86・最悪の一日
「ん……? ここは?」
目を開ける。
ここは……家の中?
どういうことだ。俺はさっきまで魔王城にいて、開かずの間に入ったはずだが……。
「それにしてもここは……どこかで見たことがあるような……あ」
思い出した。
ここはまだ俺が魔王に引き取られる前、子どもの頃に暮らしていた家だったはずだ。
どうしてこんなところに……?
「あら、もう起きていたのね」
混乱していると、とある一人の女性が部屋に入ってきた。
俺はその女性を見て驚く。
「か、母さん!?」
そう。
俺の目の前に現れたのは正真正銘、本当の母親であった。
「(なにが起こっている。だって俺の母さんは——)」
「あんたにしては早起きじゃないの。えらいえらい」
そう言って、母さんは俺の頭をわしゃわしゃと撫でてくれる。
母さんの暖かくて大きい手。
それで撫でられると、俺は包まれるような安心感を覚えるのであった。
「母さん。今の王国歴は?」
「あんたはなにを言ってるのよ。今は王国歴856年。変な夢でも見たのかしら?」
母さんは不思議そうな顔をする。
856年……今は十年以上前だと?
ますます混乱する。
「まだ寝ぼけているのね。お日様を見たら、きっと目が覚めると思うわ」
そう言って、母さんは手を伸ばし俺のすぐ横にあるカーテンを開いた。
眩しい日差し。
そして……窓にぼんやりと映った俺の姿を見て、さらに驚くのであった。
「体が……子どもの頃に戻っている?」
間違いない。
王国歴の件といい、何故だかここは十年以上前のようだ。
「今日の朝ご飯はあんたの好きなシチューよ。昨日、お父さんが狩りを頑張ってくれたのよ。あなたの好きな豚肉も入っているわ。さっさと降りてきなさい」
と母さんが部屋から出て行った。
俺の父さんは狩人をしていた。
この村はど田舎で、行商人の往来も滅多にない。近くの街からも離れているため、基本的に村人は自給自足の生活を送っているのだ。
慢性的に村自体が貧乏。
だけど俺達は慎ましくも楽しく暮らしていた。
一年で三回ほど行われる祭りはとても楽しいものだったし、他の人も同じように感じていたと思う。
「ん……待てよ? 豚肉?」
朝ご飯に豚肉が入ったシチュー。
忘れもしない。
最高の朝だと思っていたら、それは違っていて……。
「大変だ! 魔物の襲来だ!」
家の外から剣呑な叫び声が聞こえる。
その後、すぐに母さんと父さんが血相変えて俺の部屋に入ってきた。
「——大変だ! すぐに避難しないと!」
父さんに手を取られて立ち上がる。
そうだ……この日だった。
村に大量の魔物が襲来し、大した抵抗も出来ずただただ駆逐されたのは。
俺は父さんに手を引っ張られ、家の外に出る。
「酷い……」
そこに広がっていたのは魔物共が村人達を襲っている光景である。
村人は数少ない剣を手に取り、必死に魔物と戦っている。
しかしろくな戦闘手段も知らない人達だ。
少しくらいなら持ち堪えられるが、すぐに魔物共に蹂躙され——そして。
『ブラッド』
俺がその光景を目の当たりにして、動かなくなっていると。
どこからともなく、頭の中にそんな声が響く。
「(魔王……か?)」
『うむ』
声に出さずそう思っただけだが、どうやらそれは魔王に伝わっているらしい。
「(なにが起こっている? ここは村に魔物が襲来し、村のみんなが全滅してしまった時じゃないか。一体俺はなにを見せられている?)」
今のところはなんとかやれているが、そう時間はかからずに村のみんなは皆殺しにされてしまう。
その中には俺の両親、そして『俺』も含まれていた。
忘れようとしても忘れられない。地獄のような一日だ。
『やはりその時だったか。いいか、ブラッド。今、そなたにとって一番辛かった時のことが映し出されている』
「(映し出される? だったらこれは幻なのか?)」
『ちぃっと違うな。魔物に体を食われれば痛みも感じるし、最悪死んでしまうことも有り得る。幻だと思って油断していたら、とんでもないことになるぞ』
なるほどな。
だから魔王は試練を始める前に「死んでしまうかもしれない」と言っていたわけだ。
全く。悪趣味な試練だ。
「(大方、この魔物共は全員やっちまえば試練は終了ということか?)」
『それは分からぬ』
声しか聞こえないが、魔王が首を横に振っているような気がした。
「(分からない?)」
『この試練の目標は、そなたが【答え】を見つけることだ。そなたにとっての【答え】が魔物の全滅ならば試練は成功だし、そうでなければ成功するまで試練は続行する』
「(なんだそりゃ)」
【答え】……魔王がなにを言っているのか分からない。
とはいえ、ここが幻みたいな場所とはいえ、このまま魔物に村人達が蹂躙されていくのは見過ごせない。
「○○○」
父さんが俺の子どもの頃の名前を呼ぶ。
「お前はこのまま村にある地下室まで逃げなさい。あそこだったら、もしかしたら魔物に見つからないかもしれないから……」
「父さんはどうするんだ?」
「オレはみんなと一緒に戦う。なに、心配しないでくれ。すぐに終わらせるから」
そう言う父さんの手には古ぼけた剣が握られていた。
だが、下を見ると両足が震えている。
いくら狩人とはいえ、父さんが今まで狩っていたのは野生の猪や鳥といった動物だ。魔物とは訳が違う。
「父さん、その剣を貸してくれ」
「は? お前はなにを言ってるんだ。お前まさか……」
「大丈夫。すぐに終わらせる」
俺は無理矢理父さんの手から剣を奪い、そのまま近くの魔物に襲いかかった。
「GYAAAAAA!」
魔物の断末魔。
「ファイアーランス!」
すかさず、また別の魔物にも魔法を浴びせる。
「どうやら身体能力や魔力は受け継がれているようだな」
問題は子どもの頃の体なので、少々動きにくいことだが……動いているうちに慣れるだろう。
「○○○。お前は一体……」
少し離れたところで呆然としている父さんの姿が見えたが、今はそれに答えている暇はない。
俺は剣を振るい、時には魔法で攻撃し、時には治癒魔法で傷ついた村のみんなを助けながら魔物を狩っていった。
子どもの頃になすすべがなかった魔物相手でも、今の俺なら問題なく倒すことが出来る。
正直、これくらいなら昔に倒したゴブリンキングの一件の方が辛かったくらいだ。
「みんな大丈夫。俺がこいつ等をやっちまうから」
こうしても、過去をやり直せるわけではない。
しかしこうすることによって、昔なにも出来なかった無力感が少しだけ和らいでいくように感じた。
やはり魔物の全滅が【答え】だろうか?
それならば生温い。この程度なら、家出して冒険者になる前の俺でも楽々クリアしていたぞ?
疑問を覚えながらも魔物を倒していき、やがて村の様子が少し落ち着いてきた。
「これだけやれば一安心か。全く、この試練は俺になにを見せた——」
そう言いかけた時であった。
オオオオオオォォォォォォオオオオオン!
地が震え、腹に響くような低い声。
それが耳に入り、俺は咄嗟にそちらへ視線を移した。
「古代竜だと!?」
ノワールを襲った時と同じような外見をした古代竜の瞳が、ゆっくりとこちらを向いた。
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