70・決勝戦
決勝戦。
ステージに上がり、俺達二人は対峙する。
「よかったよ。君がここまで勝ち上がってくれて」
そう言うユリアーナは、どことなく嬉しそうであった。
王国一武闘大会決勝戦。
正直、今までこの大会で戦ってきた者と比べれば、彼女の実力は段違いだ。比べものにならないと言ってもいいだろう。
それはアリエルを倒したことからも分かる。
「どうしたんだい、君は。さっきからにやにやと笑って」
「俺がか?」
口元に手を当てると、ほんのわずかに口角が上がっていた。
気付かないうちに笑っていた……?
ユリアーナと戦えることが嬉しいんだろうか。
ふう。こんな戦うことが楽しみなんていう感覚、もしかしたら初めてかもしれないな。
しかし勝負というのは時の運だ。どちらが勝つかはやってみなけりゃ分からない。
とはいえ。
「ブリスー! 絶対に勝ってくださーい!」
「負けたらタダじゃおかない」
観客席ではアリエルとエドラの応援の声が聞こえた。
そうだ……俺にはこんなに応援してくれる人達がいる。
アリエルとエドラはもちろんのこと、ノワールにいるモーガンさんやシエラさんのためにもこの勝負、必ず勝たねば!
「よし!」
頬を叩いて気合いを入れ直した。
『ではブリス選手、ユリアーナ選手の試合を始めます』
一瞬の沈黙。
そして……。
『試合開始っっっっっ!』
とうとう決勝戦が開始された。
俺は躊躇なく、鍛冶師のラッセルに作ってもらった剣を抜く。これを使わなければ負けてしまう相手かもしれないからだ。
一方のユリアーナもレイピアを構えた。半身の状態で、じっと俺の動きを観察している。
『おーっと……? 両者、一体どうしてしまったというのか? 睨み合ったまま動かないぞ!?』
ざわざわと周りも騒ぎ出す。
動かないのではない。
動けないのだ。
「大したものだな。隙が一つもない」
「それはお互いさまだよ」
剣を構え、一定距離を保ったままユリアーナとそう言葉を交わす。
どういう攻撃のパターンを思いついても、全て躱されるイメージしか湧いてこないのだ。
先に動いた方が負ける。
そんな気持ちであった。
だが。
「こうしているのも退屈だな。こちらから行かせてもらうぞ……っ!」
俺は剣を振りかぶり、ユリアーナに特攻する。
『最初に仕掛けたのはブリス選手だ! 早くも勝負が決着してしまうのかっ!?』
実況がそう叫んでいる一方。
「辛抱出来なくなったのかい! でも……それが君の命取りだよ!」
ユリアーナが目を輝かせる。
「《薔薇の舞》!」
薔薇が舞ったかのような錯覚。
一度の突きで、千もの突き。
目にも止まらぬ速さの剣撃が、一斉に俺に襲いかかってきた。
しかし……罠を張ったのは俺の方だ!
「な、なに……!?」
ユリアーナの動きが止まる。
彼女の攻撃は全弾命中したかのように見えた。
しかしその攻撃は全て俺をすり抜けた。
「一体どこに……!」
一方、俺はユリアーナの後ろに回り込んでいる。
「下級魔法だ。実像を持たないが、自分の分身を作り出す。お前は俺の分身に攻撃しただけだ」
彼女の頭を目掛けて、剣を振り下ろす。
これで戦いは終わり……そう思ったが、寸前のところでユリアーナはレイピアを攻撃を受け止めた。
「やるな」
一見細いだけのレイピアではあるが、俺の攻撃を受けても折れないとは……見た目に反して頑丈らしい。
「それは君の方だよ……随分面白い真似をしてくれるじゃないか」
「どうも」
「決勝の相手が君で本当によかったよ。おかげで本気を出せるんだから」
再度俺とユリアーナは距離を取る。
「お前の本気、見せてもらうぞ」
開始早々『静』の状況であったが、今度は『動』だ。
俺とユリアーナは剣を交わし、激しい戦いを繰り広げていた。
『な、なんということだー!? 早すぎて全く見えない! これほどまでにレベルの高い決勝、今まであっただろうかー!』
時には舞いを演じるかのように、時には水面で水遊びをするかのように無邪気に。
俺達の動きに耐えかねてか、徐々にステージの床にヒビが入ってきた。
楽しい時間だった。
だが……その時間も長くは続かない。
「これで……終わりだ!」
それは一瞬であった。
ユリアーナもさすがに体力が枯渇したのか、一瞬だけふらついたのだ。
それを俺は見逃さず、剣で峰打ちをする。
「くっ……!」
彼女がバランスを崩し、地面に尻餅を付いてしまった。
「どうだ? まだやるつもりか?」
「当然……! 勝負はついていない!」
「とはいっても、お前も限界だろう? もうまともに動くことも出来ないんじゃないか?」
「!」
図星だったか。
ユリアーナはぴくりと肩を震わせる。
「ユリアーナの実力だったら分かるはずだ。このままやっていても、俺には勝てないと。素直にギブアップするのも、騎士道とやらに反していないと思うんだが?」
十分戦った。俺は満足だった。
しかしユリアーナは諦めない。
「……これが二度目だよ。ボクが本気を出すのは」
……!
