89・あなたの帰るべき場所
魔王城で反乱が起こった──。
そのことを問い質す前に、魔王との交信が途絶えてしまった。
気にはなるが──俺は俺でやらなければならないことがある。
力を得ずに、ここから脱出することは有り得ないからだ。
相変わらず数を増やし続けるディルク(量産型)を斬り続けながら、俺は村中を走り回っていた。
「【答え】は……【答え】はどこにあるんだ……?」
それを見つければ試練は終了だ。俺は血の力を得て、魔王城に戻って加勢することが出来る。
しかし未だに俺はその【答え】を見つけられずにいた。
それどころか、それがなんなのか見当も付かない。
これだけディルクを倒し続けていると頭がおかしくなりそうだ。こうしていても【答え】を見つけられるとも思えない。
焦燥感に駆られながら……やがて俺は一本杉の前まで辿り着く。
村の象徴とも言える大きい杉の木。
俺の記憶の中にある微かな過去の記憶。それと今の光景が重なっていた。
そして──俺は記憶にないものの──ここで俺は魔物に食い殺され、そののちに魔王の血を与えられ一命を取り留める。
そこからの日々はまさに怒濤。
四天王のスパルタ教育に耐えかね、魔王城から家出。
古代竜やディルクといった強敵も相手にした。
ここでふと気付く。
「これだけ過去の敵が出てくるんだ。もしかしたら……」
そして最悪にも──その予感は的中することになる。
「あなたはなにも出来ません。力がなければなにも救えないのですから」
声と同時に、天から光の雨が降り注いだ。
俺は間一髪のところでそれらを回避し、声のする方向へと顔を向けた。
「アヒム……!」
つい先ほど、王都で戦ったアヒムの姿があった。
無論……蘇ったわけではない。
この試練の間は俺の記憶から読み取り、『強敵』と思えるヤツを表出させているだけなのだ。
そういう意味ではアヒムは古代竜やディルクとは比べものにならないくらいの強者。
何故なら……。
「一発で滅べ、ディストラクションレイ」
アヒムが短くそう唱えると、今度は光の弾丸襲いかかってきた。
「ちぃっ!」
舌打ちをしながら、剣でそれを受け止める。
しかし連戦に次ぐ連戦によってさすがに疲労していた俺は、その勢いを流しきれない。
パキンッ!
そんな音を立てて、剣が真っ二つに折れる。
なお迫り来る光の弾丸を、俺は結界魔法を展開することによって防いだ。
「ファイアーランス!」
すぐに手をかざして、アヒムに攻撃を浴びせる。
炎の槍は一直線にアヒムに向かい、直撃。
爆発を起こし、一瞬でアヒムを消し炭にしてしまった。
だが。
「やはり……か。蘇生魔法も使えるのか」
同時──魔法で蘇ったアヒムがひょうひょうとした顔で首に手を当て、ポキポキと音を鳴らしていた。
「こんな軟弱な魔法で私を倒せるとでもお思いですか? 紅色の魔石があれば、あなた程度の雑魚は敵ではありません」
そうしてアヒムが紅色の魔石を掲げる。
くっ……!
やはりアヒムはアヒムといっても、紅色の魔石によって身体を強化している時か。
ならば生半可の攻撃では通用しない。
何度攻撃を当てても、蘇生魔法で復活してしまうからだ。
「まだまだいきますよ──光よ。コンプションレイ」
アヒムが人差し指を俺に向けると、光線が雨となって降り注いだ。
先ほどよりも広範囲。
俺は結界魔法を展開しつつ、その滅びの雨から逃れるために足を動かす。
しかし……さすがに完全に避けきることは出来なかった。
一発の光線が結界を貫通し、俺の右肩に命中したのだ。
「ぐあぁっ!」
形容し難い痛み。
転倒し、地面に手を付いてしまう。
俺は右肩を抑えつつ、それでもなんとか這いつくばりながら滅びの雨の射程範囲の外に出る。
次に来るであろう攻撃から逃れるために立ち上がろうとすると、回り込んできたアヒムが俺の顔を蹴り上げた。
「っっっっっっ!」
風景が回る。
俺の体が地面を転がり回る。
ようやく止まると、アヒムが近寄ってきて、俺の顎をくいっと持ち上げた。
「あなたは弱い」
アヒムの両目が俺を見据える。
「あれだけ四天王の訓練を付けられてなお、この程度にしか戦えないんですか? 私はガッカリですよ。あの方達があなたのことを『無能』といった理由もよく分かります」
今の俺には最早、それに言い返すだけの力も残っていなかった。
このまま俺は殺されてしまうのか……?
魔王はこの試練によって、俺が死ぬ可能性もあると言っていた。ここでの死は現実の死と同等なのだ。
結局【答え】は見つからずじまい。
はっ!
これじゃあ「無能はいらない」と言ったカミラ姉の言う通りじゃないか!
