76・バカにするな
「待たせたな、アリエル」
黒幕に気が付いた俺は、研究所を後にして急いでアリエルを捜した。
幸い《探索》のおかげでアリエル達がいる場所はすぐに分かったが、辿り着いた瞬間、彼女に襲いかかる一体の影を見つけた。
危ない!
俺はすぐさまアリエルの前に割って入り、結界魔法を発動し攻撃を防いだ——というわけである。
「ブ、ブリス!」
「大丈夫だったか?」
「え、ええ。ユリアーナのおかげもあって、魔物は順調に減ってますわ」
とアリエルはユリアーナを見やる。
指示通り、今まで彼女と一緒に戦っていたのだろう。
「ブリス。一体これはどういうことだい? 今、アリエルが攻撃されようとしている時、そいつの動きはボクでも見切れなかった。そいつは一体……」
ユリアーナも混乱しているようである。
だが。
「詳しい話は後だ」
俺はそいつの方へ振り向く。
「まずはそいつを相手にしなくっちゃな」
そう言って、臨戦態勢へ移る。
そいつは「ちっ……」と舌打ちをして、忌々(いまいま)しげに俺を見ていた。
「余計なことをしてくれますね、ブラッド様」
「久しぶりだな、アヒムよ」
「お久しぶりです」
アヒムは丁重に頭を下げる。
魔王軍にいた頃、アヒムにはよく世話になった。
クレア姉直属の部下ということもあり、よく身の回りの世話もしてくれたのだ。
あの時は魔王への忠義心も高く、比較的まともなヤツだったように思えたが……?
「一体なんのつもりだ? この《大騒動》を引き起こした原因は、お前にあると見ているが?」
「その通りです。私は大いなる力を手に入れた。クレア様にもブラッド様にも……いや、魔王様にも勝てる力を。この紅色の魔石でね」
そう言って、アヒムは紅色の魔石を掲げる。
「魔法研究所から奪った魔石か。それは危険なものだ。返してもらうぞ」
「やれるものならやってみるといいでしょう。簡単には渡しませんよ」
優雅にアヒムは微笑む。
聞きたいことは山ほどあった。
しかし……簡単に話してくれる程、アヒムも甘くはないだろう。
アヒムはかつての味方ではあるが、ここで躊躇している暇はない。
紅色の魔石の力を得ているアヒム相手では、さすがの俺でも全力を出さざるを得ないからだ。
「ブ、ブリス……その方は……」
「その魔力、見覚えがある……もしや、魔族?」
アリエルが俺に問おうとした瞬間、ユリアーナが声を発した。
「ま、魔族ですって……!? ブリス、それは本当ですか」
「ああ、本当だ」
それを言った瞬間、アリエルとユリアーナが息を呑み込む音が聞こえた。
「は、はは……」
ユリアーナがどこか気の抜けた笑いも混じらせながら、こう続ける。
「なんてことだい。《大騒動》に加え、今度は魔族の登場かい。このままでは……王都は……」
愕然とする二人。だが仕方がない。
魔族は魔物とは比べものにならない力を持つ。
たった一体で街を優に滅ぼすことの出来る存在だ。
しかもアヒムは魔族の中でも、四天王の側近を務めたくらいの上級魔族。
王都を相手どっても、互角以上に戦えるだろう。
しかし。
「安心しろ。俺がいれば大丈夫だ」
俺は二人を不安にさせないように、気丈に振る舞った。
「ブラッド様」
そう会話をしている間にも、アヒムは容赦なく魔法を展開する。
「蒼天の姫を渡してもらいますよ。それは門を開く大事な鍵となりますので」
「蒼天の姫……?」
問いかけるが、アヒムからは答えは返ってこなかった。
「ファイアーランス!」
アヒムから魔法が発動。
いくつもの炎の槍が現れ、俺に向かって一斉に放射される。
「ちぃっ!」
舌打ちしながら、俺はデュランダムを振るう。
一振りするだけで、十以上の魔法をなぎ払い、背後にいる彼女達も守ることが出来た。
「お前と剣を交えるのはいつぶりだ?」
「あなたがまだ小さい子どもだった頃に、私が稽古を付けた時でしょうか。あの時、まだあなたは可愛げがあった」
言葉を交わしながらも、アヒムがさらに魔法を展開する。
凄まじい展開速度だ。俺でなければ、付いていくことすら出来ないだろう。
「堕落せよ、光。コラプションレイ」
アヒムが唱えると、今度は光線が雨にように俺達に降り注ぐ。
「あの時、お前は確か手加減してくれていたよな? クレア姉にいつも厳しい訓練を付けられて疲れ果てている俺に対して……今更であるが、礼を言うぞ」
昔話をしながら、俺はアリエルとユリアーナを守るようにドーム型の結界魔法を張る。
ドドドドドドッ!
邪悪な光の雨は、結界魔法によって全て防がれた。
しかし周囲に建物には被弾。
ゴゴゴゴゴゴッ!
