92・力を合わせて
宿屋から出て。
市内の異常な光景を見て、エドラは動揺を隠せなかった。
(どうして……? 《大騒動》はおさめたはずなのに、魔物が街中を歩き回っている……なにが起こってるの?)
我が物顔で市内を闊歩している魔物。
しかしなんらかの力で制御されているのか、暴れまわったりはしていない。
それどころか、市民らしき人間の姿が見当たらなかった。おそらく建物の中に引きこもっているのだろうか。
代わりに騎士団の人々が剣を片手に歩き回っている。
本来、魔物と戦わなければならない彼等は魔物を見ても戦おうとしない。まるで魔物達と共闘を敷いているかのような光景。
ある意味では──静かな街。
だが、いつ爆発してもおかしくないような……そんな危険をはらんだ雰囲気をエドラは感じ取った。
「ユリアーナ。わたくしをどこに連れて行くつもりですか?」
前を先導するユリアーナに向かって、アリエルが敵意丸出しで問いかける。
現在……アリエルとエドラは両手を縄でくくられている。四方には他の騎士達もいて、簡単に逃げられそうにはない。
アリエルの問いに、ユリアーナは顔を前に向けたまま答える。
「神の御許だよ」
「神?」
「これ以上は君は知る権利がない。君達はなにも心配する必要はないんだ」
「……こんな手荒な真似をされて『心配する必要はない』と言われても、説得力がないんですか?」
アリエルは視線をきついものにして、ユリアーナに再度問いかける。
「手荒? なにがさ。君がボク達に反抗せずに付いてくるなら、こんなことをするつもりはなかったけどね。本当なら丁重にお迎えしたいところさ」
しかし一方のユリアーナはひょうひょうとしたものである。
「どうして魔物が市内を歩き回っているんですか? 騎士団は民の方々を守るのが使命なのでは?」
「…………」
「恥ずかしいと思わないんですか? どのような事情があってのことかは知りませんが、このままではあなた達は魔物と同じです。人々に害をなす……」
そうアリエルが挑発を続けようとした時であった。
ユリアーナが立ち止まり、くるっと後ろを振り返る。
(え……)
彼女の意外な行動に、エドラはすぐに動くことが出来なかった。
ユリアーナはそのままアリエルの胸ぐらを掴み、顔を近付けてこう言う。
「君になにが分かる? なにも分かっていないくせに」
「……っ! あなたが守るべき存在を忘れ、筋が通らないことに手を染めていることは事実でしょう。それを棚に上げて……」
「忘れていない!」
ユリアーナがアリエルを弾き飛ばす。アリエルが地面に尻餅に付いた。
そしてユリアーナは剣を抜き、アリエルに突きつける。
「なにも分かっていないくせにごちゃごちゃ言うな! なんなら、今ここで君のお友達を殺そうか? 君以外の処遇については、上から特に命令を受けていないからね」
ユリアーナの視線がエドラを向く。
その物々しい気迫に、一瞬エドラは気圧されてしまった。
(すごい殺気……)
凍てつくような冷たい殺気。視線だけで相手を殺してしまいそうだ。
だが──半面、エドラはユリアーナの表情に不思議な悲しさを感じた。
「お、お止めくださいっ! エドラに変なことをしたらタダでは済みませんから!」
気丈にもアリエルは立ち上がろうとする。
「ダメ……っ! アリエル」
ユリアーナへの恐怖を抑えながら、エドラはそう声を絞り出す。
ユリアーナの力は絶大だ。
アリエルは武闘大会で彼女に敗北したのだし、ここには他の騎士もいる。
いくらアリエルとエドラが力を合わせても、ここから逃げ出すことは不可能だろう。
ゆえに反抗したい気持ちを必死に押さえつけ、こうして彼女達の命令に従って付いてきているのだ。
エドラはアリエルを止めようと、足を踏み出し──
「おお、丁度いいところだったか」
「手遅れにはならなかったようじゃな」
その瞬間。
彼女達の前の空間に歪みが生じた。
「え……?」
そして空間の歪みから、二人の女性が姿を現す。
「クレアさん!」
アリエルが声を発する。
そう……現れた二人の女性、一人は魔王軍四天王のクレア。
そしてもう一人は……何者だろうか?
