77・四天王の中で最弱
(四天王クレア視点)
地上でブリスとアヒムが戦っている一方。
クレアは一万体の蝙蝠型の魔物『ヴァンパイアバッド』と対峙していた。
「あちらはブラッドに任せておけば十分じゃろう。儂は儂で、少し遊んでやるか」
クレアがそう口にした矢先であった。
百……いや、千体をも超えるヴァンパイアバッドが一斉にクレアに襲いかかってきたのだ。
ヴァンパイアバッドはただの弱い魔物ではない。
その小さな見た目に騙されそうになるが、人や魔族の体に吸い付いた途端、一瞬で体内の血を全て吸い上げてしまう。
ゆえにヴァンパイアバッドとは適度に距離を取りつつ、戦うのが定石であるが……。
「ふん」
だが、ヴァンパイアバッドがクレアに触れようとした瞬間。
不可視の壁に当たったかのように、進軍を止めてしまう。
「そもそも近付けるなと思うな」
結界魔法。
それを彼女は自分の四方八方に張ったのだ。
この結界を張っている限り、ヴァンパイアバッドは半永久的にクレアに触れることすら出来ないが……。
「おお。虫どもが寄ってくる」
魔物はさらに数を増やし、三千体を超えようとする。
その無数の魔物がクレアの周りに張られている結界魔法に押し寄せ、圧で突破しようとするのだ。
「数は暴力じゃと誰かが言ったか」
ヴァンパイアバッド自体、力自体は大したことはない。一体だけなら、そこらのDランク冒険者あたりでも勝てるであろう。
しかし恐るべきはその数。
繁殖力に優れたヴァンパイアバッドは、徒党を組んで人間達に襲いかかるという。
とはいえ、いくら数を増やしたといっても百体もいれば頑張った方だ。
このように一万体ものヴァンパイアバッドが一同に介するのは有り得ないことではあるが、アヒムの持っていた紅色の魔石がそれを可能にする。
「たかがヴァンパイアバッドに街一つが滅ぼされてしまった例も聞く。それゆえ、ヴァンパイアバッドは忌み嫌われており、Sランク冒険者ですらも好きこのんで対峙するのを嫌がると聞くな」
ピキッ。
結界魔法にヒビが入る。
これが突破されれば、さすがのクレアとて為す術がなく、一瞬で全身の血という血を吸われてしまうだろう。
そうなってしまえば、いっかんの終わり。
四天王『治癒』の最強格、ブレンダとタッグを組んで、蘇生魔法をかけ続けてもらうなら別かもしれないが……クレア一人では、さすがに手に余るのであった。
しかし。
「はっはは! 弱き者が頑張っておる。その調子じゃ。もう少し頑張れば、結界魔法を壊せるかもしれぬぞ?」
このような絶望的な状況ながら、クレアは楽しげに高笑いしていた。
ピキッ、ピキッ!
とうとう結界魔法が破られようとする。
あと一歩。
あと少し押されれば、結界魔法が壊される。
「もういい。よく頑張った」
その時であった。
「ヘルファイア」
クレアは集まっていたヴァンパイアバッドに向かって、超級の炎魔法を放つ。
ゴゴゴゴゴゴゴッ!!!
突如現れた火炎が、ヴァンパイアバッドを囲む。
いくらヴァンパイアバッドが逃げようとも追いかけ、それらを燃やし尽くしていく。
「ははは! 燃えろ燃えろ!」
再度結界魔法を張り直したクレアは、高みの見物とやらでヴァンパイアバッドが燃えていくのをただ眺めていた。
「最初から儂に逆らおうとは無駄な話だったのじゃ」
そうなのだ。
そもそもこんなヤツ等、すぐに殲滅することも可能であった。
しかしそれをしなかったのは、クレアの悪い癖が出てしまったため。
相手に希望を持たせて、一気にどん底へと突き落とす。
ヴァンパイアバッドを引き寄せて、炎魔法を発動してなぎ払う。
一万体のヴァンパイアバッドとて、一箇所に集まってしまえばその持ち味を消す。
そう……ヴァンパイアバッドは、最初からクレアの手の平の上で踊らされていたのだ。
「ほう? どうやら儂に勝てぬと思ったのか、ヴァンパイアバッドが逃げようとしよるわ」
ヘルファイアによって殲滅されたヴァンパイアバッドの数、およそ五千。
たった一発の魔法でなしえた偉業としては、それでも胸を張れるものだと思うが……残りの半数近いのヴァンパイアバッドを、クレアは取り逃がそうとしていた。
だが。
「儂の前から逃げられると思うな」
クレアが魔法を唱える。
「バイオインェクション」
超級の毒魔法。
逃げようとしていたヴァンパイアバッドが、次々と力をなくし地面に落ちていく光景が見えた。
周り一帯に毒ガスを発生させ、相手を死に陥らせるクレアの十八番だ。
もっとも最初からこれを使っておけば、すぐにでも一万体のヴァンパイアバッドを倒すことが出来たのだが……。
「問題は見た目が地味なことじゃな。やはり祭りは派手でいかぬと」
やがて一万体のヴァンパイアバッドが全て死に絶えたことを見届け、クレアは結界魔法を解いた。
「どうやらアヒムは儂が遊ぶことを見越して、一万体の魔物を召喚したといったところか」
いくらアヒムがバカなヤツでも、この程度でクレアを倒せるとは本気で思っていなかっただろう。
ならばこの一万体の魔物は、あくまでクレアを少しでも足止めしたかったからに過ぎない。
「その間に蒼天の姫……? とやらを奪取し、ブラッドと決着を付けるつもりじゃった……といったところか。しかし」
地上を見てみると、まだ勝負はついていないようであった。
「ブラッドも儂達から離れて、少しは強くなったみたいじゃな。それがアヒムの計算を狂わせたといったところか」
とはいえ、さすがに紅色の魔石の力を得たアヒム相手に、ブラッドは苦戦気味である。
「しょうがない。助けに行ってやるか……ん?
その時、クレアは気付いた。
ブラッドの体内に流れる魔力が急上昇したのを。
「あれは……魔王の……」
ヤツめ、とうとう覚醒しおったか。
どうやらノワールで観測されたという闇魔法ダークバーストも、この様子だとブラッドの仕業で間違いないようだ。
「アヒムよ。お主はブラッドのことを弱いと思っているようだが、それは間違いじゃ」
これならばわざわざ儂が手を貸さなくても大丈夫じゃろう。ブラッドの成長を見物させてもらうとするか。
そう思いながら、クレアは一人でこう呟く。
「ブラッドは四天王の中でも最弱——お主ごときには絶対に負けぬわ」





