78・四天王の中で最強
「ほお、これはなかなか面白いですね」
アヒムが興味深げに俺の顔を見て言う。
「それは魔王様の魔力ですか? やれやれ。どうやら私にもまだ知らないことがあるようです」
とアヒムが肩をすくめる。
「ブリス……なのですわよね?」
後ろからはアリエルの戸惑いの声。
しかし。
「アリエル、すまない。すぐに戦いを終えるから、少し待っていてくれるか?」
と俺は彼女の方へ振り返らず、アヒムへと焦点を合わせたまま声にした。
この状態がなんなのか分からない。
しかし古代竜の時に続いて二度目だ。
ドクンッ、ドクンッ。
血が沸騰する。
このままでは誰彼構わず襲ってしまいそうだ。
しかしそうならないのは『アヒム』という敵が目の前にいるからなのか。
「まあどちらにせよ、魔王様の魔力があろうとも、あなたは私には敵いません」
そうアヒムは語る。
「私は紅色の魔石によって、魔王様をも凌駕する力を手に入れた」
「うむ。負け犬ほどよく吠える……という言葉もあるが、まさにその通りだな。今のお前は俺を恐れているように見えるぞ」
その証拠に……。
「足が震えている。今すぐ逃げ出したいのか?」
「!」
俺が言うと、初めて気付いたのかアヒムが自分の足に手を当てる。
「ふっ、恐怖からではありません。武者震いというヤツです。魔王様の魔力と対峙出来るかと思えばねえ!」
そうアヒムは怒り、魔法を発動する。
「堕落せよ、光! コラプションレイ!」
雨のような光線が俺達に降り注ぐ。
先ほどは耐えるだけで精一杯であった。
しかし今となっては、こんなものに苦戦したと考えたら不思議で堪らない。
「エビルカウンター」
俺はさっと空へと手をかざす。
光線が俺達に当たろうかとする瞬間、それは方向を九十度に曲げ、アヒムへと襲いかかっていった。
ドドドドドドドッ!
全弾、命中。
だが。
「くっ……! 反射系の魔法ですか。しかしこんなもので私を止められると思うなっ!」
すかさず結界魔法を防ぎ、なんとか光線を防いだ。
しかしその隙に、俺は一瞬でアヒムと距離を詰める。
「四天王の連中は、戦いの最中に少々遊ぶ傾向がある。そのせいで戦いが無駄に長引く場合が多い」
「一体なにを言いたいのですか?」
「俺はお前と遊ぶつもりはないということだ」
アヒムの周囲の血色の刃が、いくつも出現する。
それらはまるで一つの意志を持ったかのように、アヒムへと斬りかかっていった。
「ちぃっっっっっ!」
アヒムが時には結界魔法を張り、時には魔法で剣を出してそれらを防いでいく。
しかし血色の刃に防御が追いついていない。
あっという間にアヒムは切り刻まれ、何度も何度も死に至る。
「蘇生魔法か。なかなか厄介なものを使う」
先ほど俺が実演してみせたように、時間制限はあるものの蘇生魔法を使えば、何度死んだとしても蘇ることが出来るだろう。
しかしそのためには膨大な魔力を必要とする。
常人の魔力なら足りず、大魔導士と呼ばれるような人物でも一回こっきりが限界であろう。
それは魔族でも変わらないはずだった。
「しかし……どうやら紅色の魔石から半永久的に魔力を供給することが出来るらしいな。そのせいで、トドメを刺すことが出来ぬ」
「はははは! 言ったでしょう? あなたは私に敵わないと! こうして何度も蘇生し、あなたの魔力切れを待つとしましょう!」
高笑いしながらも、何度も体を切り刻まれるアヒム。
「言っただろう? お前と遊ぶつもりはないと」
「な、なにを……っ!?」
アヒムは目を見開き「ま、魔力が十倍……いや百倍へと増幅していく!?」と驚愕した。
しかしもう遅い。
俺はアヒムから距離を取り、その魔法を発動した。
「ブラッドテンペスト」
血の大嵐がアヒムを襲う。
血色の刃では比べものにならない程、一瞬でアヒムが大嵐によって粉々になり……死に……そして蘇生し……死に……蘇生し……ということを、百回以上も繰り返した。
「あ、ああ……紅色の魔石が……!」
大嵐による贖罪が続けられている中。
アヒムの持っている紅色の魔石が、徐々に輝きを失っていくのを確認出来た。
「やはり永久ではなかったか。とはいっても、それだけ魔力を供給出来るのは驚くべきことなんだがな」
勝負は決した。
俺はブラッドテンペストにさらに魔力を供給して、終幕といこう。
「こ、これは魔王様の魔力……! この力、クレア様……いや、どの四天王より上ではないか! ブラッド様はこんなに強かったのか?」
「なにを言っている」
俺はこう告げる。
「俺はヤツ等の中でも最強——この程度で驚いているとはな」
トドメだ。
あと一度でもアヒムは死に至れば、二度と蘇生することはないだろう。
魔力をさらに込め、チェックメイトといこうとしたが……。
「!?」
ふらあっと。
まるで体中の血がなくなったかのような感覚を覚える。
「(ど、どうした……俺の体よ。こんなところで充電切れか?)」
口を動かすが、言葉にならなかった。
魔力の供給を強制的に停止したブラッドテンペストは消滅し、アヒムは地面に落ちた。
最早体はボロボロ。まともに戦える状況でもないだろう。
しかしそれはまだ死んでいないということで。
「は、はははは! 勝ったぞ! 魔石の魔力がなくなった時はどうなることかと思いましたが、我慢比べは私の勝利です!」
勝利を確信しアヒムが鬱陶しい笑い声を上げる。
「少々予定は狂いましたが、あなたを殺して蒼天の姫を連れ帰ろうとしましょう。もうあなたには戦う力もないのですから!」
アヒムがふらふらになりながらも、一歩ずつアリエルへと近付いていく。
「わ、わたくしが黙ってさらわれる程無力なお姫様かとお思いですか?」
アリエルは気丈には振るっているものの、自分ではアヒムに勝てないと思っているのだろう。
全身は恐怖で震えていた。
「(ち、ちくしょう……あともう少しだったのに……)」
俺も必死に体を動かそうとするが、手で地面の砂利をつかむことで精一杯だ。
こんなところで……俺は終わるのか?
アヒムの手がアリエルにかけられようとする時——
「あとのことは任せろ」
ズサッ。
アヒムの背中を刃が突き刺さった。
「ク、クレア姉……?」
心臓を貫かれ、口から血を吐くアヒムが恐る恐るクレア姉の方を振り返る。
「ク、クレア様……そ、そうか……時間をかけすぎました。これだけ時間がかかってしまえば、クレア様が助けに来られるのも必然だった……」
「その通りじゃ、アヒムよ。部下の不始末をブラッドに全て処理させるのも悪いからな。せめて最後は儂の手で眠れ」
クレア姉がそう言うと、アヒムは「わ、私は……理想の世界を築きたかった……」という言葉を最後に、地面に倒れてしまった。
「ク、クレア姉……た、助かった……」
「もうよい。喋るな」
クレア姉は倒れている俺に近付き、頭にぽんと手を置いた。
「お主は出来の悪い弟子じゃったが、ちょっとは成長したようじゃな。お姉さんが褒めてあげるのじゃ」
そのまま俺の頭を撫でるクレア姉。
奇しくも、それは俺が初めて四天王の連中に褒められた瞬間であった。





