71・望まぬ再会
「ク、クレア姉!」
俺の右手首をつかんで、にやりと笑みを浮かべる少女。
一見小柄で可愛らしい少女のように見えるが、そうではない。
クレア。
四天王『魔法』の最強格でもあり、魔王軍時代に俺に地獄の特訓を施した張本人の一人であった。
「ど、どうしてここにいるんだ!?」
「ほお? なんじゃ。姉が弟に会いに来るのが、そんなに珍しいことかのう。なあ、ブラッド」
クレア姉が昔の俺の名を呼ぶ。
「え、えーっと……あなたは誰ですか?」
突如現れた少女に、トロフィーを手渡そうとした運営長が語りかける。
だが。
「ダ、ダメだ! クレア姉に近付いちゃ!」
手を伸ばしてクレア姉に触れようとした彼に、俺は咄嗟にそう警告した。
「この人間はなんじゃ? 儂とブラッドの感動の再会を邪魔するではない。ちょっと、どいててもらおうか」
「い、一体なにを……ぐああああ!」
クレア姉が手をかざすと、運営長が後ろ吹っ飛んでいった。
「くっ……なんだ? あまり痛くないだと……?」
観客席に突っ込んでいった運営長であったが……よかった。どうやら怪我はしていないらしい。
おそらく、吹っ飛ばす前に運営長に結界魔法を張って、あまり傷つかないようにしたといったところか。
「クレア姉。なにをするんだ!」
「なにを……って。邪魔者に退場してもらっただけだが? なに、殺しはせんよ。儂はお主と違って、手加減が出来る女じゃからなあ」
「バカにするなっ!」
俺は思わずクレア姉に殴りかかろうとしてしまうが……体が動かない。
「お主ごときが、儂に触れられるとでも?」
クレア姉は人差し指を俺に向けている。
くっ……拘束魔法か。破ろうとするが、俺の力ではまず不可能。
ここから逃走することも無理になったということだ。
「ブ、ブリス! 大丈夫ですか!?」
「その女の人、誰……?」
「と、取りあえず今すぐ助けにっ!」
観客席の方では、アリエルとエドラが事態の深刻さに気付いて、ステージに上がってこようとする。
だがステージに足を踏み入れようとした瞬間、まるで不可視の壁に遮られているかのように、二人ともそこで立ち止まってしまった。
「なんですか、これは……壁がある?」
「結界魔法……! こんな純度の高くて頑丈な結界魔法は初めて見た。こんなの使えるのは、ブリスくらい……」
どうやらステージの周りにぐるりと結界魔法を張ったらしい。
「ブリスと同じくらい? 儂をこやつのような、へっぽこ魔法使いと同じにするではない。こやつは四天王の中では最弱。それなのに、冒険者になろうとは」
やれやれとばかりに、クレア姉は首を横に振る。
「クレア姉……もう一度問う。一体俺になんの用だ? カミラ姉から話は聞いていないのか?」
カミラ姉から「無能はいらない」と言われ、あいつと絶縁した一件だ。
こいつの顔を見ていたらなんとなく察しがつくが、舐められてはいけない。威圧的な態度で問いかけた。
しかしクレア姉はそれを受け流すかのように、
「お主を連れ戻しに来た。魔王様がお主を捜しておるぞ? 連れ戻すことが出来なければ、儂達にきつーいお仕置きが待っておるのじゃ」
と予想通りの答えは口にした。
「戻るつもりはない。もうあんなところは散々だ。黙って出て行ったことは、魔王に悪いと思うが……今更戻れない」
「まあまあそう言うな。儂が戻れと言ったら、戻るのじゃ」
クレア姉がさっと俺の肩に手をかけようとする。
「……っ!」
次の瞬間、俺は反射的に後ろに飛び逃げ、クレア姉と距離を取った。
「ほほう? 気付いたか」
「お前のすることは大体分かるぞ。どうせ転移魔法で無理矢理俺を魔王城まで転送するつもりだったんだろうが」
危なかった……。
クレア姉に触れられた瞬間、強制的に転移魔法が発動。今の俺の力では抗うことも出来なかっただろう。
「お主、なかなか成長したなあ。大会の戦い、見させてもらったぞ。良い戦いっぷりじゃった。しかし決勝戦であれごときの女に苦戦するようでは、まだまだじゃ。カミラのヤツだったら、一瞬で勝負がついていたぞ?」
悔しいが、クレア姉の言う通りだ。
四天王のヤツ等は、みんながみんな化け物揃い。
前回、俺が苦戦した古代竜に対しても、それこそ、鼻歌交じりで倒せるだろう。
こいつ等はそれほど、出鱈目な力を持った存在なのだ。
「大会が終わるのを待っていたのか?」
「まあ、お主の戦いが見たかったのもあるのじゃがな。じゃが、お主。いくら儂が隠蔽魔法を使っても、近くに来たら気が付くじゃろう? じゃからタイミングを見計らっていたのじゃ」
確かに……決勝が終わり、俺も疲労困憊の状態であった。しかもトロフィーを貰う時ともあって、心に油断が生じていた。
クレア姉はその隙を見逃さなかったのだ。
「とにかく帰るぞ。魔王様が心配しておる。儂がその気になれば、お主に触れずとも転移魔法を発動することも出来……?」
クレア姉が転移魔法を発動しようとした矢先。
それは起こった。
GUOOOOOOOOOO!
これは……魔物の雄叫び?
「ふむ……なかなか面白いことが起こっているようじゃな。これはさすがに儂とて読み切れていなかった」
クレア姉が魔法の発動を止め、溜息を吐く。
「クレア姉、一体……」
「お主も感じてみるといい。今のお主なら分かるはずじゃ」
クレア姉に言われた通り、探知魔法を発動する。
範囲は王都全域。
……こ、これは!
「魔物の大群が王都に押し寄せてきている!?」
その数、十や百といった数ではない。
正確には判定することも出来ないが、千体近くに及ぶのではないだろうか。
魔物達は地や空から壁を破り王都に侵入し、その数を増やしていった。
門番や騎士達もそれに対応しようとするが、突如現れた魔物の大群に対処しきれていないようだ。
「ブラッド。このような状態をなんというか知っておるか?」
「ああ」
俺はクレア姉の方を見ながら、こう答える。
「《大騒動》」
面白いと思っていただいたら、下記の【☆☆☆☆☆】でぜひ応援お願いしますー!
新作「真の聖女である私は追放されました。だからこの国は終わりです」もよかったら、ぜひぜひお読みください。下記のリンクから飛べます





