65・ブリス、嫉妬される
その後、俺達は市内を観光してから、適当な宿屋に泊まることにした。
「疲れたな」
「でも楽しかったですわ」
「パフェ、美味しかった」
「それは違いない」
各々が王都の感想を言い合う。
もちろんノワールも良い街だ。暮らしていくにはもってこいの場所と言っても過言ではないだろう。
しかし王都はノワールより人口が多く、もので溢れかえっている。
暮らすとなると個人的には落ち着かなさそうだが、こうやってたまに遊びに来るくらいはいいかもしれないな。
「おっ……モーガンさんから通信だ」
通信の魔石が光った。
後はこれに魔力を送り込んでやれば、遠い地にいるギルドマスターのモーガンさんとも会話出来るのだ。
「はい」
『おお、ブリスか』
モーガンさんの声が魔石から聞こえてくる。
「なにか問題ですか?」
元々彼には『なにか問題があった時、すぐ駆けつけることが出来るように』この魔石を渡されていたからな。
しかしすぐにモーガンさんは「いや」と前置きをして。
『ノワールは平和なもんさ。ブリスももう少し王都でゆっくりしておくといいさ』
「それじゃあどうして……」
『用件は二つ』
真剣な声音になって、モーガンさんは続ける。
『お前が途中で捕まえた盗賊についてだ』
「どうでした?」
『あまり結果は芳しくなかったな。やはりほとんど情報を渡されていなかったらしい。ヤツ等に依頼してきた人間も、フードを被っていて顔が見えなかったと言っているしな。それについても嘘は吐いていないようだ』
「そうなんですね」
まあ残念ではあるが、そうなることは薄々予想がついていた。
「それでもう一つの用件とは?」
『それは……』『ブリスさん!』
モーガンさんの声に被せるようにして、女性の声が聞こえてきた。
「シエラさんですか?」
『はい、シエラです! ブリスさんの声が聞きたくって』
「俺の声が……?」
『はい。王都観光は楽しんでいますか?』
「そうですね……」
それから俺はとりとめのない話を、シエラさんと長々と喋っていた。
『……スリの男を捕まえるだなんて、さすがブリスさんです。観光している間も、人助けは怠らないんですね』
「そんなことはないですよ。捕まえたのはユリアーナっていう騎士の女の子でしたし」
『でも……あっ。もうこんな時間ですね。すみません。ブリスさんと話すのが楽しすぎて、ついつい長話しちゃいました』
「いえいえ、俺も楽しかったです」
『ふふ、ありがとうございます。じゃあモーガンさんに戻しますね』
シエラさんからモーガンさんの手に、魔石が移ったような音。
「で、モーガンさん。話が逸れましたが、もう一つの用件ってなんですか?」
『それはもう済んだ』
「はい?」
『シエラがお前と喋りたかったらしくってな。ほんと、モテる男は大変だな〜』
「茶化さないでくださいよ。まあそれで良いっていうなら、通信切りますよ」
『おう。またなんかあったら連絡する』
俺は魔力を送り込むのを止め、通信を切った。
「一体なんだったんだ……ってアリエル、エドラ!?」
二人を見ると、何故だかアリエルとエドラは不機嫌そうに頬を膨らませていた。
「随分シエラさんと仲がいいんですね」
「浮気者」
「う、浮気者!? 一体なにを言ってるんだ。シエラさんは俺がノワールに来て、右も左も分からない時に親切にしてくれたんだ。その恩に報いようとするのは当然の話で……」
「ふうん。まあいいんじゃないですか? ブリスがモテるのは嬉しいですが、なんだか複雑な気分です」
「どうしてアリエルがそんな気分になるんだ……」
全く。
ユリアーナの一件もそうだが、どうして二人は俺が他の女と喋っていたら機嫌が悪くなるんだ?
もしかして……嫉妬か?
有り得な……いや、可能性は有る。アリエルとエドラは大切な仲間だ。
そんな仲間が他のヤツと仲良く喋っていたら、あまり良い気分にならないかもしれない。
他のパーティーに取られるかもしれないー、ってな。
まあシエラさんはただのギルドの受付嬢なので、それはそれで変な話であるが。
「まあこの話は置いておこう。さっさと宿屋にチェックインするぞ。部屋は……」
「わたくし、ブリスと同じ部屋がいいですわ」
「同じく」
またとんでもないことを言い出す二人だ。
「そういうわけにはいかないだろ。俺は男で……アリエルとエドラは可愛い女の子なんだし」
「一歩も譲りません」
「アリエルに同意」
困ったな。
説得を試みるが、アリエルとエドラは腕を組んで、テコでも動かない姿勢を見せている。
「……はあ。分かったよ。じゃあ三人一緒の部屋に泊まろう。それだったら文句はないか?」
「まあそれが妥当ですわね」
「苦しゅうない」
まあさすがに三人一緒なら過ちは起こらないだろう……。
たとえ俺に変な気が起こったとしても、この二人相手なら止めてくれるだろうし。
まあ大事な仲間に、絶対に変なことなんてするつもりもないが。
「じゃあ行こうか」
◆ ◆
しかし俺はそれが大いなる間違いであることが分かった。
「眠れん……」
すっかり目が覚めてしまっている。
もちろんベッドは違うものの、隣でアリエルとエドラが寝ているとなったら落ち着かないのだ。
すうーっ、すうーっと静かな寝息が聞こえる。
窓から射し込む月明かりによって、二人の横顔がうっすらと照らし出されていた。
「少し散歩でもしてみるか……」
そう思って立ち上がろうとすると、
「……ん?」
隣でベッドから一人の女性が立ち上がる。
目を凝らすと、それが誰なのかはすぐに分かった。
起き上がった人物は、そのままスタスタと歩いて行き部屋の外に出た。
「あいつ、一体どこに行くんだ?」
気になるな。
まあ俺も夜の散歩をしようと思っていた時だ。
彼女のことも心配だし、少し追いかけてみるか。
俺は立ち上がり、バレないようにして彼女の尾行を開始した。





