88・反乱
「は、反乱!?」
魔王からの報告を聞き、思わず俺は声を大きくしてしまう。
『うむ』
「一体なにが……」
『分からぬ——まあ大体察しは付いているがな』
異常事態だというのに、当の魔王の声には余裕があった。
それはまるで、朝ご飯の献立をなににしようか……と悩んでいるかのよう。
『なんにせよ、こちらはこちらで片付ける。ブラッドちゃんはブラッドちゃんでさっさと【答え】を見つけるのだ。我等の心配をしている余裕はないぞ」
「……っ!」
魔王の声に、反論出来る言葉を持っていなかった。
確かに……魔王の方も気になるが、今大事なのは俺のことだ。
なんせ、この試練は死ぬことも有り得る。それなのになにも得られないまま、おめおめと魔王のところに帰るつもりは毛頭なかった。
「……分かった。だが、そっちも気をつけろよ。魔王は変に油断する癖があるからな」
『ふっ。誰に言っているのだ。我は魔王だぞ』
「違いない」
二人で笑い合う。
しかし魔王の笑い声が止み、真剣味を帯びた声音で。
『……もうそろそろ交信は出来ぬ。ブラッドちゃん——死ぬなよ』
「はっ! 誰に言ってんだよ」
精一杯の強がりでそう言い返したところで、魔王からの交信は途絶えた。
◆ ◆
魔王はブリス——もといブラッドとの交信を切り、前を見据えた。
「魔王様。降伏してください。この城は既に私達の手中です」
彼女の前に立ち塞がる、一体の魔族がそう口にする。
その後ろには連なるように他の大量の魔族。
無論、数は十……二十……というでは済まない。優に百は超えるであろう。
(さらに……ここ以外にも、反乱の因子があると考える方が自然だな……)
魔王は反乱軍を眺めながら、そう分析する。
最悪、ここにいる四天王以外の全ての魔族が反旗を翻した……という最悪のことも考えておかなければならないだろう。
「……マテオ。あなた、自分がなにをしているのか分かっているのですか?」
四天王『治癒』の最強格、ブレンダがそう問いかける。
しかし問いかけられた魔族——マテオはブレンダの視線を受けてもなお、冷静にこう口を動かした。
「はい」
「一体なんのつもりですか? こんなことをしてタダでお済みになるとでも?」
「ブレンダ様もなかなか笑わせてくれますね」
マテオは失笑し、両腕を広げる。
「これだけの魔族を相手に……あなた達だけで勝てるとでもお思いですか? 既に決着は着いているのですよ」
その言葉に、ブレンダは言葉を紡げなかった。
(なかなかの戦力差だな……この城にいる魔族の数は千体ほどか? しかも皆が腕に自信のある者ばかりだ。それに対し……こちらはたったの五人。マテオの自信もはったりではないということか)
次にカミラが怒りに任せ、なにか言葉を発しようとするが、魔王はそれを手で制す。
そして自分自身が一歩前に踏み出し。
「……教団とやらに寝返ったということか? アヒムと同じようにな」
「その通りです」
マテオがそう声を発するが、魔王は大して驚きもしなかった。
(教団がなにを考えているか分からぬが、魔王軍の大半を寝返らせるとは……なかなかのやり手よのう)
さて……状況を整理しよう。
魔王達が今いる場所は試練の間——がある扉の前。
そこでブラッドが無事に試練を終わらせるのを待っていると、反乱軍が押し掛けてきた。
端から見れば状況は最悪。絶望的な状況だろう。
だが。
「マテオ、お主こそ愚かじゃな」
それなのに、四天王『魔法』の最強格クレアは深く溜息を吐いた。その表情に焦燥感はない。
他の四天王も似たような反応であった。
「儂等だけならまだともかく、ここには魔王様もおられるのじゃぞ? お主等が束になってかかっても、魔王様お一人に傷すら付けることが出来ぬ。そのことすら分かっておらぬのか?」
そうなのだ。
それほど魔王の力は強大。
魔王軍にいる魔族千体が同時にかかっても、魔王に触れることくらいで精一杯だろう。
いくら数を増やしたところで、魔王がいる限り城は盤石。
(そんな分析すら出来ぬのか? いや——)
魔王だけは表情を変えず、じっとマテオの瞳を見つめていた。
「ふっ……魔王様はお気付きのようだ。その通り。私達だけであなた達に勝てるとは思っていませんよ。だから……」
マテオが胸元からなにかを取り出し、それを掲げる。
「ん……」
赤く光り輝く石を見て、クレアが眉をピクリと動かした。
「紅色の魔石——これさえあれば、私達は魔王様以上の力を得ることが出来る」
紅色の魔石を壊そうと、『剣』の最強格カミラが剣を一閃。マテオの手に持たれていた魔石が一瞬で粉々になってしまう。
「——紅色の魔石は一つではない」
しかし後ろに連なっている反乱軍の至る所から、赤色の光が周囲に拡散。
そして魔石の魔力にあてられた魔族達の目が血走る。
「なんて力だ! 力が漲ってくるぜ!」
「あの方の言っていたことは本当だったんだな! 今だったら誰にも負ける気がしねえ!」
「四天王のヤツ等にも腹が立っていたんだ。丁度いい機会だぜ!」
周囲が活気だつ。
戦いの前から、既に勝利を確信しているかのような光景だ。
「くっ……遅かったか」
カミラは剣を鞘におさめ、バックステップでクレア達のもとに戻った。
「バカか! あんなにマテオが余裕綽々なんじゃ! 紅色の魔石が一個だけじゃないことくらい、予測しておけ!」
「貴様こそ、魔法の発動が遅い! これだから魔法遣いはあてにならぬのだ!」
「それまでの時間を稼ぐのが、お主の役目じゃろうが! そもそもお主は……」
こんな状況でありながらも、カミラとクレアが喧嘩を始めた。それをブレンダとローレンスが止めている。
「おやおや、仲間割れですか? そんなことをしている暇がおありとでも? そんなことをするくらいなら私達の前でひれ伏し、許しを請いなさい」
魔石の魔力のせいなのか、マテオの形状も大きく変わっている。
背中からは翼を生やし、その姿は見る者を圧倒させた。
しかし。
「くっくっく……」
「……?」
魔王がこらえきれないといった感じで笑いを零すと、マテオは不思議そうに首をひねった。
「なにがおかしいのです?」
「いや……あまりにもバカらしすぎてな」
「あなた達の状況ですか? その通——」
「違う。そなた等のことだ」
魔王が言うと、マテオは眉をひそめた。
「そんな玩具で我等に勝てるとでも? そもそもそなた等が誰の前にいると思っておる。頭が高い」
不敵な笑みを浮かべ、魔王はマテオ達にこう告げた。
「ひれ伏すのはそなたの方だ。魔王の御前だぞ」
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