87・ブリス、成長を実感する
「どうして古代竜なんて出てくるんだ!」
これには俺もつい声を荒らげてしまう。
それも無理はない。
あの時は古代竜なんて出てこなかった。そもそも古代竜が簡単に人前に姿など現すわけがない。
『言い忘れておった』
戸惑う俺の一方、魔王の声は軽い。
『あの時の情景が完全に再現されるわけではないぞ。そもそもこれは、そなたの頭の中から表出している』
「どういうことだ?」
『つまり幼い頃のそなたは魔物達に恐怖をなしていた。こんなもの勝てるわけがない……とな。しかし今のそなたは、これしきの魔物相手では鼻歌混じりで勝ってしまう』
「つまりあれか。今の俺にとって『強敵』と思えるようなヤツ等が現れると……」
『うむ』
そういう大事なことは初めに言え!
しかし魔王を責めている余裕はない。
「ちいぃっ!」
舌打ちし、振り下ろされる古代竜の右足を回避する。
地面に大きなクレーターが出来た。
オオオオオオォォォォォォオオオオオン!
「うるせえな!」
耳障りだ。
古代竜はそのまま大きな口を開ける。
このまま息を吐くつもりか!
「ファイアーランス!」
俺は開いた口に何発も炎魔法を浴びせていく。
だが……ダメ。
ドラゴン族は頑丈さに長けた種族だ。その中でも最強とも称される古代竜には、この程度の攻撃は通らない。
抵抗空しく、ドラゴンの口から息発射!
「間に合え!」
俺は息の前に立ちはだかり、結界魔法を展開する。
間一髪のところで息を防ぎ、村人達には一切の被害を出さなかった。
「あまり調子に乗るなよ」
地面を蹴り、高く跳躍する。
「アブソリュートゼロ!」
俺は古代竜に対して特大の氷魔法を放った。
すると古代竜の頭の天辺からつま先まで、凍ってしまったのだ。
「うしっ!」
思わずガッツポーズを作ってしまう。しかしこれだけではまだ足りない。
俺は氷が溶けないうちに、剣で古代竜を一刀した。
バリィィィイン!
氷ごと古代竜が粉々に砕け、ことなきを得たのであった。
「やった……あの時はアリエルとエドラ、それに魔王の血も覚醒させてなんとか倒すことが出来た。だが今回は誰の力も借りずに、古代竜にトドメを刺せた」
地面に降り立ち安堵の息を吐く。
やはり俺も少しは成長しているということか。
しかし落ち着いている時間はあまりない。
「——世界を我が手に。我々の邪魔をしないでください」
突如目の前に執事の格好をした男が現れた。
「今度はディルクか」
しかし古代竜に比べれば力不足だ。
この程度の輩、一瞬で倒せるはず……と思っていた瞬間。
「あなたでは誰も救えない」「命乞いくらいは聞いてあげてもいいですが?」「私の邪魔をしないでください」
何人ものディルクの声が重なり合う。
それもそのはず。
当初一人だけだと思われていたディルクが、二……三、いや……十人以上も同時に現れたからだ。
「一人だけじゃないのかよ!」
メチャクチャな空間だな!
だが俺が悠長に抗議する時間も与えてもらえず、そのままディルクは剣を抜いて襲いかかってきた。
「何人束になってこようとも、俺には勝てないぞ」
落ち着いて対処する。
次から次へとディルクが斬り伏せられていく。
冷静に戦えば、ディルク程度なら苦戦せずとも倒せるのだ。
「しかし……しつこい」
倒しても倒しても、ディルクは増殖を続けて俺に牙をむく。
何人同時に相手をしても、ディルク相手なら負けることはないが……さすがの俺も疲労を感じる。
それにしてもこれだけディルクが目の前にいたら、気持ち悪いな。しかも俺に対してなんか言ってくる。
敗北はない。
だが、これだけディルクの顔を見ていると、ノイローゼになってしまいそうだ。
「こんな間抜けな試練をクリアして、本当に力の使い方なんて分かるのか……?」
『うむ、それは心配しなくてもよい。【答え】を見つければ、自ずと力を手中におさめるだろう』
まただ。
魔王の言う【答え】
それが未だに見当がつかない。
古代竜はともかく、ディルクみたいな小物……何人倒しても、それで血の力を使いこなせるようになるとは到底思えないのだ。
「【答え】はどこだ?」
俺は剣を振りながら、必死に模索していると。
『む?』
先ほどとは様子の違う魔王の声。
「どうしたんだよ。まだなにか言い忘れていたことがあるのか?」
『いや……もう試練についてはそなたに任せておいても十分だ。問題はこちら側だ』
魔王の声の緊張感が走る。
——っ——っ!
なんだ?
聞こえてくる音にノイズが混じり始めた。まるで魔王達の前に、大量になにかが現れたような……。
「おい、魔王。そっちでなにが起こっている?」
「なに、心配しなくてもよい。ちょっと面倒なことが起こってな」
俺に気を使わせないためだろうか。
魔王はなんでもなさそうにこう続ける。
「どうやら魔王城で反乱が起こったらしい」





