66・エドラのお父さん
彼女の後を追いかけていると、やがてとある場所に辿り着いた。
「ここは……魔法研究所?」
お昼にダミアンさんと出会って、紅色の魔石を手渡したところだ。
あいつ……どうしてここに?
「……いつまで来るつもり?」
疑問に思っていると、彼女は振り返らずにそう俺に問いを投げかけた。
「やっぱりバレていたか」
「当然。ブリスだったら、隠蔽魔法を使えばバレないようにすることも出来たはず。どうしてしなかったの?」
「うーん、別にバレてもいいかなって。そこまでして尾行するつもりはなかったしな——エドラ」
と俺が彼女の名前を呼ぶと、やっとのことで振り返ってくれた。
宿屋から抜け出したのはエドラだったのだ。
「どうして追いかけてきた?」
「俺もなんだか寝付けなくてな。あと、エドラがなにをしようか気になっていた」
「私のことを? 私のことなんて、気になるの?」
「当たり前だろ。大切な仲間なんだし」
そう言いながら、俺はエドラの隣に立った。
「私……ブリスに一つ、隠し事をしてた」
唐突にエドラはそう口を開いた。
「隠し事?」
「うん。ブリス達が研究所に行った時、所長に出会った?」
「ああ。その人に紅色の魔石を渡したんだ」
「その所長の娘。それが私」
「……ごめん。ダミアンさんから、ちょっとだけ聞いた」
嘘を吐くのも苦手なので、正直に白状する。
「それならどうして?」
「どうしてって?」
「私になにも質問してこなかった」
「うーん……別にいいかなって思ってな。エドラが研究所の所長さんの娘だろうが、エドラはエドラだ。なにも変わりない」
「…………」
そう言うと、エドラはなにかを考えるようにして前を向いた。
またも沈黙が流れる。
しかし不思議なことに、気まずさはなく、なんなら心地良かった。
俺がエドラに心を開いているだろうからか?
沈黙も許せる仲だと。
「なあ、エドラ。よかったら聞かせてくれないか? ダミアンさん、エドラとあんまり仲良くないって言ってたけど……」
「…………」
「あっ、言いにくかったら無理して言わなくてもいいんだぞ? ちょーっとだけ気になっただけだからな」
「大丈夫。言うよ。ブリスには知ってもらいたかった」
とエドラは前置きし、とつとつと語り始めた。
「あの人はずっと昔から、魔法の研究研究研究……ばっかの人だった」
「魔法研究が好きそうな人だよな。でもそのおかげで、所長にもなれたんだからいいんじゃないか?」
「他の人はそう言う。だけど私はそう思わなかった」
過去を思い出しているのか、エドラの表情は辛そうだ。
「私、小さい頃にお母さんを亡くした。不治の病といわれるものだった。助からなかった」
「……それは悲しいことだな」
「けど、それはまだいい。私もだけど、人には寿命がある。当時は悲しかったけど、それだけなら立ち直ることが出来る」
でも……とエドラは話を続ける。
「お母さんが病気で苦しんでいる時、あの人はほとんど家に帰ってこなかった。お母さんはずっと『ダミアンに会いたい』と言っていた。でも……あの人は魔法研究を優先して、お母さんに会いにこなかった。だからお父さんがもう少しお母さんのことを気にかけていれば、お母さんも……って思ってしまう」
「…………」
「お母さんが亡くなってからも、お父さんはさらに魔法研究にのめり込んでいった。私はそんなお父さんに振り向いて欲しかった。でも……あの人は振り向いてくれなかった。どれだけすごい魔法を使っても、お父さんは『へえー、すごいね』とどうでもよさそうだった」
「そういうわけじゃないと思うけどな。娘の成長を喜ばない父親はいないと思う」
「けどお父さんは例外」
エドラの言葉から怒りすら感じた。
「だから私は王都を出て、ノワールで冒険者になった。王都を出た理由は、お父さんから出来るだけ離れたかったから。そして冒険者になった理由は、この魔法を使って成り上がれば、きっとお父さんがいつか振り向いてくれるから……そう当時は考えていたんだと思う」
「当時は? 今はそうじゃないのか」
「うん。今は冒険者稼業も気に入っているし、そもそも生活していくためにはお金を稼がないといけないから。冒険者を続けている。……もうお父さんとはもう二度と会いたくない」
断定するエドラ。
どうやら、エドラが一方的にダミアンさんのことを嫌っているみたいだった。
それにしてもお母さんが亡くなったことといい、アリエルと似ている部分がある。
まあ事情は大きく違うようだが。
「なるほどな」
エドラは『お父さんが振り向いてくれない』『お父さんは研究ばかりで、私やお母さんのことなんてどうでもいいんだ』と言っている。
しかし研究所で見たダミアンさんの顔を思い出すと、とてもそうは思えないのだ。
——『三人で来るはずだとモーガンさんから聞いていたんだけど?』
あの時言った、ダミアンさんの言葉が頭の中で響く。
エドラのことが本当にどうでもいいなら、そんなことは言わないはずだ。
それなのに、彼はエドラのことを気にかけているような素振りを見せた。
だから。
「ダミアンさん、エドラに会いたがってそうだったけどな。こんな可愛い娘がいたら、毎日でも会いたいに違いない」
と率直な感想を言った。
少し踏みこみすぎたか?
一瞬不安になったが、当のエドラはうっすらと笑みを浮かべて、
「ありがとう。でもきっとそうじゃない。それだけは分かるから……」
と悲しげに口にした。
まあそう簡単にダミアンさんとエドラの溝は埋まらないだろう。
じっくり時間をかけていけばいいか。
「じゃあそろそろ帰るか。寒くなってきたしな」
「私もそう思ってた」
俺達はその場を後にして、宿屋に戻るのだった。