「死になさい」
アヒムが右手に魔法で剣を練成し、そのまま俺の喉に突き立てようとした。
死を覚悟した。
だが、この時……救いのの手が入る。
「あなた! ○○○が!」
「この化物が……! ○○○を離せ!」
俺の名を呼ぶ声。
意識が朦朧としながらも、そちらの方向に視線を向けると……そこには俺の両親の姿があった。
今にも崩れ落ちてしまいそうなボロボロの銅剣を持ち──父さんがアヒムに襲いかかろうとする。
「に……げろ……」
喉から言葉を絞り出す。
だが、その声は父さんに届くことはなかった。
「ふんっ」
アヒムがまるで虫を払うかのように、剣を一閃。
父さんの体が両断された。
「……っ!」
父さんの上半身が俺の足下まで転がってくる。
それを見て、俺は絶望のあまり吐き気すら催した。
「つまらない横槍が入りましたね。私の邪魔をした罪……万死に値します」
駆け寄ろうとしてくる母さんに向かって、ディルクは剣を放り投げる。
剣は一直線に母さんのところに向かい、突き刺さる。父さんと同じように、母さんも事切れた。
──絶望。
それは数瞬の時間だっただろう。
だが、今の俺には永遠とも思える時間だった。
「あ、ああああああああああああああ!」
もう叫ぶ力なんて残っていないと思っていたのに──。
俺は喉が張り裂けんばかりに慟哭した。
憎い憎い憎い憎い憎い!
この世の全てが憎い!
本当の過去も同じだった。
俺の目の前で!
魔物共はまるで玩具で遊んでいるかのごとく、父さんと母さんを殺しちまいやがったんだ!
「なかなか良い目をしていますね、ブラッド。その調子です。憎しみの炎だけが世界に革命を起こせるのです」
アヒムの口元が邪悪に吊り上がる。
こいつを殺すだけの力を──。
乾ききった心が力を渇望する。
そうだ。
アヒムだけではない。
この世の全て……俺に反抗する者全てを屠るだけの力。
ドクンッ、ドクンッ。
心臓の鼓動が早まる。
魔王の血が覚醒しようとしている。
今まで俺はギリギリのところで血を飼いならしてきた。
だが──。
『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』
今度は上手くいかないみたいだ。
このまま俺は血の力に取り込まれ、この身が果てるまで殺戮を繰り返すだろう。
そのことを俺は自覚している。
そうだ──そうすべきなのだ。
なんてたって、俺は魔王軍。
この世から魔物──だけではなく、魔族、人間──全ての生命体を駆逐することでしかこの乾きを潤せない。
体に魔力が溢れていくのが分かる。
力がみなぎっていく。
「殺してやる……」
それは俺の喉から出たとは思えないくらい、どす黒い獣の声だった。
俺は立ち上がり、アヒムを殺すべく魔法を編もうと──。
『ブリス!』
そんな時──。
アリエルの声が聞こえた。
『ブリス……憎しみの炎に囚われてはいけません。わたくしは優しいあなたが好きですわ』
だが、アリエル──大事な人が殺されたんだ。
ならば殺した相手に復讐するのが当然の筋なんじゃ?
『綺麗事かもしれませんが……復讐はなにも生みません。たとえアヒムを殺したとしても、あなたのお父様とお母様は蘇ることはないのです』
だけどアリエル、俺はもう疲れたんだ。帰るべき故郷もない。魔物共に好き勝手に村が壊されてしまったんだ。
もう全て終わりにしたい。
『……だったらわたくしがあなたの帰るべき場所を作りましょう』
そう言われて、俺の体が温かく包まれた。
まるでアリエルに抱きしめられているかのような感覚。
憎しみの炎で燃えていた心が、だんだんと解されていく。
……そうだ。
故郷はなくなった。父さんと母さんもいない。
復讐はなにも生まない──なんてのは、大切な者を奪われた経験のない甘ちゃんが言う言葉だ。
しかし……なら、今の俺にはなにも残されていないのか?
守るべきものは残されていないのか?
……いや違う。
俺の両手には──こんなにもいっぱいの幸せが残っているじゃないか。
今度こそは、この幸せを両手から零さない。
そのための力を俺に!
ありったけの力を俺にくれえええええええええ!
「おおおおおおおおおおお!」
雄叫びを上げる。
闇の魔力が反転し、それが光の魔力として蘇る。
「……ブラッド様。ようやく気付かれたようですね。やはりあなたは天才だ」
何故だか、アヒムが優しい笑みを顔に浮かべた。
右手を前に差し出すと、そこに相棒のデュランダムが顕現していた。
その剣先をアヒムに向け、俺はこう続ける。
「お前と戦うのはこれで二度目だ。二度死ぬ覚悟があるなら、かかってくるといい」
更新、間が空いてしまいすみませんでしたm(_ _)m
またこの作品の書籍化が決定しました!
Kラノベブックス様より、10月1日ごろ発売となります。
また続報があり次第お知らせいたしますので、よろしくお願いいたします!





