75・裏切り
「低脳な魔物ども。我等魔王軍に黙って人間を襲うとは、タダで済むとは思うなよ?」
クレアは浮遊魔法で宙を飛び回りながら、空にいる魔物達を殲滅していく。
(どうして儂が人間どもを助けるような真似をしなければならないのだ……)
そう思わないこともないが、仕方がない。
こいつ等を先に片付けなければ、ブラッドと落ち着いて話をすることも出来ない。
それに他の四天王達と違って、ブラッドは人間が好きだ。
こうしてブラッドの好感度を上げておくことは、後々に良い影響を及ぼす……クレアはそう自分に言い聞かせながら、目の前の魔物の相手をしていた。
「GYAAAAAAA!」
雄叫びを上げながら、クレアに襲いかかるのはワイバーンである。
後ろには他にも十数体のワイバーンが連なり、クレアを殺そうとする。
しかし。
「たかがワイバーン十体や、二十体ごときで儂を倒せると思うなよ?」
憤りすらも感じながら、クレアは手をかざす。
「ダイヤモンドダスト」
彼女が魔法を唱えると、ワイバーン達の周りに無数の小さな氷の粒が出現した。
ワイバーンが少しずつ白く染まっていく。そしてやがて、全身が氷漬けになってしまった。
「ふん」
パチンッ。
クレアがそう指を鳴らすと、ワイバーン達が一瞬で粉々に砕け散った。
「口ほどにもない」
ちなみに——人間基準で言うと、ワイバーン一体を倒すのにSランク以上の冒険者が必要となる。
それなのに一瞬で複数体のワイバーンを倒すことは、彼女がどれだけ強大な力を保有するかを証明しているかのようだった。
「さて」
あらかた空の魔物を片付け終わり、彼女はなにもない空間に語りかける。
「いつまで隠れておるつもりじゃ? 儂がお主ごときの隠蔽魔法を見破れないはずがないじゃろう? どうするかと思って泳がせてはいたが、いい加減儂の前に姿を現したらどうじゃ」
クレアの問いかけに、最初はなにも答えが返ってこなかった。
しかし観念したのか……。
「ふふふ。クレア様、さすがですね。この程度の魔物では傷一つ負いませんか」
と彼女の前に一人の男らしき存在が姿を現したのだ。
しかし背中からは翼を生やしている。
魔力も人間離れしている。
このような者は人間にも魔物にもいない。
その両者とはまた違った存在……魔族だ。
それだけではない。
「一体、お主はなんのつもりじゃ——アヒムよ」
クレアは鋭い視線のまま、魔族……アヒムの名を呼ぶ。
「いつから気付いていたのですか?」
「《大騒動》が発生してからじゃ。随分見覚えのある魔力を感知したものでな。そこまで分かれば、お主が魔物を操っていることを看破するのは簡単なことじゃ」
クレアの言葉に、アヒムはただ余裕の笑みを浮かべるのみ。
アヒム。
彼は魔王軍の一員であり、クレアの直属の一番の部下であった。
もちろん人間どころか、魔物とすら敵対する存在である。
「どうして儂の命令なしで、こうして王都を襲撃しておる。おかげでブラッドを連れ戻すどころではなくなったではないか」
ある意味、こうして《大騒動》を引き起こして、人間どもを困らせているのだから魔王軍らしい仕事をしているとも言える。
しかし、そもそもそのために『魔物』を利用することは気に入らないし、なによりクレアはアヒムに一切の命令を出していない。
それなのにこのような勝手な真似をするとは。
クレアへの反抗として受け取ることしか出来なかった。
「元々あなたに仕えていたつもりもございません。私が仕えるのは、教皇様のみですよ」
「教皇?」
クレアが疑問を発する。
しかしアヒムはクレアの言葉を無視して、とつとつと続けた。
