68・四天王の親心
(四天王視点)
「やっとついたか」
ノワールにいたはずのブラッドこと『ブリス』が、王都に来ている。
そんな情報を得て、クレアはとうとう王都に到着したのだった。
「相変わらず人が多い場所だな。つい魔法で払いのけたくなるぞ」
しかしそんな勝手な真似をしてしまえば魔王様に怒られてしまう。
さらにクレアがちょっとでも力を振るってしまえば、たちまち弱い者イジめになってしまう。
相手から仕掛けてくるならともかく、なにもしていない相手にクレアから攻撃するとは……彼女の流儀に反した。
「今はそんなことをしている場合でもないしな。ブラッドはどこにおるのじゃ?」
きょろきょろと辺りを見渡すクレア。
探知魔法を使ってみると……いた。どうやら王都の中央付近に今はいるらしい。
「やっとブラッドに会えるな。相変わらず元気にやっておるじゃろうか? 楽しみじゃ」
クレアは密かに胸を躍らせ、人混みを掻き分けてブラッドがいる場所まで向かった。
王都に中央に近付けば近付くほど、さらに人が多くなっていく。
さらに歓声らしきものが上がっているが……?
「どうやら王都はお祭り中のようじゃな。人間はまた不思議なことをやるものじゃ」
やがてクレアが中央広場に辿り着くと、真っ先に大きい看板が目に入った。
「王国一武闘大会……? 随分面白そうなものをやっておるではないか」
しかし人が多すぎて、これでは探知魔法の精度が落ちてしまう。
本気を出せば、それでもブラッドの位置を正確に探し当てることも可能だが……そんなことをしてしまえば「クレアが来た」とブラッドに勘付かれてしまうだろうし……。
「仕方ない。足を使って探すとするか」
どうやら真ん中に特設ステージがあるらしい。
そこで選手達が戦っているようだ。
『おおおお! すごいぞ、アリエル選手! 華麗な剣さばき! そしてなにより超美人だああああああ!』
うるさい声が聞こえた。
ステージに目をやると、金色の髪をした女が威風堂々とした佇まいで立っていた。
「やはり面白そうじゃな。儂も参加することが出来んのかのう?」
だが、すぐにクレアはブンブンと首を横に振る。
いけない。
そもそも儂は遊びに来たわけではない。ブラッドを探しに来たのである。
もしも彼を連れ戻すことが出来なければ、魔王様からきつーいお仕置きが待っている。
それだけはなんとしてでも避けなければならなかった。
「しかし……ちょーっとだけなら、遊んでもいいかのう?」
なんて欲目が出るクレアであった。
だがすぐに首を横に振る。
ダメだ、ダメだ。
取りあえず今はブラッドを探すことに集中しよう。
クレアはそう心を入れ替え、歩き出そうとした。
その時であった。
『お次はブリス選手の登場です! 相手はAランク冒険者でもあり、魔法使いのミナ選手。どのような戦いを見せてくれるのでしょうか!』
実況の男らしき声が聞こえてきた。
「どんどん試合をやっていくんじゃな。あのミナとかいう魔法使いに偽装して、儂も戦う……」
と言いかけたところで、クレアはふと思い出す。
「ん? 今ブリスと言ったな!? 次に試合をやるのはブリスじゃと!?」
そういえばブラッドはブリスと名前を変えているのだった。
頭では分かっていても、体は反応出来なかった。
すぐにクレアはステージの方に視線をやる。
「いた……確かにブラッドじゃ」
そこにはブリスが剣を持って、ステージに上がる光景が見えた。
「相変わらずじゃな。全く変わっておらん」
少し寝癖の付いた髪。どことなくぼーっとしているような顔はブラッドそのものであった。
じーんと胸に込み上げてくるものがある。
「しかしあやつはこんなところで、なにをしておるのじゃ? そもそもブラッドは戦いがあまり好きではないタイプのはずじゃ。自分から進んで、このような大会に出るとは考えられにくいが……」
クレアはフードを深く被り、自分に施している隠蔽魔法をさらに強固なものにして、しばらくブラッドを見守ることにした。
「あら、可愛い顔をしているのね。ねえ、こんな戦い止めてお姉ちゃんと遊ばない?」
「け、結構だ」
ブラッドの対戦相手である女魔法使いが、くいくいっと手招きをする。
「ブ、ブラッドにそのような不埒な真似をしよるとは! あの人間、ただちに処分……」
と思わず頭に血が昇ってしまうが、すぐに考えを改め直す。
いかんいかん。
ここで騒ぎを起こしてしまえばブラッドに気付かれる。
それにブラッドも女の誘惑に乗っていなかった。
さすがはブラッド。あのような露出が多いだけの尻軽女には決して振り向かないのだ。
「アースニードル!」
土で出来た複数本の針がブラッドに襲いかかる。
『おーっと! ミナ選手。早くも必殺の魔法を仕掛けてきた! ブリス選手、なすすべなしか!?』
それを見て、思わずクレアは溜息を吐いている。
「なすすべなしじゃと? 実況の男の目は節穴か。あのような児戯に等しい魔法では、ブラッドに傷一つ付けられんぞ」
アースニードルがブラッドに直撃……したかのように見えた。
だが。
「なっ!」
女魔法使いが唖然とする。
アースニードルがブラッドに当たる直前、彼は結界魔法を展開しており、擦りすらしなかったからだ。
「今度は俺からいくぞ」
ブラッドが同じようにアースニードルを放つ。
ブラッドなら、もっと上級の魔法が使えるはずだ。しかしわざわざあの女と同じ魔法を使ったというのは、一種の意趣返しといったところか。
『な、なんと! ミナ選手。ブリス選手の魔法一発で場外に押し出されてしまったあああああ!? ブリス選手の先ほどの魔法、一体なんだったというのかああああ? も、もしや土魔法の上級魔法メテオフォール……?』
なにを言っておる。
さっきのは正真正銘、下級魔法のアースニードルだ。
しかしブラッドの使うアースニードルが、あまりにも質が良く女魔法使いのものとは比べものにならなかったため、まるで別種の魔法に見えただけのことだった。
「ブラッドもなかなか腕を磨いたではないか」
感心するクレア。
ブラッドはなに食わぬ顔をして、ステージから降りていく。
大方、彼は「どうしてこの程度で、みんな騒いでいるんだろう?」とでも思っているだろう。
当たり前だ。
今までブラッドの教育係には魔王軍の四天王がついていた。
あの程度の輩、ブラッドの手にかかれば一瞬で勝負はつく。
「よし。ブラッドも見つかったことじゃし、早速捕まえに行く……」
と行動を開始しようとした時、クレアは寸前のところで立ち止まる。
待てよ……?
当たり前の話だが、近付けば近付くほどブラッドに気付かれる可能性も高くなってしまう。
無理矢理捕まえるだけなら、いくらでも方法があるものの、その過程で彼に傷一つでも付ければ魔王の逆鱗に触れるだろう。
それにブラッドのクレアに対する印象も悪くなる。
もう少しタイミングを見計らうべきだ。
それに。
「もう少し、あやつの成長も見てみたいからな」
ブラッドは次にどんなヤツと戦うんだろう?
そしてもう少し、ヤツが戦っている光景を見たい。
そんな親心に引っ張られるクレアであった。





