83・ただいま
転移魔法を使い、あっという間に魔王城に到着。
「久しぶりだな」
荘厳な雰囲気。
久しぶりの帰還に、俺は懐かしいやら不快感やらで複雑な気分になっていた。
「それにしても静かだな」
「じゃな。おかしいな……皆、出掛けているのじゃろうか?」
クレアがきょろきょろと辺りを見渡す。
まあ魔王を含め、四天王の連中は忙しい。城の外に出て、仕事をしていることも十分考えられ——。
「覚悟っっっっっっ!」
そう思っていたら。
突如女性の声が聞こえ、俺の脳天に剣が振り下ろされた。
「うおっと!」
剣を抜く……いや間に合わない!
俺は反射的に右腕一本で剣を受け止める。
「むむむっ」
そいつは一旦俺から距離を取る。
硬質化の魔法を施したおかげで、俺の右腕には一切の傷が付いていなかった。
「やるじゃないか、ブラッド。今までの貴様だったら、そのまま右腕を切り落とされていたぞ」
「俺だって成長しているんだよ。それにしてもわざわざ『覚悟!』なんて声を上げてくれるなんて優しいじゃないか。なにも言わずに襲いかかったら、かすり傷の一つくらいなら負っていたかもしれない」
「ふっ、それくらいはハンデだ。しかし……ブラッドがこれほどまでに成長しているなら、それも必要なかったかもしれぬな」
「相変わらずスパルタだな——カミラ姉」
俺が襲撃者の名前を呼ぶと、女——カミラ姉は満足げに剣を鞘におさめた。
差し詰め、こいつなりの「おかえり」といったところだろう。
手荒い歓迎だ。
「おかえりなさい、ブラッド。見ない間に随分たくましくなりましたね」
「ブラッド、おかえりー! 久しぶりだねっ!」
それが合図だったのか。
なにもないように見える空間から、四天王『治癒』の最強格ブレンダ姉と、『支援』の最強格ローレンスが突如姿を現した。
「ブレンダ姉とローレンスも久しぶり」
「全く……カミラには困ったものです。しかしブラッド、成長しましたね。姉は嬉しいです。カミラのことは止めましたが……」
「嘘を吐くな。いくら後方支援がメインの二人とはいえ、カミラ姉の一人くらいは止められるだろ。わざとカミラ姉の凶行を見逃したな」
「バレてしまいましたか」
ブレンダ姉は表情一つ変えずに言う。
相変わらずつかみどころのない連中だ。
なにはともあれ四天王集合。
こうして四天王が一同に会することは、本来ならなかなか珍しかったりする。
「それにしても魔王はどこに行った?」
周囲を見渡すが、ヤツの姿が見えない。
おかしい……魔王なら俺の姿を見るなり飛び込んでくると思ったがな。
もしかして本当に怒っている?
俺は少しだけ不安になっていると……。
「ブラッドちゅぁぁぁああああん!」
バッ!
突然、横から誰かに抱きつかれる。
「ま、魔王! どこにいたんだ!」
「ふっふっふ、ブラッドちゃんを驚かせようと思ったのだ。それにしても、そなたも成長したな? カミラの攻撃を右腕一本で防ぐとは!」
すりすりと魔王は自分のほっぺをと俺のほっぺを合わせて、すりすりする。
ああ、もう!
なんとなくこうなることは分かっていたけど、暑苦しい!
「魔王、すまなかった。あんたにはなにも言わずに、しばらく家出していた」
頭を下げる。これが最低限のけじめだと思った。
ちなみに……今更だが、俺は他の魔王軍の連中とは違い、こいつのことを魔王様と様付けで呼ばない。
最初の頃は呼んでいたんだが、魔王がそれを嫌がるのだ。
『ブラッドちゃんに様付けなんて、いやいやいやー!』
ってな。
「よい! ブラッドちゃんのすることだ。許す! それに今回の件は四天王のバカ共が全面的に悪い! 知ってるか? こやつ等、最初ブラッドちゃんがいなくなったことを隠そうとしたのだぞ?」
と魔王が俺を見上げる。
こうして見ると、ただの幼女のようだ。
しかし実際の見た目とは裏腹に、こいつが魔王軍の中で最強。
四天王連中が束になっても、魔王には到底敵わないことも俺は知っている。
無論、少しは成長したとはいえ、仮に俺が魔王に勝負を挑んだとしても瞬殺されてしまうだろう。
それほどの実力差だ。
「我はブラッドちゃんが戻ってきてくれただけでも嬉しい! ブラッドちゃん、よく戻ってきてくれたな! 我は嬉しいぞ!」
魔王が幸せそうに俺の胸に顔を埋める。
「その、なんだ……」
俺はその背中をポンポンと軽く叩きながら、こう告げた。
「——ただいま」
しばらく魔王は俺から離れなかったが、ブレンダ姉が無理矢理引きはがしてくれて、なんとかここ……会議室まで場所を移すことが出来た。
「むぅ……我はもう少し、ブラッドちゃんにすりすりしておきたかったのだが」
魔王が不服そうに指をくわえている。
しばらく城から出ていたのだ。
それくらい、魔王にはさせてやってもいいが……今はそんな悠長なことをしている場合ではなかった。
「魔王……そして四天王のみんな。知っているんだろう? 今まで俺の身になにが起こっていたのかを」
執事のディルク……古代竜……そして王都でのアヒム戦。紅色の魔石に、蒼天の姫。さらに俺の内に秘める魔王の血。
聞きたいことが山ほどある。
俺が言うと、今までとろけきっていた魔王の顔が一瞬で真剣味を帯びる。
「うむ……そうだな」
魔王は一番奥のでかい椅子に腰掛け、俺の瞳を真っ直ぐ見つめた。
「まずはなにから話そうやら……」





