85・試練の代償
会議室から出て。
魔王と四天王に連れられて、俺はとある扉の前まで来ていた。
「ここが……」
扉を見上げる。
巨大な扉だ。
扉は天井にまで至っており、ちょっとした建物くらいなら優に呑み込むことが出来るだろう。
「そなた達には『開かずの間』と伝えておったな」
魔王が俺、そして四天王連中を順番に眺める。
ここは小さい頃から「決して開けるな」と伝えられていた部屋だ。
魔法が付与された鎖で厳重に施錠させられている。
それでも昔、四天王に対する反感もあって、無理矢理中に入ろうとしたが……魔王が血相変えてやって来て、こっ酷く怒られたものだ。
この様子だと俺だけではなく、それは四天王にも同じことを言っていたようだな。
「この中に血の力の使い方が?」
俺は魔王に問う。
「正しくは『中の試練をクリアしたのみ』、血の力を完全に引き出せるようになる……だがな」
と魔王が頷く。
「どうして今まで教えてくれなかったんだ?」
「まだその時ではないと感じていたからな。この部屋の正体を知れば、ブラッドちゃんはなんとしてでも入ろうとしていただろう?」
まあそれはそうかもしれない。
なんせこの血の正しい使い方さえ分かれば、たとえ相手が四天王でも俺の敵にはならないからだ。
こいつ等に反感しかなかった俺では、魔王の言った通り、約束を破って中に入っていた可能性が高い。
だが。
「それをして俺……そして魔王になにかデメリットがあるのか? 手っ取り早く力を手に入れられるなら安いもんじゃないか。失敗したら失敗したで、何回も挑めばいいだけだし」
「うむ。確かにブラッドちゃんの考えも分かる。しかしこの部屋の試練には欠陥があってな」
「欠陥?」
俺が首をかしげると、魔王は人差し指を一本立ててこう続ける。
「試練に成功すれば力を完全に使いこなすことが出来る。しかし失敗した場合——そなたは死ぬ」
「……おお、それは大層なことで」
なるほどな。
「時が満ちた……ってのは、俺がこの試練を成功させる可能性が出てきた、という意味なのか」
「そうだ。中の試練は一筋縄ではいかんからな。今までのそなたでは、試練を成功させることは決して出来なかっただろう。しかし」
次に魔王はカミラ姉を見る。
カミラ姉はどうして自分が見られたのか分からないのか、「わ、私か?」ときょとん顔であった。
「先ほどのカミラとの攻防、見させてもらったぞ。完璧にカミラの攻撃を防いだ。あれが出来れば、十分この試練を成功させることが出来るだろう。そう判断したわけだ」
「……やっぱりか。なんかおかしいと思ったんだよな」
無論、先ほどとのカミラ姉との一悶着は、魔王の目にも届いていたのだろう。
それなのにヤツはカミラ姉を止めないどころか、叱りもしなかった。
魔王にとっては考えられないこと。俺に害をなそうとするカミラ姉の行動を見た途端、魔王の怒りが沸点を超え世界が闇に包まれていた……とまではさすがにいかないが、どちらにせよあんなことにはならなかった。
しかし魔王はあれを黙認した。
つまり。
「俺がどれだけ成長しているのかどうか見極めたかったということか。もしあそこで俺が呆気なく、右腕を切断されてしまうような事態になれば……」
「うむ。今回の話はしなかったな」
なに気なく攻撃を防いだが、あれにそんな意味があったなんて……。
カミラ姉よ、わざわざ攻撃する時に「覚悟!」なんて声を上げてくれてありがとう。あれがなかったら、もしかしたら無理だったかもしれない。
いや、そのハンデも魔王に言われて、わざとしたのだろうか……?
そう考えるとなかなかカミラ姉もなかなか役者で——
「そ、そうだったのか! 私は単純にブラッドと久しぶりに遊びたかっただけなんだがな! 知らなかった!」
……前言撤回。
どうやらこいつ、魔王の思惑とかなにも知らなかったらしい。
カミラ姉はただただ純粋にビックリしていた。
「条件が揃ったとはいえ……この先を決めるのはブラッドちゃん次第だ」
魔王はカミラ姉の言葉に反応せずに、俺に視線を合わせたまま続けた。
「どうする? いくら成功する確率が高いとはいえ、失敗した先にあるのは死だ。そなたにとって、その力の使い方がそれほど大事なものではないなら……試練を回避するのも一つの手だと思う。どうする、ブラッドちゃんよ。この扉の先に入って、試練に挑戦するか?」
周りにいる四天王も、固唾を呑んで俺の言葉を待っていた。
しかし……もう俺の答えは決まっている。
「頼む、魔王。この扉の先に進ませてくれ」
そう俺は即答した。
正直、失敗すれば死ぬと聞かされて、全くビビらないと言われれば嘘になる。
だが、同時にこの扉を潜らなければ、この先の戦いで生き残れない……そんな確信も抱くのだ。
そしてなにより、アリエル達も守ることも出来やしない。
アヒムとの戦いはギリギリだったのだ。
あの時、クレア姉が助太刀しにこなければ、アリエルをあいつに渡すことになってしまっただろう。
ああいう目には二度と遭いたくない。
魔王は俺の答えに対して、満足げに頷いて、
「ブラッドちゃんならそう言ってくれると、信じておった。ブラッドちゃん、我がしばらく見ないうちに成長したな。母として嬉しいぞ」
と扉に巻かれた鎖に手をかけた。
その瞬間、鎖が光を放ちあっという間に弾け飛ぶ。
「さあ進め、ブラッドちゃん。我はここから見守っているぞ」
「……いい加減、その『ブラッドちゃん』という呼び方は止めて欲しいんだがな」
嘆息しながら、俺は扉に手をかけた。
押して扉を開こうかとした時、
「ブラッド……その、なんだ。貴様だったら、その試練? みたいなのを無事にクリア出来ると思う」
「戻ってきたら、久しぶりに一緒に酒を呑むのじゃ。果たして、酒の方は強くなっておるのかのう?」
「魔王様がお認めになっているんです。きっと自分自身の力を信じれば、試練を成功させることが出来ると思います」
「ブラッド〜。無事に戻ってきてね」
カミラ姉、クレア姉、ブレンダ姉、ローレンス——四天王一同が俺にそう声をかけた。
今まで恨みしかなかった四人だが、こうして身を案じられると照れ臭い気分になるな。
「ちょっと待ってろ。さっさとこの試練をクリアして、戻ってきてやるから」
俺はそう言い残し、扉の先へ足を踏み入れるのであった。