長身のキレイな女性で、これまた長い刀を腰に携えている。その佇まいからタダものではないことが、エドラにも分かった。
「おい、クレア。あれが魔王様の言っていた蒼天の姫とやらか?」
「その通りじゃ、カミラ。あの者を奪い返したら任務は完了じゃ。お主との短い珍道中も終わりを迎える」
「はっ! それはさっさと片付けなければならないな。貴様と同じ空気を吸うのは耐えられないからな」
「それはこっちの台詞じゃ。魔王様もいないのじゃし、ここで決着をつけるか?」
「それもいいな」
クレアと腰に剣を携えた女性──カミラと呼ばれている女性が、お互いを罵り合っている。
そしてとうとうカミラが剣を抜く。
「そもそも今回の件も全て貴様が悪い。『魔法』の最強格(笑)なんだろう? 探索魔法でさっさとブラッドを探し出しておけば、魔王様も激怒しなかった」
「体力バカのお主に言われとぅない。儂に頼る前に、まずは自分の足を動かせ。もっとも──バカなお主にこんなことを言っても、分からないじゃろうがな」
クレアの掌からバチバチと火花が散る。
高密度で膨大な魔力のため、なにもしなくてもこうして表出してしまうのだろう。それを暴発させずに、こうして留めておけるのは驚嘆に値した。
しかしすぐにでも魔法を発動してしまいそうだ。
クレア、カミラ──両者が殺意をぶつけ合う。
(敵同士……? それとも仲間割れ?)
その光景にエドラはただただ戸惑うのみである。
「おい、なんだ貴様等は!」
だが、騎士達は油断せずに、剣や槍を突如現れたクレアとカミラに突きつける。
一発触発。
これだけの手練の人数相手に、この二人はどうするつもりだろうか?
「ん?」
しかしクレアとカミラ共に、表情が変わらない。
「なんじゃ。お主等、儂の邪魔をするつもりか」
「邪魔をするつもりなら斬るぞ。今の私は機嫌が悪い」
クレアとカミラの顔が、同時に騎士を向く。
それ以上、騎士からの言葉はなかった。
クレアとカミラを『敵』と認定し、一気に襲いかかったからだ。
その動きはさすがは騎士団。統制の取れているもので、いくらクレア達でも逃れることは至難であっただろう。
だが。
「つまらん」
「弱すぎるじゃろう」
二人の実力はエドラの想定のさらに上をいった。
それはさながら二人は暴風のようであった。
カミラが剣を振るい、クレアが魔法で騎士共をなぎ倒す。
そのあっという間の光景を、エドラはなんとか視認出来た。
「すごい……!」
思わず声を漏らしてしまう。
だが──二人の戦いっぷりがあまりにも凄まじく、そしてエドラが目を奪われてしまったのがいけなかった。
「最初から四天王二人相手に勝てるとは思っていないよ」
ユリアーナの声。
エドラ……そしてクレアとカミラがハッとなり、ユリアーナに顔を向ける。
「は、離しなさいっ!」
ユリアーナがアリエルの首に右腕を回している。
アリエルはなんとかしてそこから逃れようとしているが、ユリアーナの力に為す術なしのようだった。
そしてユリアーナのもう片方の手には魔石が握られていた。
「いかんっ! あれは転移石じゃ!」
クレアがいち早く気付き、炎魔法を発動。炎の槍が彼女に向かっていく。
しかし刹那の僅かな時間……遅かった。
ユリアーナの持つ転移石が輝きを放ち、アリエルと共にこの場から消え去ってしまったのだ。
二人がいなくなった地面に槍が直撃し、爆発。灰色の煙が立った。
「ちぃっ!」
クレアが舌打ちをする。
彼女達に襲いかかった騎士達は全員地面に倒れ伏せている。一瞬の間に倒してしまったのだ。
だが、肝心のユリアーナとアリエルを逃がしてしまった。
そのことにクレアは屈辱と怒りで顔を歪めていた。
「おい! 貴様! なにをしておる! 貴様の攻撃が遅かったから……」
「うるさいっ! 元はと言えば全部お主の責任じゃ! ちょっとは他にも視線を配れ!」
「それはこっちの台詞じゃ!」
……このような状況下でありながらも。
何故だか、クレアとカミラはもみくちゃに喧嘩をしていた。
目まぐるしく変わる状況。
お互いの鼻や頬を引っぱり、ありとあらゆる罵倒を投げる二人を見て、エドラはこう思った。
(この二人……なんでこんなに仲悪いんだろ)
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