建物が崩壊し、ただの瓦礫となる。
中や周囲には人がいないようであったが……建物を難なく破壊する滅びの雨。直撃すればタダでは済まない。
「今思えば、不慮の事故を装って稽古中にあなたを殺してしまえばよかったですね。そうすれば、こんなことにはならなかった」
「そんなことをしてしまえば、魔王が怒ってお前を殺すぞ? それは悪手なんじゃないか」
「なに、教団に匿ってもらいますよ。そうすれば魔王様から逃げることは容易い」
アヒムの口ぶりからすると、魔王城にいる頃から教団とやらと手を組んでいたということか。
アヒムは今裏切ったのではない。最初から裏切っていたのだ。
小さな頃、俺に向けてくれたアヒムの優しげな笑みを思い出す。
だが、あれはまやかしだったということか。
それに気付けなかった昔の俺を悔やむ。
「一発で滅べ、ディストラクションレイ」
今度はアヒムの両手に魔力が集約される。
そして、発射。
「うおおおおおお!」
迎え来る光の弾丸を、俺は剣で受け止めた。
「ブリス!」
アリエルの声が聞こえたが、それに答えている暇はない。
弾丸は受け止めたものの、それだけでは消滅せずに俺はじりじりと後ろに押されていた。
くっ……想像以上の力だ。
だが。
「はああっ!」
俺は剣に魔力を込め、 ディストラクションレイを一気に斬り裂いた。
「はあっ、はあっ……魔力を一点に集中することによって攻撃する必殺の魔法か。お前もなかなか成長したではないか」
「それは私の台詞です。魔王軍にいた頃のあなたでは、今の一発で滅んでいたでしょう」
アヒムは唄うように言う。
「だが、これ一発ではございません。まだまだいきますよ」
再度アヒムの両手に魔力が集まっていく。
くっ……このままではジリ貧だ。
絶体絶命の危機ではあるが、俺はアヒムを注意深く観察していた。
時間がゆっくりと流れていくような感覚に陥る。
「本来ならば、さすがのアヒムとて魔力を枯渇しているはずだ。そうならないのは……紅色の魔石から魔力を供給しているためか」
それゆえ、ディストラクションレイのような大技を連発させることが出来るのだ。
ならばどうする?
次の一発を耐えられるとは限らない。
俺がやられてしまえば、背後にいるアリエルとユリアーナだって、アヒムの餌食となってしまうだろう。
「虫けらは虫けららしく、地で這いつくばっておくべきでしたね」
アヒムが「チェックメイト」とばかりに、ディストラクションレイの発動準備を完了させた。
「今度こそ終わりです。一発で滅べ」
アヒムから光線が放たれる。
「ブリス——!」
後ろで俺の名を呼ぶアリエルの声が聞こえた。
こんな状況でありながら、俺の脳裏に浮かんだのは王都にいる人々の顔。
そしてアリエルとエドラの顔であった。
俺はまだまだ弱い。
しかし……今はせめて、二人を守れるだけの力が欲しい。
ドクッ、ドクッ。
血が沸き立つ。
こんな命をなんとも思っていないような輩に、俺は……負けたくない!
ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ。
胸が苦しい。
俺の中に流れる血が沸騰し、流れを速くしていった。
しかし現実は無情。
剣を一振りすることすら出来ぬまま。
ディストラクションレイが俺に直撃した。
俺の体が木っ端微塵に砕け散る。
「ふん……口ほどにもなかったですね。どうしてクレア様や魔王様は、こんな弱い人間を気にかけていたんでしょう」
ディストラクションレイは一発で相手を殺す魔法。
アヒムは手で服の埃を払いながら、アリエルの方へと歩みを進める。
「さて。邪魔者がいなくなったところで、蒼天の姫よ。行きましょう。私達にはあなたが必要だ」
「だ、誰があなたの思い通りになるものですかっ!」
「往生際が悪いですね。ブラッドですら私には手も足も出なかった。あなたような非力な存在が、私に敵うとでもお思いに?」
とアヒムはまるでダンスパーティーに誘うかのごとく、さっと手を向けた。
「バカにしないでください」
パンッ!
差し伸べられた手を、アリエルが払う。
「ははは、お転婆な王女様だ。丁重に扱ったつもりですが、そうお思いになられていないみたいで。無下に扱われて腹が立ちましたか?」
「いいえ。あなたがバカにしているのは私自身ではなく、彼のことです」
「彼?」
「あなたはブリスを見くびりすぎです」
このような状況にあって。
アリエルはまだ俺の勝利を信じていた。
「その通りだ、アリエル」
俺がそう声をかけると、アヒムが「!?」と顔を向ける。
やっとそんな顔をしてくれたな。
「そ、そんな……確かにあなたは死んだはず……」
「蘇生魔法だ」
アヒムの前に光が現れ、それは一人の人間を形取った。
魔法によって蘇生した俺である。
「こ、これは……魔王様の魔力……?」
俺の姿を視認したアヒムが、ゆっくりと後ずる。
俺は肩を回しながら、こう告げた。
「魔王の許可もなしに、姫をさらおうとするとは見上げた根性だ。この報い、しっかりと受けてもらうぞ」





