82・感謝の気持ち
「俺の体の中に魔王の血が流れている?」
『魔法』の最強格クレア姉からそんな話を聞き、さすがの俺でも戸惑わざるを得なかった。
「その通りじゃ」
クレア姉は頷く。
「儂も最初聞いた時は驚いたのじゃがな。お主の中に眠っている力は、おそらくそれに由来するのじゃろう」
淡々とクレア姉は告げた。
「元魔王軍というだけでも驚いたのに、まさかブリスの中に魔王の血が流れていただなんて……」
「でもブリスはブリス。なにも変わらない」
「え、ええ、その通りですわ。そこはお変わりありません」
アリエルとエドラもそう言ってくれてはいるが、驚きを隠せないようであった。
「その話を信じるとする。しかしそれならどうして、一定の条件下でしかこの力を引き出せないんだ?」
最初からフルパワーの状態なら、アヒムなんかに苦戦することはなかったというのに……。
俺の問いに、クレア姉は首を横に振る。
「分からぬ。儂も全てを知っているわけではないからな。おそらくお主もまだ魔王の力を完全に引き出していないのじゃろう」
「まあそれもそうか……しかしそんな話、初めて聞いたぞ。どうして魔王はそのことを俺に隠していたんだ?」
「それも分からぬ。儂もてっきりお主はとっくに知っていると思っていたからな。魔王様には魔王様なりの考えがあるのじゃろう」
だが、今の俺には魔王の考えていることが読めなかった。
「そうか……魔王の血か……」
魔王の血というものがいかほどのもなのか、今の俺には分からない。
しかしそれが流れている以上、俺は純粋な人間じゃないということだろう。
俺は元魔王軍でありながら、『人間』と思っていたが、どうやらそれは間違いだったらしい。
「あ、あの……ブリス? もしかして落ち込んでいますか?」
「気にしなくてもいい。どんな血が流れていても、ブリスはブリス。私達の大事な仲間」
「ええ、その通りですわ。魔王の血が流れていようとも、わたくし達がブリスを恐れることは有り得ませんので」
俺が俯いて、思考に没頭していたためだろうか。
アリエルとエドラが心配そうにそう声をかけてきた。
だが——。
「ん? 俺が落ち込んでいる? どうしてそんなことをしなくちゃならないんだ」
と二人に告げる。
「でも……暗い顔をしていましたから」
「ごめんごめん。少し考えごとをしていただけだ。あいつの血が流れていることには驚いたが、そのことを恨んだり悩んだりすることはないぞ」
確かに……今までこのことを隠されていたことは、思うことがないわけでもないが、今の俺は魔王への感謝でいっぱいであった。
そもそも魔王が血を飲ませてくれなければ、あの時に俺は死んでいたのだ。
それをわざわざ蘇らせてくれて、こんな力も与えてくれた。
これがなければ古代竜やアヒムを倒すことも出来なかっただろう。
なにより。
「あそこで死んでいたら、アリエルとエドラにも出会うことが出来なかった。それに二人も守ることもな。なのに魔王を恨むなんて真似は、あまりにお門違いだ」
「ブリス……」
「それに二人が言うように、俺は俺だからな。なにも変わっちゃいない」
そう言って、心配そうな二人の頭にポンと手を置いた。
さて。
俺の中に眠る謎の力の正体も分かった。
「しかしまだ分からないことばかりだ。教団について……そして蒼天の姫について……そしてこの力の詳細……一息吐くのはまだ早そうだな」
俺は二人から手を離し、クレア姉を見る。
「おい」
「お主の言いたいことは分かっておる。大方、魔王様に会いに行くつもりじゃな?」
「その通りだ」
「やっと自分からその気になったか。どちらにせよ、約束通り魔王城に連れて行くつもりじゃったがな。とはいえ、無理矢理連行するのも嫌じゃったから、お主からそう言ってくれると助かる」
クレア姉がニヤリと口角を上げる。
もう二度とあそこには戻らないつもりだった。
城には残りの四天王もいることだろう。
特に絶縁のきっかけを作ったカミラ姉とは、顔を合わせたくない。
だがそう言ってられないのも事実だ。
魔王なら俺の知らないことも知っている。
そして——今後の戦いのことを考えると、この力の使い方も知っておきたい。
今のところは暴走と言っても差し支えがないからな。
これを好きな時に、好きな塩梅で使うことが出来れば……そう思うのだ。
「魔王とは久しぶりだな」
「じゃな。魔王様もさぞお喜びだと思うぞ」
それにしても……魔王は俺のことを怒っていないだろうか?
なんせあいつになにも言わず、勝手に家から出てしまったのだ。
もしかしたら俺のことを嫌いになって、なにも教えてくれないということも有り得るかもしれない……まあ多分ないが。
どちらにせよ行ってみなければ話が進まない。
「ここからだと魔王城まで遠いな。クレア姉、まだ転移魔法を使えるだけの魔力は残っているか?」
「お主は誰に口を利いておる。先ほどの戦いはただの遊びじゃ。今日ならあと二回は使えるぞ」
腕を組んで、不服そうなクレア姉。
「て、転移魔法ですか!? そんなものをこの方は、使えるんですか?」
「さすが魔王軍の四天王……!」
アリエルとエドラは唖然とした様子。
「彼女達も連れて行きたいが、さすがにそれはクレア姉でも難しいか?」
「戯け、儂を舐めるな……と言いたいところだが、無理じゃな。儂の転移魔法は同時に二人まで。お主を送り届けたあとここに戻ってくることも可能だが、そこで魔力が尽きてしまう。儂とブラッドで行くのが先決じゃろう」
「まあ仕方ないか……」
とはいえ、同時に二人……しかも一日に複数回転移魔法を使えるなど、出鱈目にも程があるのだが……。
「じゃあアリエル、エドラ。ちょっくら行ってくる。すぐ戻ってくるから、少し待っていてくれるか?」
「は、はい……もちろんですが、本当に大丈夫なんですか?」
「なに、里帰りみたいなものだ。心配しなくても大丈夫だから。あっ……そうだ」
俺はとあるものをアリエルに手渡す。
「これを預かっといてくれ。アリエル達にも、なにが起こるか分からないしな」
「分かりました……あっ、もしかしたらこれを使えば、わたくし達も付いて行くことが?」
「ノワールまでならともかく、魔王城までは無理だ。城の周りには特殊な結界が張られているから」
「そうなんですね。うーん……魔力の使い方があまり慣れていないわたくしより、エドラに持ってもらった方がいいかもしれませんね。エドラ、悪いですが……」
「分かった」
アリエルがそれをエドラに渡すのが見えた。
……よし。
「準備は済んだ。クレア姉、さっさと行くぞ」
「人使いが荒い弟じゃなあ」
クレア姉は不満そうな顔をしながらも、俺の肩に手を置いた。
その瞬間、転移魔法が発動し周りの景色がおぼろげになっていく。
「ブリス! お気を付けて!」
「こっちは任せて」
最後にそう言ってくる二人に対し、俺は親指を上げて応えるのであった。





