69・アリエル VS ユリアーナ
「とうとう準決勝か」
「ですわね」
俺達はトーナメント表を眺めて、そう言葉を交わす。
「エドラは惜しかったよな。準々決勝で負けてしまって……」
「くやしい」
エドラはすこーしだけ、顔を歪ませて声に出した。
彼女も順調にトーナメントを勝ち抜いていったのだ。
しかしエドラは魔法使いということもあって、スタミナがない。本来は後衛で動き回らないポジションだからだ。
ゆえに最後の方になると、さすがのエドラも息切れをしていた。
その一瞬の隙をつかれて、場外に押し出され……結果ベスト8止まりとなってしまったのである。
「今度からもっと体力付けないと」
「だな」
「ブリスも付き合って」
「おう。俺でよかったらランニングでも筋トレでも付き合うぞ」
なんにせよ、エドラも自分の弱点を意識出来るようになったのだ。そう考えれば、この大会は大きな収穫だっただろう。
「ブリス、アリエル。準決勝も頑張って」
「もちろんだ」
「ありがとうございます」
一方、俺とアリエルは順当に勝ち上がって、準決勝にコマを進めることが出来た。
だが俺の相手は決まったものの、アリエルはまだ決まっていない。
「おっ、アリエル。アリエルが戦うであろう人達の試合が、今から始まるみたいだ」
「本当ですわね」
ステージ上に一組の男女が上がる。
この戦いで勝った方が、次にアリエルと戦うことになる。
一人は筋肉隆々の男。見るからに荒っぽい冒険者といった風貌だ。
一方の相手は……。
「ユリアーナか」
大会にエントリーする前、俺に「負けないでくれよ」と声をかけてくれた女騎士ユリアーナであった。
ユリアーナの対戦相手は、彼女に不遜な態度でこう口にした。
「騎士団長様と戦えるのは光栄だ」
「ふふふ。あまり気負わずかかってくるといいよ。ボクも君の気合いに答えて、全力を出すつもりだから」
一方ユリアーナは余裕の表情。
しかし……勝負はやってみるまで分からない。どちらが勝ち上がってきてもおかしくないだろう。
『開始ぃぃいいいっっっっっ!』
試合開始の鐘が鳴る。
「先手必勝!」
男はどでかいハンマーを振り上げ、ユリアーナに速攻を仕掛けようとする。
ユリアーナは細いレイピアを構えている。
あれではハンマーを受け取ることも出来ないと思うが……。
「なかなか力強い攻撃だな。でも」
ユリアーナは華麗に舞い、ハンマーを回避。
「まだ遅い」
男の側面に回り込み、目にも止まらぬ速さでレイピアを突き出したのだ。
「ぐああああああ!」
男は悲鳴を上げ、後ろに吹っ飛びそのまま場外へと。
一瞬の決着であった。
『ユリアーナ選手の勝利ぃぃいいいいい! な、なんという強さだ! さすが優勝候補の一角! 今年はブリス選手やアリエル選手といった、十年に一度の逸材もいるというのに、この大会はどうなってしまうのかああああああ!』
実況が絶叫する。
それにしてもあの人……よく疲れないものだな。かれこれ三時間くらいは喋りっぱなしだぞ。審判役も兼ねているし。
「どうやらわたくしの相手はユリアーナのようですね」
「みたいだな」
なかなか面白い対戦カードとなったものだ。
アリエルの瞳を見ると、そこにはメラメラと闘志の炎が宿っているようであった。
「絶対に負けられません。次勝てば……決勝でブリスと戦えるのですから!」
「おいおい。俺はまだ決勝進出は決まってないぞ」
「見なくても分かりますよ。ブリスは負けません」
やけに断定してくれるものだ……。
『ブリス選手。どうぞ準決勝のステージへ』
「おっ、どうやら次は俺の番だな。まあ油断せずにいくよ」
「頑張ってくださいね」
その後、俺は一分以内で勝負をつけ、難なく決勝進出を決めたのであった。
◆ ◆
もう一つの準決勝。
「アリエル。まさか君と戦えるとはね」
「光栄ですわ」
円形のステージに、アリエルとユリアーナの二人が対峙する。
二人とも美少女なので、こうやって並んでいるだけでも絵になるものだ。
「ボクは負けないよ。なんてたって、次はあのブリスと戦えるんだからね。君も強敵だけど……この勝負は譲れない!」
「わたくしもです!」
二人が剣を構える。
うむ、アリエルとユリアーナも気合い十分だ。二人とも武闘大会に賭ける意気込みが強かったのだろう。
しかしこの二人のどちらかが勝ち上がってきても、決勝では面白い勝負が出来そうである。
果たしてどちらが勝つのか……。
「決勝でブリスとユリアーナを戦わせてみせなさい。戦いの中で友情……そして愛情が芽生えてしまい、取り返しのつかないことになるかもしれませんわ。ユリアーナだけには負けられない……」
ん?
