79・お主の体の中には——
「《大騒動》もなんとかおさまったな」
王都にいる魔物達をほとんど片付けて。
俺達は近くの宿屋の一室で、今回のことを振り返っていた。
「はい。魔族の持っていた紅色の魔石が効力を失ってから、明らかに魔物達は弱体化していきました。あとは王都にいる冒険者の方々でも十分対処出来るでしょう」
とアリエルが言う。
今、一室には俺とアリエル。さらにはエドラが一同に介している。
騎士団長のユリアーナは、まだ騎士団の統率をしないといけないらしくて、今回の話し合いには参加しなかった。
あっ、そうそう。
もう一人いた。
俺の部屋にいる異質な存在とは……。
「アヒムごときで王都を崩せんよ。出来ていれば、今頃儂達魔王軍が果たしておる。そこまで王国の中心は甘くない」
何故だか床に座らず、ふわふわと床から十センチくらい浮遊しているクレア姉がそう口にした。
「あのー、ブリス?」
「……アリエルが言いたいことは分かる。どうして魔王軍の……しかも四天王がここにいるかって話だろ」
俺が言うと、アリエルは首を縦に動かした。
「今までちゃんと話をしてこなかったな。アリエル、エドラ。落ち着いて聞いて欲しい」
覚悟を決めて、俺は自分の正体を二人に告げた。
元魔王軍だったということ……四天王に教育を施されたこと……そして四天王と絶縁し、冒険者を始めることになったこと。
当初二人は驚いて、信じられない様子であったが、
「信じがたい話ですが、これでブリスの圧倒的な力に説明がつきます。魔王軍の四天王さん達に小さい頃から特訓を施されたというならば、納得です」
「今まで人間軍と四天王は何度も戦いを繰り広げていた。でも一万の軍勢を率いても、四天王のたった一人に傷すら付けられなかったって聞く。ブリスが強いのも当然」
と無理矢理納得してくれたようであった。
まあ目の前に、『魔法』の最強格クレア姉が呑気にいるからな。
しかも俺と普通に喋っているし。
納得せざるを得なかったのだろう。
「二人ともすまん。このことを打ち明けたら、嫌われると思ったんだ。二人は変わらず、俺と接してくれるか?」
正直否定されても仕方ないと思った。
俺がアリエル達の立場なら、人間を何千人……いや何万人以上も殺し、敵対している魔王軍の四天王と繋がっていたと聞かされたら、単純に恐怖を覚えるだろう。
しかしアリエルとエドラは柔らかな笑みを浮かべ、
「当然です。わたくしはブリスのことを信じています」
「ブリスは今まで何度も私達を救ってくれた。それなのに今更裏切るなんて真似、出来るはずがない」
と口にしてくれた。
ほっと安堵の息を吐く。そして同時に二人に感謝した。
「二人とも……ありがとう」
本当に心強い仲間が出来たものだ。
「はっはは。ブラッドも人間らしい生活が出来るのじゃなあ。女とまともに喋れんとも思っていたが?」
クレア姉は俺達の様子を見て、鬱陶しい笑い声を上げた。
「そういうところが嫌いなんだよ。いつまでも俺を子ども扱いしやがって」
「儂にとったら、お主などいつまでも赤子のような存在じゃ。そんなブラッドが、まともに暮らしているとなったら可笑し……じゃなくて、微笑ましくなるのも仕方ないじゃろう?」
俺とクレア姉の間にバチバチと火花が立つ。
もう我慢ならねえ!
そうベッドから立ち上がろうとすると、
「痛っ……!」
体中に激痛が走り、思わず身悶えしてしまう。
「ブ、ブリス! まだ先ほどの戦闘の傷は完璧に治ってないんですよ? おとなしくしないと……」
「そ、そうだったな……すまん」
アリエルが俺の体を支えてくれる。
それを見てクレア姉は、
「……なんだか調子が狂うな。それにしても、そこのアリエルとかいう女よ。その、なんだ。あまりブラッドに触るではない。他の女がブラッドに触っていると、何故だか胸がむかむかする」
と機嫌悪そうにしていた。
「話を戻そう——アヒムから情報を聞き出せなかったのは、痛かったな。もう少し教団について情報を得たかった」
とはいっても、アヒムにクレア姉がトドメを刺してしまったので、覆水盆に返らずといったところだ。
もっとも『生け捕りにする』という縛り条件を付けたまま、アヒムに勝つのは至難の業だったと思うが……。
「なんじゃ? そんなことを心配しておったのか」
クレア姉がきょとんとした顔をする。
「アヒムはまだ生きておるぞ」
「な、なんだと……!? だが、確かに死んでいたが……」
「儂がそこの詰めを誤るわけがなかろう。半殺しにして、取りあえず魔王城に転送しておいた。落ち着いたら、あやつからたっぷり情報を聞き出すとしよう」
全く……そういう大事なことは始めに言って欲しいものだ。
しかし助かった。
このまま紅色の魔石も、アヒムも消してしまったとなったら、現状教団に関する手がかりがなくなるところだったからな。
「謎は多いですわね。蒼天の姫とはなんのことだったんでしょうか? わたくしを狙っているみたいでしたが……」
「分からない。それもアヒムから聞き出すしかない」
あの時。
アヒムはアリエルをさらおうとした。
なんでもアリエルは大事な『鍵』だと言っていたが……一体なんのことだろう。
そして謎はそれだけではない。
「俺の体にはなにが起こっているんだ?」
古代竜に引き続き、アヒムの時にも。
普段出せないような力を発揮することが出来た。
そのおかげで、みんなの命を守ることが出来たんだが……この力の正体も知っておきたい。
「その状態になったら、どういう感じになるの? ブリス」
今度はエドラが質問する。
「そうだな……どす黒い魔力が体内を駆け巡る感じだ。それにいつもの思考に覆い被さる形、邪悪な念に囚われる。正直、あの時のことはあまり思い出せない」
「それは完全に力を制御しきれていないってこと?」
俺は頷く。
それに……俺はアヒム戦によって、死ぬほどの傷を負ったし、魔力を完全に使い果たしてしまった。
普通ならこの状況から回復するには、治癒魔法をフルに活用しても最低一週間はかかるはずだった。
しかし今はどうしてだろうか。
あの戦いから半日も経過していないというのに、俺の体は徐々に元に戻り始めている。
こんな治癒力。まるであいつみたいで……。
「なんじゃ、お主。知らなかったのか?」
その疑問にクレア姉が答える。
「なんのことだ?」
「うむ。どうやら魔王様もちゃんとブラッドに報せていなかったようじゃな。よく聞くといい。お主の体の中には——」
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