93・利口ぶってるんじゃねえ!
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「まあここで貴様と言い争っている場合ではない」
「今は蒼天の姫を取り戻さなければ……じゃな」
カミラとクレアはお互いを見やって、そう指針を定めた。
いや……正しくはやっと決めてくれた、といったところか。
(なんかカッコつけてるけど……なかなか喧嘩をやめてくれなかったし……)
エドラはジト目で二人を眺めながら、思った。
長々と語彙力の低い口喧嘩をした後──最初にカミラが剣を抜いた。それに対抗して、クレアが魔法で発動しようとした。
両者の間にバチバチと火花が飛び散る。
いつ爆発してもおかしくなかった。
無論──エドラはそれを止めようとしたが、出来ない。
当たり前だ。
先ほどの戦いを見ていなくても、カミラの佇まい、そしてクレアの魔力を見ていれば嫌でも分かる。
どちらもあのブリス以上の力。
こんな中に、エドラが飛び込むのは最早自殺行為だった。
ゆえにエドラはぽつーんと、二人のやり取りを眺めていたわけだが──。
「おい、そこの女」
やっとのことで、カミラがエドラに意識を向けてくれる。
「貴様はあの蒼天の姫の仲間だな?」
「……うん。名前はアリエルっていう。突然、そこで倒れている人達が宿屋にやってきて──」
とエドラは言葉を続けようとしたが、それをカミラは手で制する。
「説明はいい。事情は大体聞いているからな」
「しかし……まんまと蒼天の姫をヤツらに攫われてしまったのじゃ。このままでは魔王様のところに帰りたくても帰れない」
「このまま手ぶらで帰っても、魔王様に怒られるだけだ」
「間違いない」
うんうん、とカミラとクレアは頷く。
「えーっと、カミラさん? あなたも、もしかして……ブリスの仲間?」
それすなわち、魔王軍ということだ。
「ん? 言ったではないか。私はカミラ。魔王軍四天王、『剣』の最強格の位を与えられている」
(そもそもそんな説明受けた覚えなんてないけど……)
ここまで話を聞いていれば、カミラの正体は大体予測は付いていたが……それでもエドラは驚いた。
そもそも魔族ですらエドラは今まで見たことがなかった。
魔族はそれほどの存在。滅多なことで人前に姿を現さないのだ。
しかもその中でも魔王を除いて、最上位の実力を誇ると言われる四天王──そんなものが一人だけではなく二人もいたら、さすがのエドラとて混乱せざるを得なかった。
「さて。自己紹介も終えたところで、今からのことを話し合うのじゃ」
クレアが顎に手を当て、なにかを考えながら口にする。
「あの女騎士が転移した場所は逆探知した。あの王城の中に転移したようじゃ」
そう言って、クレアは後ろを指差す。
その指の先には、天高く聳え立つ王城があった。
「あんな一瞬だったのに……逆探知なんて出来るの?」
「ふんっ。これしきのこと、朝飯前じゃ。もっとも、ヤツらの転移を防げなかった時点で、あまり威張れることでもないのじゃがな」
とクレアは顔を顰める。
そうは謙遜(?)しているが、とてつもない力である。
そもそも転移魔法で向かった先など逆探知出来ない。仮に出来たとしても、事前の準備かつ、かなりの時間が必要だ。
(さすが四天王さん……私が今まで学んできた魔法の常識なんて、バカバカしく感じるくらい)
こうして何気なく喋っているだけでも、クレアのすさまじい力に鳥肌が立った。
それはエドラが優れた魔法使いだからこそ、余計に理解出来たのかもしれない。
「じゃあ、あそこまで行って蒼天の姫を奪い返せばいいわけだな。簡単な話じゃねえか」
ポキポキと拳を鳴らすカミラ。
「まあその通りじゃが……時間が足りなすぎるな。いくらなんでもヤツらが、このことを計算に入れていないとは思えない」
「どういうことだ?」
「お主は一から十まで説明しなくては分からぬのか? ──あちらさんがなにか策を講じている可能性があるということじゃ」
クレアが呆れたように溜め息を吐く。
しかしカミラは「ハッ!」と笑い。
「たかが人間共のやったことだろ? そんな策ごとぶっ壊しちまえば、済む話じゃねえか」
「先ほどまんまとヤツに転移の魔法石を使われ、この場から逃げられたことをもう忘れたのか?」
「あ、あれは油断してたんだ! 今度こそは……」
カミラが言い淀む。
どうやら、カミラは直情型の人間のようだ。
今までそれでなんとかなってきたのだろう。
現にこれだけの強さなら、小細工を弄するよりも、真正面から突破した方が敵は嫌がると思う。
「あと──王城に結界が張られておるな」
クレアが王城を見上げながら、こう続ける。
「人間にしては、なかなか強力な結界じゃ。カミラ一人で行ったところで、城の中にすら入れないじゃろうな」
「貴様がさっさとその結界を壊せばいいだけじゃねえか」