俺は形容しがたい気を感じ、反射的にバックステップを踏んで彼女から距離を取った。
「一度目は帝国との戦争。まさかこんな大会で、本当にこれを使うことになるとはね!」
ユリアーナの体が金色に輝く。
これは……魔力?
魔力が奔走し、彼女の体を包んでいたのだ。
「驚いた。剣士だと思っていたが、魔法も使えるというのか」
しかしおかしい。
「どうやら上手く制御が出来ていないようだな」
ユリアーナを中心に暴風が吹き荒れる。
『ユ、ユリアーナ選手!? どうしてしまったというのか! こんなユリアーナ選手、見たことがないぞー! ……って、ここにいたら私も危険だ!』
ステージに上がっていた実況兼審判の男が、慌ててその場から去る。
観客席も似たような反応だった。
突如ユリアーナの覚醒によって、風が周囲のものをなぎ払っていく。
「素晴らしい力だが、制御出来なければ意味がないぞ。かかってくるといいんだな」
「っっっっっ!」
一瞬、ユリアーナが目の前から消滅したかと思った。
しかしそれは間違いで、普段の俺の目でも捉えきれないほど素早く距離を詰めただけのことであった。
「ちぃいいいっ!」
俺は咄嗟に剣を前に出し、ユリアーナの動きを受け止める。
確かに力は強い。
女とは思えないほどだ。
しかし俺はこのような状況下にあって、焦りの一つも見せなかった。
「これ以上の剣技を見たことがある! これ以上の魔力を見たことがある!」
こんな時、四天王達から受けた厳しい訓練のことを思い出せば、なにも怖くなくなるのだ。
それどころか楽しさすらも感じていた。
ユリアーナが猛攻を仕掛け続ける。
「さすがに剣だけで、この攻撃を受けるのは骨が折れるな。仕方がない……」
手をかざす。
ユリアーナの足下の地面が盛り上がり、そのまま一本の柱となって彼女を上空に舞い上がらせた。
「これだけでは終わらないだろう?」
跳躍し、彼女のところまでつく。
「今度こそ、これで終わりだ!」
ユリアーナの腹部に峰打ちをすると、彼女は後方に吹っ飛び、やがて広場の壁に体をめり込ませた。
やがてユリアーナの体から魔力が消えていく。
強烈なダメージによって、魔力を放出出来なくなったのだ。
「勝負あったな」
それを見てから、俺は剣を鞘におさめたのであった。
◆ ◆
「優勝はブリス選手ぅぅぅうううううう!」
ユリアーナとの勝負を勝利でおさめた俺は、ステージ上で表彰を受けていた。
もちろん……王国一武闘大会の優勝者としてだ。
「ブリス、すごかったですわね」
「うん……ブリスだから絶対勝つと思ってたけど、最後のユリアーナにはさすがに焦った」
アリエルとエドラも、後ろの観客席で祝福してくれている。
ちなみに……ユリアーナの最後の魔力に関しては、未だ彼女自身も完全に制御出来ていない奥の手らしい。
全ては語ってくれなかったが、ユリアーナは他の人とは違う魔力を秘めているらしく、それを解放することによってあのような超人的な力を得られるらしい。
ユリアーナは試合が終わり、目を覚ましてから俺にこう言った。
『すまない……この楽しい戦いが終わってしまうと思ったら、ついあれを出してしまった……もう少しで他にも被害が出てしまうところだった。本当にすまなかった』
謝ってはくれていたが、俺はちっとも怒っていない。
それどころか予想以上に楽しい戦いが出来て、満足しているほどだ。
「ではブリス選手。これを受け取ってください」
大会の運営長が俺にトロフィーを手渡そうとする。
でかい……! こんなトロフィー、ノワールに持って帰るのも一苦労だ。
「ありがとうございます」
とはいえ王国一武闘大会もこれで終わり。
ノワールから王都に来るまで、そして来てからも色々あったが……楽しかったな。
モーガンさん達に感謝しなければならない。
こんな素敵な休暇を用意してくれたんだから。
そう振り返りながら、俺がトロフィーを受け取ろうとした——その時であった。
「ようやく見つけたぞ」
がしっと横から手首をつかまれる。
……はっ? どういうことだ?
こいつがここまで接近してくるのに、俺としたことが全く気が付かなかった。
隠蔽魔法か?
しかし俺でも気付かないほどの隠蔽魔法なんて使えるヤツ、一人くらいしか思い当たらない。
俺は嫌な予感を感じながら、恐る恐る横を向いた。
そこには。
「ク、クレア姉!」
四天王の『魔法』の最強格、クレア姉が愉快そうに笑みを浮かべていたのであった。
四天王とブリス、久しぶりのご対面…!
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