このこともいつ発覚し、弟が危険な目に遭わされるのか──」
「ふっ……なるほどな。そういうことか。だから……」
「だから?」
ユリアーナが訝しむような目線を向ける。
「アリエル、エドラ。ここに来るまでの経緯を手短に説明してもらってもいいか?」
「ええ。最初──」
そこで俺は彼女たちから話を聞いた。
俺がいない間、アリエルたちはユリアーナに城まで連行されるとことであった。
しかしカミラ姉とクレア姉が颯爽と助けに入った。
そして寸前のところで、転移石を使ってユリアーナがアリエルだけをここに連れてきて、エドラがその後を追いかけてきたことも……。
「ふむふむ。ならやはり大丈夫そうだな。なあユリアーナ」
俺はユリアーナを安心させるために、彼女を両肩を掴んだ。
「弟っていうのは俺も一緒だ。そして──お前みたいな頼りがいのある、強い姉がいることもな」
そう言って、城内にいる二人に通信魔法を飛ばした。
『ん? ブラッドか?』
少し離れた相手とも会話が出来る通信魔法。
それを使うと、『魔法』の最強格──クレア姉の声が聞こえてきた。
「そっちはどうだ?」
『そっちは……って、どうしてこっちの事情を──と言っている場合でもないか。ここにお主がいるということは、魔王の試練もクリアしたのじゃろう。なら儂たちの行動が筒抜けなのも納得出来る』
『おぉ、試練をクリアしたのか! はっ! まあ私はまっっっっったく心配してなかったがな!』
カミラ姉の声も聞こえてくる。
「……で、どうなんだ?」
『うむ……無論、その女騎士の弟とやらは救い出した。案の定、城の地下に閉じ込められておったな』
「やはりか」
『自分で説明しといてなんじゃが──この説明でちゃんと分かっておるのか? 色々と端折ったが』
「問題ない」
『おい、ブラッド。魔王の試練はどういう内容だったんだ? どんな強い敵と──』
カミラがまだ喋りたそうだったが、こいつらと仲良くお喋りしている場合でもない。
俺は彼女の話を無視して、通信魔法の発動を止めた。
「今のはユリアーナも聞こえていたな?」
「ど、どうして……なんでそんなことを……」
ユリアーナは理解が追いついていないのか、まだ喜びを表に出していない。
「俺の家族はな、読心魔法が使えるヤツもいるんだ。いくら反抗を封じられているからといって、それはお前の思考までをも縛るものじゃなかったんだろう?」
この城内に着いた瞬間、強大な力を二人分感じた。
とはいえ、垂れ流しの状態ならまともに行動することも出来ない。
最低限隠しているようではあったが……まあ、俺の前ではそんなものは児戯に等しい。
だからすぐに気付いた。
この力は……カミラ姉とクレア姉のものだと。
そしてユリアーナと対峙した時、クレア姉は彼女の頭の中を読んだ。
その際、クレア姉もユリアーナの体内を巣食う魔力──そして人質になった弟の存在を知ったんだろうな。
アリエルとエドラがユリアーナと戦っている最中──それは奇しくも良い時間稼ぎとなった。
その時間でクレア姉は城に張られていた結界を破壊。
中に潜り込んで、ユリアーナの弟を救出し……という流れだろうな。
「……というわけだ。だからユリアーナ、もう一度言う。お前を縛るものはもうなにもない。自分の心を裏切って、俺たちに対して剣を向ける必要は──どこにもないんだ」
「──っ!」
俺のその言葉にやっと頭が追いついたのか。
彼女は俺の胸に顔を埋め、感動の涙を流したのであった。
おかげさまで、2巻がKラノベブックス様より6月2日ごろに発売決定となりました。
既に表紙画像も出ていますので、このページのさらに下部にて公開しています。
よろしくお願いいたします。