「そもそも魔王軍では人間を根絶やしにすることは不可能です。魔王様は優しすぎなんですよ。さっさと攻め入ればいいのに、適当な理由を付けてなかなかしようとしない」
「当たり前じゃ。そもそも魔王様は、人間を根絶やしにしようとは考えておらぬ。あちらから攻撃を仕掛けてくるから、火の粉を振り払っているだけじゃ」
もちろん、それ以外にも理由は多岐にわたる。
長年にわたって、魔族と人間の間で繰り広げられてきた戦争は、最早魔王様の一存で終わらせることも出来ないのだ。
だが、どちらにせよ魔王の野望……それは『人間との共和』であった。
正直甘っちょろいことだと思う。人間嫌いのクレアにとって、魔王の野望に百%賛同しているかと言われると、疑問だ。
しかしあくまで慈悲深い魔王様に。
戦争が終わった後々のことも考えている、思慮深くもある魔王に惚れ込み、クレアは従っているだけであった。
「それが甘いんですよ」
アヒムは断定する。
「このままでは魔族と人間、どちらが覇権を取っても世界は正しい方向に向かわないでしょう」
「うむ。正しい方向とやらが、なんなのかも気になるがな」
「そこで教団が『世界を我が手』にする……それが私達の理想です」
アヒムは気持ちよさそうにそう語る。
「早い話がお主、儂等魔王軍を裏切ったということじゃな?」
「だから最初に言ったでしょう。私は最初からあなたに仕えているつもりもない。ただ魔王軍の内部から、教団への有益な情報を集めていたのみ。利用していたんですよ、私は」
「良い度胸じゃ」
ニヤリと口角を吊り上げるクレア。
正直聞きたいことが山ほどある。
だが。
「話はお主を倒し、《大騒動》をおさめてからゆっくりと聞かせてもらうことにしよう。覚悟しろ」
「それはこちらの台詞です」
アヒムはとある魔石を天に向かって掲げる。
(あれは……)
紅色の魔石だ。
魔石は妖しく光り、アヒムの魔力を増幅させていく。
そして光が止んだ頃には、無数の蝙蝠型の魔物が目の前に召喚されていたのだ。
「取りあえず一万体」
まるでアヒムを守るかのように、魔物がクレアの前に飛び塞がる。
「あなたを相手にするのは、いくら私でも疲れますからね。そこで足止めをくらっておいてください。私は自分のなすべきことをなす」
「ちっ……ちょこざいな」
舌打ちをするクレア。
一万体の魔物と、紅色の魔石によって強化されたアヒム。
負けることはないと思うが、時間がかかるだろう。
しかしクレアの予想に反して、アヒムは地上を見下ろし、
「捜しましたよ、蒼天の姫よ。あなたを教皇に捧げて、世界を掌握する鍵とさせてもらう」
と急に降下し出した。
アヒムの向かっていく先には……地上で剣を振るっている一人の少女。
「あれは……ブラッドの知り合いじゃったか?」
いかん。
人間が一人死のうが知ったことではないが、アヒムはなにか企んでおる。
あの少女をアヒムに渡すのはまずい。クレアの直感がそう告げていた。
「間に合え……!」
手を伸ばし、アヒムに向かってすぐさま魔法を発動する。
しかし先ほど召喚された魔物どもが目の前に塞がり、魔法はアヒムまで届かなかった。
「くっ……!」
アヒムの接近に、少女は気付いていない。
アヒムが少女に向かって魔法を放とうとした瞬間。
「待たせたな、アリエル」
少女の前に一人の男が現れ、結界魔法でそれを防いだ。
「あれは……ブラッドか?」
全く。
ヒーローは遅れてやってくるという言葉もあるが……こんなギリギリで現れるとは。
「あとでブラッドに説教じゃ」
ならばあのアリエルと呼ばれた少女は、ブラッドに任せておいても十分だろう。
「儂はこの目の前の邪魔者を排除するとしようか」
一万体の魔物を前にしながらも、クレアは不敵な笑みを浮かべる。
「蹂躙開始じゃ」