なんかアリエル、ユリアーナを睨みながらぶつぶつ呟いているようだが……。
「アリエル頑張ってー。そんな女に負けるなー」
エドラも隣で彼女を応援している。
先ほど、アリエルの呟き声は気にしないでおこう。あとで戦いが終わってからでも、聞けばいいだけの話だ。
『試合開始っっっっっ!』
開始の瞬間であった。
二人が地面を蹴り、剣で一閃したのだ。
「《千本華》!」
「王国騎士団奥義、《薔薇の舞》!」
カキンッ!
だが、それはお互いに弾かれ火花が舞った。
「やりますわね!」
「君こそ!」
二人はにやっと笑い合いながら、再度剣を交える。
「アリエル……ユリアーナもすごい。なにが起こっているのか分からない」
エドラが二人の戦いを見て唖然としている。
「魔法使いのエドラだったら、そう見えるのも仕方ないな」
「でもアリエルの《千本華》は一振りに、千の斬撃を発する攻撃だったはず。それなのに……どうして、一度しか剣を振るっていないユリアーナが対抗出来る?」
「それは間違いだ。ユリアーナは一度ではなく、千もの突き攻撃でアリエルに対抗している」
「……?」
エドラが首をかしげる。
アリエルの《千本華》は一閃に、千もの攻撃を行う必殺技。
一方ユリアーナの《薔薇の舞》も原理は《千本華》と同じだ。
それはさながら、普通の人なら一度しか突いていないように見えるだろう。
「そ、そうだったんだ……だったらアリエルとユリアーナの実力は互角!?」
「いや」
徐々に実力差が開き始めてきた。
この調子なら……。
「きゃっ!」
女性の短い悲鳴が上がる。
彼女は攻撃を弾かれ、剣を手元から離してしまった。
剣はクルクルと宙で回りながら、場外の地面に突き刺さる。
それを見計らって、もう一人の女性が素早く相手の首元に剣先を付けた。
「……どうだい? これで勝負はついたんだと思うんだけど」
「ですわね……」
剣を離してしまった女性——アリエルが観念したのか、両目を瞑ったまま両手を上げた。
その瞬間、より一層大きな歓声が。
『うおおおおおっと! 決勝進出はユリアーナ選手だ! 二人の戦いが早すぎて見えなかったぞぉぉおおおおお! アリエル選手もよく頑張った! 二人の健闘を称えて拍手だ!』
勝者はユリアーナであった。
アリエルは悔しそうな顔をしながら、ゆっくりとステージから降りてきて、俺達のところに戻ってくる。
「すみません……決勝であなたと戦うつもりでしたが、負けてしまいました」
「なにを謝る必要があるんだ。素晴らしい戦いだった」
「すごかった」
俺とエドラは拍手でアリエルを迎える。
「それにしてもユリアーナ……とても強かったですわ。あなたとて、苦戦する相手かもしれません」
「そんなにか?」
「ええ。《千本華》以上の速さで剣を突き出し、わたくしがいくら攻撃してもまるで蝶が舞うように避けられてしまいました。強敵ですわ」
アリエルがそう言うくらいなのだ。
先ほどの戦いを見て、ユリアーナの実力は大体理解したが……油断は禁物だ。
それにまだユリアーナは、なにか奥の手をを隠し持っている気がするのだ。
次の戦い、より一層気を引き締めなければ。
「あっ、そうそう」
ふと思い出して、アリエルに質問する。
「さっき、アリエル。試合前になにかぶつぶつ呟いてなかったか? あれって……」
「!!」
一転。
アリエルが顔を赤くする。
「な、なななんでもありませんわ! 勝利のおまじないみたいなものですので」
「そ、そうか」
ま、まあ気にはなるが、これ以上追及しても答えてくれそうにないな。
なんにせよ、次の戦いだ。
アリエルの仇は……俺が取ってやる!