「いや……さすがの儂とて、あの結界を壊すには時間がかかる。時間にしては三十分ほどじゃが、その間にヤツらが蒼天の姫になにかを仕掛けないとは限らない。儂らが踏み込んでくるのは、予想しているじゃろうしな」
「時間が問題なら、転移魔法で踏み込むってのはどうだ? なかなかいい考えだろう!」
「……残念じゃが、もう魔力切れじゃ。転移魔法を使うためには、一日は休まないといけないじゃろうな」
クレアが肩をすくめる。
……八方塞がりの状態。
こうして話し合っている時間も、もったいなかった。
(……でもクレアさんは城の中に直接転移さえ出来れば、なんとか出来るような口ぶりだった)
だが、クレアが使えないとなったら、現状為す術なしだ。
せめて、ユリアーナと同じように転移の魔法石さえあれば──。
「あっ」
そこでエドラは気が付く。
彼女は服の内側に手を入れ、一つの魔石を取り出した。
「クレアさん。これだったらどう?」
「それは……転移の魔石か?」
クレアが目を大きくする。
この魔石はノワールを出る前、ギルドマスターのモーガンから預かったものだ。
なにかノワールで緊急事態が起これば、ブリスだけでもすぐに戻れるようにするための魔石であったが、まさかこんなところで役に立つとは……。
「これでみんなで城の中に転移して、アリエルを取り戻しにいけばいい」
希望の光が生まれた。
だが。
「……ダメじゃな。その魔石で転移出来るのは、せいぜい一人までじゃ。みんなで行くことは不可能」
「だ、だったら! カミラさんかクレアさんのどちらかがこれを使って、アリエルのところに行けば……!」
本当はエドラだって、自分がアリエルを救いにいきたかった。
しかしエドラが行っても、上手くいくとは限らない。
エドラは破格の魔法使いであるが、それでもユリアーナ一人にすら勝てないだろう。
ならば勝算が高いカミラとクレア、どちらかが行った方が絶対に良い。
ゆえにエドラは二人に魔石を預けようとしたが……。
「「…………」」
カミラとクレアはエドラを見て、なにも言葉を発しようとしない。
その瞳はエドラの覚悟を確かめているようであった。
そしてやがて──。
「いや──それは貴様が使うといい」
とカミラがエドラの肩を叩いた。
「えっ……?」
「そうじゃな。それが一番じゃ。それに……先ほどのユリアーナの様子で気掛かりなことがある。儂らはそれを調べる必要がある」
クレアもカミラの意見に同調しているようだった。
「で、でも! 私じゃ、アリエルを助け出せない! カミラさんかクレアさんの方が強い──」
「でも貴様、自分でアリエルを助けにいきたいんだろう? そんな泣きそうな表情を見たのに、私がそれを使えねえよ。戦いの最中にも、貴様の顔が散らついて集中出来ない」
カミラの優しげな声。
それは今まで、すぐにでも城に乗り込むことを口にしていた者の声音とは思えなかった。
「で、でも!」
「ああ! でもでもでもでも、うるさいな!」
突如、カミラはエドラの目と鼻の先まで顔を近付け、こう告げた。
「大事なのは貴様の意志だろうが! 自分がしたいことを押し留めて、それで利口ぶってるんじゃねえ!」
「──!」
その言葉でエドラは思い出した。
(私の意志……)
彼女がどれほどアリエルのことを思っているか……についてだ。
今まで孤独だったエドラ。
そんなエドラの日常が輝き出したのは、ブリスやアリエルに出会ってからだった。
──助けたい。
自分じゃ力不足かもしれないけど……だったら、命を賭してでも彼女を助けよう。
そのためなら自分の命なんて、どうなってもいい。
それが自分の出来る、アリエルへの恩返しなのだから。
自分の気持ちに気付いたエドラは、カミラの瞳を真っ直ぐ見つめ返し。
「……うん。分かった。私、アリエルを助けにいく」
「よし、その目だ」
そう言って、エドラの頭を撫でるカミラ。
「……勘違いするな。そもそも儂はお主が行くのが、一番勝算が高いと思っておる」
一方、クレアは冷静に口を動かす。
「一番……高い……?」
「うむ。お主が一番蒼天の姫のことを知っておるからのお。それに……そろそろヤツも帰ってくるじゃろう。悔しいが、そうなった時にヤツの意思の強さを一番引き出せるのは、お主が近くにいることが一番とて」
「……?」
クレアの言う『ヤツ』というのが誰のことか分からず、クレアは首をひねるのであった。
「そうと分かれば、さっさと行け」
カミラが拳でエドラの頭を軽く小突く。
「まあこれでも、私は人を見る目がある方だ。貴様だったら、絶対に蒼天の姫を救い出せる。自信を持ちな」
「……はい!」
力強く返事をするエドラ。
そして……すぐに転移の魔石に魔力を注ぎ込む。
魔石が発動し、目の前が真っ白となった──。
当作品の書籍版の発売日が、とうとう今日になりました!
よろしくお願いいたします。





